黒柴スポーツ新聞

ニュース編集者が野球を中心に、心に残るシーンやプレーヤーから生きるヒントを探ります。

落合監督は血の涙を出している~関根潤三さんの優しい解説に学ぶ

関根潤三さんが亡くなった。穏やかな語り口調の解説は、決して選手をくささないことを含めて聴き心地がよかった。解説者の鑑だと思う。そんな関根潤三さんがあの落合采配、完全試合山井大介降板からの岩瀬仁紀登板をリアルタイムで解説していたことを知った。関根さんはあの采配、決断をどう語ったのか。

誰もが山井大介の史上初日本シリーズ完全試合を望んでいたが、落合博満監督は9回、守護神・岩瀬仁紀へのリレーを決断した。このつらい決断をしなければならないのではないか。関根さんは試合途中からそう恐れていたという。そして、落合監督は決断した。そして、関根さんはその心中をこう解説した。

「監督も血の涙を出している」

采配

采配

 

こんな詩的な表現、なかなか昨今の野球中継ではお耳にかかれまい。そしてこうも思う。本当にそのような場面に遭遇した人でなければ、当事者の心境など分かりはしないのだ、と。関根さんは大洋とヤクルトで通算6シーズン監督を務めた。決して華々しい結果は残せなかったけれど、目の前の1勝を取るか、若手の成長を促すか、ピッチャー交代のタイミング一つとっても難しい決断はずいぶんあったことだろう。あの完全試合リレーのさなか、スタジアムはほとんどの観客が山井大介寄りの心境で、なぜ代えるのかと憤ったファンや視聴者もずいぶんいたに違いない(かくいう私も山井大介完全試合希望者だった)。そんな中、関根さんは落合采配を非情だとは言わず、監督としてこんなつらいことはない、と慮った。本当のつらさなんて、当事者や経験者にしか分からないのだ。

きょう書きたかったのはそういうことなのだが、もう一つ付け足したい。それは、本当のしんどさは当事者や経験者にしか分からないのだけれども、それを想像しようとする姿勢は大切で、そういう姿勢はピンチの人を勇気づけるということだ。私はいつも親友に助けてもらっている。私も困ったりピンチの人の存在に気付いた時は、つらい心境を想像してみようと思う。

決まった日程に合わせる~ヤクルト高津監督の言葉より

朝、目覚ましが鳴った。休みだからアラームを消しておけばよかった。しかし用事はある。すぐ起きて、愛犬と散歩した。早起きというほどでもなかったが、三文の徳はあった。新聞記事で見た、ヤクルト高津臣吾監督の言葉に刺激を受けたのだった。

「(新型コロナウイルス感染拡大で)なかなか先が見えないが、野球選手として決まった日程に合わせることも大きな仕事の一つ」
なるほどな。そしてこうも思った。野球選手も一般社会人も、決まった日程に合わせることは本当に大事だよな、と。

それは自分のためでもあるが、大概は周りのためだ。提出物の場合は自分が提出を遅らせたら取りまとめが遅れる。発注や締め切りが遅れたら納期が遅れる。当たり前のことだが、当たり前のように遅らせてしまう人がいる。一人一人が気を付ければかなりの無駄は減る。その恩恵が得られたら、その時間は何か楽しいことをして過ごしたい。

プロ野球選手、例えば先発ピッチャーならばローテーションを組むから次回登板が分かる。それに合わせて体をケアし、気持ちを高め(あるいは鎮め)、登板に備える。「仕事」がうまくいってもいかなくても、その繰り返し。ピーキングという言葉もある。調整もプロ野球選手の大事な仕事なのだ。一般人の仕事はそこまで世の中に影響やインパクトを与えるものではないが、決まった日程にピタリと着地するクセは付けたい。そのためにも自分が思う最高のタイミングで力強く踏み切りたい。そうありたいと思う。

どうにもならないことをどう消化するか~大リーグデビューできない筒香嘉智

どうにもならないことは、あれこれ考えない。そうすべきだよと言われたことがある。頭では分かっているが、心では割りきれない。さて、どうしようか……とずっとモヤモヤしていたが一つ答えをいただいた。それは日経新聞3月26日付のスポーツ面にあった。

 

篠山正幸さんの「逆風順風」。レイズに移籍した筒香嘉智はこの感染症の影響で開幕が延期されたことについて、「僕たちが左右できない部分」と受け止めているという。篠山さんはそれについて、トップ選手の語る「仕方がない」の裏には単なる諦観や無力感ではない、鍛え抜かれた精神が到達した境地があるように思われる、と書いた。

空に向かってかっ飛ばせ! 未来のアスリートたちへ

空に向かってかっ飛ばせ! 未来のアスリートたちへ

  • 作者:嘉智, 筒香
  • 発売日: 2018/11/30
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

コラムのこの段落は胸に刺さった。
伸び悩む選手に限って、自分の領域でないことに首を突っ込み、無駄に時間を使っていることがある。してみると、一流選手の割り切りは一朝一夕にできるものではなく、一通りの挫折や失敗を経験してみて得られるもの、とも思われる。

スポーツ選手と一般人は違うけれど、挫折や失敗を経て、というくだりは共感できた。何事も経験に裏打ちされた言葉には重みがある。アスリートは結果がすべて。連勝できる選手もいるが、大抵は負けがつきものだ。スランプだってある。一流選手であるからこそ、切り替えや困難の克服も一流、ということだろう。一般人はそこまでうまくはいかないのだけど、挫折や失敗を多少経験しておくことで、切り替えの必要性は認識できるような気がする。自分でどうにかなることなら全力で環境を変えたらいいが、それが難しいなら雨宿りしながらでも雨がやむのを待つしかない。

きょうはこのコラムの構想を練りながら半時間、雨中散歩した。愛犬の黒柴を連れて。愛犬は雨を嫌うからそんな日はすぐ帰るのだが、きょうは小雨だったからか帰ろうとしなかった。パラパラと傘に当たる雨音は、頭を整理するよいBGMとなった。濡れるから私も雨中の犬の散歩は嫌なのだが、きょうは考えごとをする上で悪くはなかった。天気も人間がどうすることもできないものの一つ。雨が降ったらそれなりに過ごすしかない。それなりに過ごせばいいのだ。

そういう気持ちになれたのはあの日経新聞のコラムと、筒香嘉智のおかげだ。なぜか大リーグは熱心に追わないのだが、筒香のことは応援しようかなと思い始めた。自分ではどうにもならないことをどう消化して、どう結果を残すのか。筒香の生き方を参考にさせてもらおうと思っている。

目の前のアウトを取る~ソフトバンク高橋純平の思考に学ぶ

Sportiva高橋純平のインタビューが紹介されていた。ホークス髙橋純平「野球を苦しいと感じていた」。その重圧をなくしたコーチの助言、という記事だ。個人的に参考にしたい、真似したい前向きさがあったので、今日はこちらを深掘りしてみたい。

 高橋純平は2015年のドラフト1位。しかし即結果が出ることはなく、4年目の2019年、ようやく才能が開花した。コンディションによるものはあったのだろうが、それまでの3年間とは何が違ったのか。確かに気になっていた。ズバリ記事に書かれていたのは3年目途中にもらった、コーチのこんな言葉だった。

「お前がドラフト1位で入団したことなんて、もう誰も覚えてないよ」

 一見乱暴な言葉に見えるが高橋純平は「プロは入ってしまえばドラフト1位も2位も関係ない世界なので、それに気づくことが出来たんです」と振り返っていた。それまではずいぶんと重圧を感じてしまっていたようだ。ファンからの期待に応えねば。その思いと結果の間でもがき苦しんだことだろう。「野球を楽しむことよりも、苦しいと感じることのほうが先に来ていた気がします」とも述べている。

2019年のソフトバンクは投手陣が総動員され、若いピッチャーもどんどん起用された。高橋純平もようやく1軍の戦力になり、中継ぎをすることになった。まずはそのイニングに全力を尽くす。目の前のバッターに集中する。それがよい結果につながったのだそうだ。「一球、一球全力で投げられたことが良かったです。それまでは先発を見据えて勝手に逆算してしまっていました。例えば、5イニングは最低でも投げたいというように思っていたり。1イニング、その一人の打者に対して全力でどう抑えるかという中で、ストレートの球威が戻ってきたように思います」

中長期的な仕事をしていると、息切れしないよう、無意識に力をセーブしているのかもしれない。それはある種の自己防衛であり、自分の力を過信しない、オトナの対応でもある。しかし一投一打に人生がかかるプロ野球の世界で、そんなに自分のペースで事が進むはずもない。まずはそのアウト一つを取ることに最善を尽くす。裏返せば、そのアウト一つ取れないようでは先はないのだ。こうした思考の結果、高橋純平は球威を取り戻した。高橋純平は4年目にしてうれしいプロ初勝利。なんと翌日にも勝ち星が付いた。新人以外での、プロ初勝利から2日連続の勝ちはプロ野球史上初。野球の神様からの粋なプレゼントだった。

個人的には高橋純平が先発する姿が見たい。本人もゆくゆくは……と思っているのかもしれないが、2020年の先発ローテーションには高橋純平の名前はない。昨年同様、中継ぎでの登板だろう。甲斐野が離脱していることもあり、高橋純平の出番は「後ろ倒し」で試合の終盤になってくるかもしれない。まずは持ち場で結果を出してもらいたい。それを続けることが高橋純平のブランド化になる。結果も出さずに先発をやりたいんです、と言うよりよっぽど説得力がある。まずは目の前のアウト一つに集中する。中長期的な目標を達成するためにはその積み重ねなのだ……というごく当たり前のことを高橋純平のおかげで再認識できた。私も欲張らず、できることから一つ一つ丁寧に取り組んでいこう。

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「大活躍翌年に不調」甲斐野はどうなる?~目指せ佐藤道郎の68登板

けがの具合が気になるが、甲斐野央は大丈夫だろうか。ルーキーイヤーの2019年はいきなり65試合に登板。しかし2020年はキャンプから別調整になってしまった。

大車輪の活躍をした翌年、けがや不調に苦しむのは岩嵜翔(72試合で6勝40ホールド→2試合で1勝1ホールド)もそうだったし、加治屋蓮(72試合で4勝31ホールド→30試合で3勝6ホールド)も石川柊太(42試合で13勝→2試合で0勝)もそうだった。果たして甲斐野はどうなのだろうか。そして繰り返される悲劇は属人的なものなのか、チームとしての欠陥なのか。しっかり対策はとってもらいたい。

SHOW TIME 2018年 04 月号 [雑誌]: 月刊ホークス 増刊

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  • 発売日: 2018/03/24
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セットアッパーなり守護神になると登板数が70試合前後になるのはもはや仕方ないのかもしれないが、このレベルを130試合制の時代にやっていた人がいたと最近知った。佐藤道郎。1969年のドラフト1位で、1974年は68試合。これは130試合制で最多らしい。

元ネタは3月12日のNEWSポストセブン記事「野村克也さんが抜擢、日本球界に革命を起こした初代セーブ王」。初代セーブ王って誰かいなと思ったら佐藤道郎だった。甲斐野の65試合(全143試合)もすごいが佐藤道郎の68試合は130試合制だから、2試合に1回ペースを上回る。これはなかなか過酷だ。

さらに佐藤道郎がすごいのはイニング数だ。
「この頃は抑え投手が2~3イニング投げることは頻繁にあり、佐藤は主にリリーフを務めた7年間で6度も規定投球回数(=試合数)に達している。ただし、そのうち3度は130~136回の間だった」(前述のNEWSポストセブン記事より)。甲斐野は65試合で58.2回。佐藤道郎は68試合で131.2回。甲斐野の2倍以上だ。しかもこの1974年は最優秀防御率(1.91)にも輝いた。本当に素晴らしい。

それだけ投げて、やっぱり甲斐野同様、次の年はけがとか……と思ったが、若干ペースダウンしたものの42試合に登板して9勝。その翌年は再びリーグ最多54試合に登板し16セーブ。2回目のセーブ王に輝いた。結局佐藤は11シーズンで500試合に登板。新人王のほか、最優秀防御率2回、セーブ王2回、最高勝率1回とタイトルもしっかり獲得した。

球は速い。フォークの切れも鋭い。甲斐野のポテンシャルの高さは誰もが認めるところ。佐藤道郎ばりに活躍することは決して高望みではない。それだけに今はしっかりけがを治してバリバリ活躍してもらいたい。コロナウイルスの影響で開幕が大幅にずれ込んだら、例えば交流戦がなくなり130試合制に戻ったりするのかも。その時は体をいたわりつつ、佐藤道郎の68試合登板もぜひ目指してもらいたい。

セ・リーグも指名打者を取り入れるべきか~ソフトバンクは日本シリーズでセ6球団全倒

NHKが開幕前恒例のプロ野球監督談義をやっていた。先にセ・リーグ。前年優勝でトークも滑らかな原辰徳監督がいきなり、指名打者制について切り込んだ。皆さんはどうお考えかと。

印象に残ったのは導入に慎重な考えも示した高津新監督。継投という野球の奥深さに影響があろう、という考え方は抑え経験者からすれば当然だ。ごく稀にヒットが打てるピッチャーもいるが、普通、ピッチャーの打順は打線の切れ目。ゆえに今投げているピッチャーに打席が回るのであれば、続投させるか交代させるかは考えねばならない。

指名打者制はその逆。セ・リーグではウイークポイントのその打順は、パ・リーグなら強打者を配置できる。原辰徳が言うように打線に(ピッチャーが)一息つける所がないからピッチャーはずっとそれなりの力や気配りで投げなければならない。それがパ・リーグのピッチャーのレベルアップにつながっていると言いたいらしい。大リーグを見ても田中将大ダルビッシュ大谷翔平菊池雄星、平野と並ぶとパ・リーグ出身者が目につく。マエケンセ・リーグ出身で頑張っているが。この辺りも指名打者制の副産物なのか。大リーグには行っていないが千賀や有原もいかにもパ・リーグで鍛えられた感がある。いいピッチャーがいるからか、交流戦は2019年にパ・リーグが10年連続勝ち越しを決めた。これまで15度の開催で、セ・リーグが勝ち越したのは2009年の1度だけ(元ネタはfull-count記事)という。

日本シリーズではソフトバンクがこんなことも。
「05年に親会社がソフトバンクとなって以降、日本シリーズで11年に中日、14年に阪神、15年にヤクルト、17年にDeNA、18年に広島を破っており、今年の巨人でセ・リーグ全6球団に勝利となった」(ソフトバンク日本一 日本シリーズでセ全球団に勝利、毎日新聞2019年10月23日)。しかも直近の2019年日本シリーズソフトバンクが巨人に「4タテ」。セ・リーグで勝ち上がってきた巨人を、である。

圧倒された原辰徳が熱く指名打者制導入を支持するのも理解できる。全体のレベルアップにつながるならやりましょうという考えならば。だが私は継投を見たり考えたりするのが好きなので、セ・リーグはこのままでもよいのでは……なんて思っている。パ・リーグとて継投はあるが、セ・リーグ式の継投はその時投げているピッチャー続投の可能性もまあまああるパターンなので、もう1イニングいきますかいきませんかの「悩ましさ」を見たい、というのが趣旨である。この辺りになるともはや分かる人にしか分からない面白さかもしれないが。最近はイニングまたぎなる言葉も定着するくらい、抑えピッチャーすら続投の場面はどんどん減っていて「あ、続投です、続投です」とアナウンサーが高揚しながら伝えるフレーズが聴けずちょっとさみしい。

継投論 投手交代の極意 (廣済堂新書)

継投論 投手交代の極意 (廣済堂新書)

 

 

ソフトバンクファンの私は破壊力のあるパ・リーグが栄えつつ、セ・リーグには愚直に伝統文化を継承してもらえればという非常に都合のよい考えで恐縮なのだが、そこそこ投げきれるピッチャーも育てるようにしておかないと、完投数も選考基準となる沢村賞ピッチャーも出せなくなるわけで。それぞれのリーグなりの面白さを併存してもいいんじゃないかなと思うのだが、皆さんはどう思われるだろうか。

FA補強成功で生まれたロッテ鳥谷敬

ロッテが3月10日、元阪神鳥谷敬獲得を発表した。コロナウイルスの混乱のさなか、 さすがにタイガースファンも鳥谷敬の動向からは関心が薄らいでしまっていたのではないか。結果的にはプロ野球の開幕延期が決まったとはいえ、開幕を控えたこのタイミングまでどうなる鳥谷敬記事にお目にかかった記憶もない。記事がなかったのか?かくいう私も鳥谷敬のことを忘れていたようで記事をスルーしていただけなのか。他人のことはとやかく言えない。そんな感じだったので鳥谷敬のロッテ入りを知った時、ああまだ所属は決まっていなかったんだ、と少々驚いた。そして、あのまま引退せずに済んでよかったな、と思った。

にしても阪神で一時代を築いた選手。2000安打も果たしたレジェンド。本来ならば縦じまのユニホームのまま引退……というのが本人にもファンにも一番だったのではないか。しかしそこは結果がすべてのプロ野球。2019年、鳥谷敬の出番は限られてしまったし(74試合)、安打はたったの19、本塁打に至ってはゼロに終わった。タイガースから肩たたきされても仕方なかった、のかもしれない。

いやいや、鳥谷敬は出番さえ与えていたらもっと結果を出せているはずだよと見る人もいるだろう。しかしどのギョーカイでもまずは出番を勝ち取るまでが勝負だ。打席に立つまでがなかなか大変。もしすべての人に機会が均等に与えられるのであればチャンスに一本打てばよい。本当に力があるならば数少ないチャンスに結果を残せるはずだ。だがどのギョーカイにも厚遇される人と冷遇される人がいる。また、組織には年齢構成という要素もある。そもそも年齢構成がいびつになる組織は計画性のなさを露呈するだけなのだが、タイガースの場合はどうなのだろう。鳥谷敬を置く枠の余裕はなかったのか。確かにベテランが居座れば若手一人の芽は摘まれる。

枠以外でネックになるのは年俸。高い評価がのちのち自らの首を締めるのがプロ野球の恐ろしさだが、4億円もらっていた鳥谷敬の処遇は確かに難しい。どれだけ打たなくなっても鳥谷敬というネームバリューとブランドがある。功績が色褪せることもない。かといってもはや億単位の年俸は出せない。だから引退勧告という選択肢はなしではないと思う。さすがに移籍はどうですかとは球団からは言えまい。

で、鳥谷敬に手をさしのべたのはロッテだった。井口監督との関係、かつて似たような動向となった今岡誠が入った球団であるロッテ入りはプロ野球ファンなら予想の範疇だった。それでも結論を出すのがこんなに遅くなったのはロッテも獲得の意思が最初はなかった、と見てよいのではないか。そこは一兵卒になった野村克也にソッコー手を挙げた金田ロッテの時とは違う。

鳥谷敬獲得に至ったのはこのシーズンオフの補強がうまくいったから生まれた「余裕」のなせるわざと見た。ソフトバンクからはユーティリティプレーヤーの福田秀平、楽天からは先発ができる美馬が加入。涌井や鈴木大地が去ったが戦力的にはマイナスにはなっていないだろう。そこでふと内野を見た時に、ベテランがもう一枚いたらなおよいかな、しかも練習熱心で実績も経験もあるベテランが……と考えた時、鳥谷敬がいたなと。しかももうこのタイミングなら1600万円という一軍最低保証の年俸でも違和感はない。あの松坂大輔も確かこのくらいで中日入りしている。ロッテにしてみたら「損はない」という判断かもしれない。

鳥谷敬はロッテ入りに際し「感謝しかない」と謝意を表した。素直な気持ちだと思う。もはや年俸など二の次なのだろう。ユニホームが着られる。野球ができる。それが一番。惜しまれ、慣れ親しんだタイガースのユニホームのまま引退する道もあったが現役続行を模索した甲斐はあった。さまざまな要素や思惑がロッテにもあっただろうが、現役続行ができるなら鳥谷敬にはあまり関係ないことだろう。鳥谷敬はとにかく結果を出すことに集中するはずだから。

結果的にはまた縦じまのユニホームを着ることになった鳥谷敬。あ、今気が付いたがパ・リーグに来るのではないか。これはソフトバンクファンの私には一大事。どうぞソフトバンク戦だけは打ちませんように。福田秀平も同じ。福田もできればソフトバンクのまま現役を終えたかっただろうけど、出番を求めたり自分の評価を聞いてみたかったりと福田なりの考えはあった。そこはソフトバンクファンも理解している。きっと阪神ファンもそうだろう。今からでも楽しみなのが、甲子園での交流戦阪神対ロッテ。終盤に鳥谷敬が代打ででも出てきたら地鳴りのような歓声が沸き起こりそうだ。そうなるためにもプロ野球はどうにか春先に開幕してもらわねばならない。コロナウイルスの沈静化とともに、ちょっとしたことに幸福を感じられる日常が戻ることを願おう。

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敗者にも光を~マラソン東京五輪代表決定シリーズに終止符

3月8日に名古屋ウィメンズマラソンが開催され、一山麻緒が優勝。有力候補だった松田瑞生のタイムを上回り東京五輪代表の座を射止めた。ゴール後から一山の記事はアップされたが松田瑞生の記事は一つ二つしか見つからず。仕方がないとはいえ、何だかなあと思う。1カ月前は松田がヒロインだったからだ。

月刊陸上競技 2020年 03 月号 [雑誌]

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代表を逃した松田がどんな思いになったのか。それを聞くのは酷だなと思いつつも、一切触れないのも礼を失する気がする。彼女もまた挑戦者だったのであり、五輪代表を目指して全力を尽くしたのだから。で、気になって、夜になり松田瑞生と入力して検索してみた。すると記事より前に本人のTwitterを発見した。

 

「期待に応えれずすみませんでした。また笑顔をお見せできるよう頑張ります」。家族にかけられた言葉と共に、期待に応えられなかったことを詫びていた。そんな必要はないのに……どんなに悔しかったことだろう。さすがにTwitterには続きがあった。「とは言っても、ちょっと時間がかかるのは正直な気持ち…かも?笑」。そりゃそうだろうな。半端な気持ちで取り組んだわけではなかっただろうから。

 

勝者がいれば敗者がいる。結果だけ追っていたら、そんな当たり前のことすら忘れてしまいそうだ。オリンピックでの日本代表を応援する前に、代表決定戦で敗れ去ったアスリートに対しても思いをはせ、挑戦への敬意を表したいと思う。

努力で運命を変える~野村克也「この一球」を読んで

プロ野球のレジェンド野村克也が亡くなった。まだまだメディアが一報しか書いていない。2月11日、亡くなったことが分かったという書き方からはまだ取材が不足している印象も受ける。今後詳しく報じられるだろうがわが黒柴スポーツ新聞ではそれとは一線を画し、野村克也の自著あるいは野村克也が出てくる書き物から野村克也人間性に迫ってみよう。まずは著者「この一球」から。

この一球―野村克也の人生論

この一球―野村克也の人生論

  • 作者:野村 克也
  • 出版社/メーカー: 海竜社
  • 発売日: 2012/11/01
  • メディア: 新書
 

 

「この一球」(海竜社)は2012年11月第一刷発行。サブタイトルの「野村克也の人生論」が表すように、ノムさんが自身やさまざまな選手を例にしてあるべき姿、生き方を提示している。目次からざっと、出てくる選手を並べてみよう。
桧山進次郎
山崎武司
斎藤佑樹
宮本慎也
野村克也
皆川睦雄
稲尾和久
江本孟紀
江夏豊
田中浩康
土橋勝征
西本幸雄
稲葉篤紀
池永正明

もうこの名前だけでプロ野球通なら買いの本。もっとも、著書の多い野村克也だけにどこかで聞いたよな話があったらご愛敬だが、そこは何回も言いたいくらいの話なんだろうなとオトナの対応で流してもらいたい。また、阪神楽天、ヤクルト時代の「結果を出した」弟子たちが出てくるのもご愛敬。これも「自慢したくなる」選手と関わった証拠だよねと受け流してほしい。

目次の中でビビっときて、やっぱり真髄を語っているなというページを紹介する。本の最後の最後、結論的にも読める「人生を運命として消化するか、可能性を探求し運命を変えるか【覚悟】」(204ページ)だ。事例として挙げているのは1963年に野村克也が樹立した当時のシーズン最多本塁打記録52本。それまでは小鶴誠が1950年にマークした51本塁打野村克也は新記録をシーズン最終試合最終打席でつくったのだった。

新記録をつくられたくないバッテリーは敬遠気味の投球。万事休すと天を仰いだ野村克也。そこへ運命の一球が外角低めにやってきた。あからさまなウエストボールではファンのブーイングに耐えられない。バッテリーの苦肉の策がストライクゾーンのやや外側だったのだがそこはギリギリバットが届いた。これを野村克也は一撃で仕留めたのだった。

この技術もさることながら野村克也小鶴誠の記録に追い付いた、前日の2本塁打自画自賛している。つまり記録は日々の積み重ねだから、この2本があっての新記録なのだというのだ。確かに結果を出すには日々の積み重ねが必要だ。運の強さは運にプラスアルファを重ねなければ身に付かない。それは一投一打に至る準備だという。著書の中でゴシックになっている箇所は大事なところなのでそのまま引用させていただこう。
運の強さとは、運そのものの強弱ではなく、運を引き出すべく努力を続けたかどうかで変わるものだ。そうして強くしてきた運の重なりによって、運もまた変わってくるものなのだ。

深い。そして努力した人にしか言えない言葉だ。ズシーンと心に響く。そして自分はまだまだ努力が足りないと反省してしまう。運が悪いと嘆いてばかりでは道は開けない。変わりたければ努力するしかない。運の重なりによって運命は変わるのだから。野村克也自身、クビになりかけたこともあったが鶴岡一人監督に認められて正捕手の座につき、本塁打王9回、打点王7回、首位打者1回で三冠王は一度。通算本塁打657本は歴代2位、通算試合3017も歴代2位。野村克也には自分で自分の運命を切り開いた自負があるのだろう。そんな野村克也の背番号19を2020年シーズンから、同じ努力型の甲斐拓也が受け継ぐ。ノムさんが亡くなり、甲斐にしても心に期するものがあるに違いない。

「この一球」はこんな言葉で締めくくられている。野村克也が亡くなった今となっては遺言のように聞こえるが、敬意を込めて引用し、ご冥福を祈ることにしよう。機会があればぜひ「この一球」を手に取ってみてください。
運命を変えるもの、運を強くするもの。それはいつ来るか分からぬ「この一球」に常に備え、己の仕事を理解して行動を選択する。その覚悟にほかならない。

 

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ソフトバンク今宮健太300犠打に王手~愛しき送りバントの名手たち

日刊スポーツ記事で、2020年に達成可能なソフトバンク選手の記録一覧を見た。その中で注目したいのは今宮健太の通算300犠打。残りあと1である。300犠打は過去6人。プロ野球通のあなたは全員言えるだろうか?

 

川相昌弘
平野謙
宮本慎也
伊東勤
田中浩康
新井宏昌

シブい。ちなみに宮本慎也新井宏昌は2000安打達成者でもある。

以上が歴代1位から6位。新井宏昌は300ぴったりだから今宮健太があと1個決めれば6位タイだ。田中浩康が302個、伊東勤が305だから今宮健太は2020年には単独4位が濃厚。だがトップ3は少々ハードルが高い。宮本慎也は408個(2162試合)。平野謙は451個(1683試合)。川相昌弘は533個(1909試合)とずば抜けている。今宮健太は1056試合で299個。これだけみたら今宮は十分健闘しているし、トップ3に食い込む可能性もあると期待してしまう。

明日への送りバント

明日への送りバント

 

 

1月に日経新聞記事、実は手堅くない送りバント損益分岐点」は打率1割、を読んだ。ざっくり言えば1割3分より打たないバッターでないと、強攻した方がお得ではないかという話。損益分岐点という表現、考え方がいかにも日経のコンテンツだなと思った。それで言えば今宮健太の通算打率は.248。お得ではない。ちなみに宮本慎也は.282。新井宏昌に至っては.291だから二人とも十分打てた。そう、送りバントの醍醐味は確率ではない。作戦なり流れを楽しむものだと私は思う。

今宮より手前の打者が出塁する。そこへバントの上手な今宮が登場。難なく送ってチャンスを拡大。さぁ得点を期待して応援だ。そういう流れ。決めるべき人が送りバントを決めた時の満足感。間違いないという今宮健太のブランド。それを楽しむ。ただただ勝った負けたと結果を追う人には理解不能だろう。大砲をズラリ並べてドンパチやるだけが野球ではない。2000安打達成者ばかりが野球選手ではない。小技がうまい選手にも光が当たる。それが野球の素晴らしさである。川相昌弘平野謙田中浩康らが上位に名を連ねる通算犠打記録は野球バカにはたまらない。

バント完全マスター―究めれば大きな武器に!

バント完全マスター―究めれば大きな武器に!

 

 

そしてここでちゃぶ台返しをするのだが、そんな今宮健太の2019年ハイライトはご存じ西武とのCSファイナルステージ第4戦。3本のホームランで西武に引導を渡したのだった。小技がうまい。守備もうまい。そんな今宮も高校時代からパンチ力あったよなと思い起こさせる大活躍。じゃあやっぱり犠打じゃなくて打てばいいんじゃない?という話になりそうだが、今宮健太には送りバントや守備からチームをもり立ててもらいたい。それが今宮健太の特性だから。控えめだけれども個性で組織に貢献する。通算犠打記録は日本全国の裏方たちに勇気を与えてくれている。なお、通算犠打現役2位の細川亨は296個と今宮健太と3個差ながら出場は限定的。現役3位の菊池涼介が278個とわずか12個差に迫っている。今宮健太には何とか現役1位の座をキープし続けてホークスファンを楽しませてもらいたい。

野球がしたい~持ち場を2年離れたソフトバンク・サファテ

「監督から『4回を投げてくれ』と言われれば投げるし、『9回で』と言われれば投げる」
西日本スポーツ記事、ソフトバンク・サファテ「野球がしたい」キャンプ初日から参加、を読んでグッと来た。あの絶対的守護神のサファテが、4回でも投げたいと言っている。2年間のブランクが言わせたのか。2年。長いようで短い。短いようで長い。2年間、思うように動けなかったサファテの気持ちが私には少し分かる。

サファテは2017年にプロ野球新記録の54セーブを挙げた。MVPも獲った。そこから一転、2シーズンはけがで十分働くことができなかった。サファテが戦線を離脱している間に、10歳下の弟分の森唯斗は新守護神の座を確立。サファテが戻って十分働けたとしても、森唯斗と競わねばならない。サファテが通算250セーブに迫るほどの実績があっても、顔だけでは守護神は務まらない。ましてやほぼ2シーズン、実戦から遠ざかっている。感覚を取り戻すまでしばらくかかるだろう。

キャンプ初日から合流するのは、とにかく野球がしたい気持ちからだろう。4回でも投げたいというのは偽らざる心境だろう。失ってみて初めて分かる。当たり前のように働いてきたポジションがいかにかけがえのないものだったかということが。代わりのきかないものだったかということが。だからこそサファテは必死で守護神の座を奪い返しにくるだろう。選手を年齢で判断するとイチローに怒られそうだが、サファテは38歳。プロ野球選手の年齢としては高齢である。そろそろ終活の季節だ。最後にもう一度やりきりたい。そう思うのは当たり前だ。

前のめりになるのはいいのだが、それが空回りしてけがする人もいる。サファテは特に故障明けだから無理はしてほしくない。よくも悪くもサファテは入れ込んでしまうから気をつけてもらいたい。思えばソフトバンクの3年連続日本シリーズ制覇の初年度、サファテは勝負を決めた第6戦の9回から11回まで投げた。内川聖一が9回に山崎康晃から放った起死回生の同点弾を無駄にはしなかった。負けても第7戦があったのだが、第6戦をソフトバンクが落としていたらDeNAが逆王手をかけていたわけで、サファテのイニングまたぎは2017年日本シリーズの、ある意味ハイライトだった。決着は、われらが川島慶三大先生がサヨナラタイムリーを打ってつけるのだが。

サファテがいなくても確かにソフトバンク日本シリーズ3連覇を果たした。しかしそれはリーグ3連覇ではない。この2シーズンは西武に連覇を許している。最後の最後で獅子に蹴落とされる。2019年シーズンはけが人が続出しながらよくやったとも思えるが、サファテがいれば救援陣もそこまでバタバタせずに済んだ気がする。もっとも、サファテがいたら起用をめぐって森との兼ね合いが難しかったとは思うが。森の躍進はサファテがいない間の最大の収穫。サファテが復帰した時、サファテにとって森が最大の壁になるのは皮肉にも思う。

しかしそこはプロの世界。「一番状態のいい人が投げられる場所だから」。西日本スポーツ記事で森がそう話していた。そう、サファテも森も実績があるならあとは状態の良し悪ししかない。サファテにはまずは良いコンディションでマウンドに立ってもらいたい。森とサファテがガチンコの守護神争いを繰り広げられれば、おのずとソフトバンクのペナント奪回が近づく。春先はオリンピック予選でモイネロが不在の可能性も。サファテ復帰で救援陣がどう再編されるのか、興味深く見ていこう。

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セレンディピティーの機会はだれにもある~ノーベル賞吉野彰さんに学ぶ

ある偶然をきっかけに幸運を手に入れる能力や才能。セレンディピティーという言葉を、日経新聞1月16日付で見つけた。旭化成名誉フェローの吉野彰さんのノーベル賞受賞記念座談会を、ジャーナリストの池上彰さん、島津製作所シニアフェローの田中耕一さんとの3人で行った記事だった。

 

 

セレンディピティーが出てきたのは、吉野さんが「セレンディピティーの機会はだれにも均等にあると思います」と言ったくだりだった。スマホが一人1台と言ってもよいくらいの今日、世の中は情報にあふれている。目にする情報の量が同じだったとしても、それを有効に活用できるかは本人次第。吉野さんはこう続けた。「問題意識を持っている人が検知できる」。

リチウムイオン電池が未来を拓く (エレクトロニクス)

リチウムイオン電池が未来を拓く (エレクトロニクス)

  • 作者:吉野 彰
  • 出版社/メーカー: シーエムシー
  • 発売日: 2016/10/05
  • メディア: 単行本
 

 

 

2016年からスポーツブログを書き続けてきて、何度目かの壁にぶち当たっている。ネタが思い付かない。もともとプロ野球中心の構成だから、シーズンオフにネタに困るのは当たり前ではある。しかし、それ以前。明らかに情報への感度が鈍っている。インプットの量も足りていない。そして感動する場面が減っている。悪い傾向だ。

 

だからこそ、吉野さんが言われた言葉が身にしみた。セレンディピティーの機会はだれにも均等にある。もっと物を見る目を、感動する心を高めないとじり貧だ。きょうは20日だから16日付の日経新聞を見てうわぁと感激するのもどうかなとは思う。しかし綴じているのをめくってみたからこそ、吉野さんの一言にたどり着けた。やはり、めくらねばならない。それは義務でも何でもない。ただ「しびれたい」から、感動、感激したいから。自分をアップデートしたいから。昨日の自分を超えるきっかけは新聞に限らずいろんな記事に埋もれている。まずは根気よくセレンディピティーを生かす機会を探るようにしよう。

野球殿堂入り田淵幸一を支えた順応力~ホームランアーティストの美学と力学を読んで

2020年に野球殿堂入りする方々が発表された。元慶大監督の故前田祐吉氏、元早大監督の故石井連蔵氏、そしてホームランアーティストの田淵幸一氏(以下敬称略)だ。慶応、早稲田、そして法政。六大学野球ファンにとっては伝統と実力を誇りたくなる表彰となった。

若き日の誇り ~法政大学野球部黄金時代~ 松永怜一、田淵幸一、山本浩二、山中正竹

若き日の誇り ~法政大学野球部黄金時代~ 松永怜一、田淵幸一、山本浩二、山中正竹

 

 

タイミングよく、田淵幸一の本を読んでいた。12月に買った「ホームランアーティストの美学と力学」(ベースボール・マガジン新書)だ。タイトル通り、思い出のホームランを中心に田淵の足跡をたどることができる。

田淵が放ったホームランは実に474本。2019年シーズン終了時で歴代11位。現役では中村剛也の415本(同16位)が最高だ。400本以上となると、それなりにこだわらなければ到達しない数字である。

そんな田淵だから最初からガンガン打てたのかと思っていたが、プロ初打席は何とすべて見逃しの3球三振。相手は平松政次だった。学生時代とは球速が違う。ここで田淵がしたことは「グリップを下げる」。そのまま振りだせる位置にしたのだそうだ。

田淵は法政大学時代、長嶋茂雄広野功の持っていた通算ホームラン記録(8本)を塗り替えた。大幅更新して22本まで伸ばした。それはやがて高橋由伸に抜かれるのだが、学生時代に結果を残したバッティングフォームというものはあったはずだ。

それをプロ入り後すぐ変えることに躊躇しなかったのがすごい。いや、平松のストレートを見て変えねばと思うしかなかったのか。だとしても即断即決即実行をしたことがプロでの結果をもたらした。まさに英断。早くもプロ4打席目で初ホームランを放ち、1年目は結局22本。新人王にも輝いた。

田淵の順応力は西武に移籍してからも感じられた。あの有名な深夜のトレード通告。自宅を出てホテルに向かったのは午前1時過ぎだったと本に書いてあった。阪神生え抜きのスター選手が深夜にトレードを通告される。今なら、いや、当時としてもとんでもない話だ。これで腐るなという方が無理。気持ちを入れ換え西武に合流したものの、初年度は指名打者が多かったことも影響し「27本塁打に終わった」(何という贅沢な言葉遣い……)。その後もケガあり、合わない広岡達朗監督の登場ありと、田淵には我慢の場面が続いた。田淵を支えたのは優勝の味だった。

ついに田淵はホームランを捨てるという境地にすら立った。1982年、日本ハムとの後期プレーオフ。かつて黄金バッテリーを組んだ盟友・江夏豊がマウンドに立つ中、西武の田淵は1点ビハインドの8回の打席でつなぎのバッティングに徹してヒットを放った。一塁にランナーがいたため三塁に返球される間に田淵は二塁を陥れる。そして満塁からは大田のタイムリーで二塁から逆転のホームイン。ホームランに関する描写はないのだが、この本で一番こころに残るくだりだった。

中年・田淵くんの逆襲

中年・田淵くんの逆襲

 

 

ミスタータイガースとも言われた田淵幸一阪神を出たことは不幸だなとずっと思っていた。もちろん阪神一筋で現役を終えることができたならばそれはそれで幸せだったかもしれない。しかし西武で苦労しながらも新しい打撃の型や活躍の場を手に入れられたのも事実。西武で打倒巨人を果たしたからこそ正力松太郎賞にも輝けた。「西武に来て本当によかった」。本に書いた言葉は素直な気持ちだろう。西武で結果を残すためには……田淵は田淵なりに必死で西武ライオンズという新しい環境に順応していった。それが好結果につながったのではなかろうか。

言うは易し、行うは難し。やらなきゃいけないな、と思うことをすぐやっていたら、結果は変わっていたのだろうか。今さらながら胸に手を当ててみる。変化するのは苦手だから、田淵のように瞬時にフォームを変えるのは躊躇してしまう。順応力があればな、といつも思う。それだけに今回田淵の本を読んで、うまくいかない時はそこでやれる限りのことをやるしかないのだな、とあらためて思った。そういう環境をまず受け入れるしかないのだな、と。田淵は代打要員でいいから巨人行きてぇなぁ的な心境の時もあったそうだが、そのモヤモヤを吹き飛ばしたのはやっぱりホームランだった(南海戦での代打逆転ツーラン)。「ホームランアーティストの美学と力学」、今何となくモヤモヤしている方にはおすすめです。ぜひご一読ください!

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貪欲に教えを請う~ソフトバンク甲斐拓也がヤクルト嶋基宏と合同トレーニング

ソフトバンク】甲斐、9日からヤクルト嶋と合同自主トレ「1日中ずっといる」、というスポーツ報知記事を読んだ。他チームのキャッチャーと一緒のトレーニング。ひと昔前なら考えられないことではないか。まあ、嶋も楽天からヤクルト、つまりパ・リーグからセ・リーグに移ったからできたことだよなと思ったら何と2回目だった。前回はまだ「楽天の嶋」だった。同一リーグのキャッチャー同士が一緒にトレーニングをする。いちいち目くじらを立てる行為は古いのかもしれない。

筆者は是非を聞かれたら「あり」だ。合同トレーニングとはいえ実質、甲斐が嶋に弟子入りしているようなものだ。球場入りから食事、野球談義まで、学びたい人の側にずっといる。それができるのはものすごく恵まれている。甲斐は代名詞でもある強肩が売りだが、2019年は打撃が向上。それでついに1億円プレーヤーになれたのだが、もう一皮むけるとしたらリードやリーダーシップだろう。嶋は経験豊富であり、楽天の顔でもあった。甲斐が弟子入りを望むのもうなずける。他チームのキャッチャーに学ぶ是非はあろうが、私は貪欲に教えを請う甲斐の姿勢には好感を持った。

嶋は嶋で、悪い気もしないだろう。甲斐からのラブコールは自分の存在意義を再認識させてくれたのではないか。自分を慕うキャッチャーに果たしてどのくらい、どのように教えるのか。手取り足取りは教えず見て学ばせるのか。もちろんまだまだ現役だから手の内を全て明かす訳にもいくまい。嶋がどんな塩梅で甲斐に接するのかは興味深い。

また、嶋にもメリットはあると思う。伸び盛りのキャッチャーがすぐ側にいるのだ。すごくいい刺激になるのではないか。甲斐は甲斐で。嶋は嶋で。二人のキャッチャーの合同トレーニングは2020年シーズンにどう影響するのか。楽しみにしていよう。

我が道を行き結果を出す~箱根駅伝、創価大の嶋津ミズノ履きヴェイパーフライ封じ

創価大9位初シード 嶋津、ヴェイパー無双阻止!ミズノ社製シューズで区間新」というデイリースポーツ記事の見出しについ指が伸びた。箱根駅伝を席巻したヴェイパーフライに注目が集まる中で、それではない靴で結果を出した創価大学の嶋津雄大、何てカッコいいんだキミは。

創価大学駅伝部 箱根への道2020

創価大学駅伝部 箱根への道2020

  • 作者: 
  • 出版社/メーカー: 潮出版社
  • 発売日: 2019/12/05
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

高校駅伝ニューイヤー駅伝、そして箱根駅伝。ピンクやらオレンジのシューズが目立った駅伝シーズン。ナイキのヴェイパーフライが大注目だ。天候に恵まれたとはいえ、これだけ好記録が続出したらシューズ効果と見るのは当然。そんな中で創価大学の嶋津はミズノ製シューズで区間新。最終10区の記録更新は13年ぶりとか。いかに嶋津の記録がすごいかが分かる。

デイリーの記事が面白かったのは嶋津がライトノベル小説を書いていることに注目した点。つい先日、陸上競技異世界をテーマにした作品を書き上げたと紹介していた。何それ!面白そう……。何せ現役ランナーだからなぁ。記事によれば、目標設定用紙に「自分がシード圏内でゴールテープを切る瞬間までを物語に仕立てて」提出。嶋津は実際、9位でゴールしたので記事にある通り「ノンフィクション」になった。面白いエピソードだ。

箱根駅伝 ナイン・ストーリーズ (文春文庫)

箱根駅伝 ナイン・ストーリーズ (文春文庫)

 

 

嶋津は網膜色素変性症だという。初めて聞いたが「暗いと見えづらい」ため、練習に支障をきたしてしまう。それで嶋津はどうしたのか。何と高校時代には電気のついた廊下を走ったのだという。しかも何十往復も。単調な練習をしたこともすごいなと思うが、それをやろうという執念に胸を打たれる。

あまりに細かすぎる箱根駅伝ガイド2020 (ぴあ MOOK)

あまりに細かすぎる箱根駅伝ガイド2020 (ぴあ MOOK)

  • 作者:EKIDENNEWS
  • 出版社/メーカー: ぴあ
  • 発売日: 2019/11/26
  • メディア: ムック
 

 

病と言えば5区を走った日体大の藤本珠輝は全身脱毛症という。初めて見た時は今時ハチマキなんて古風だなと思ったが、これはウィッグを止める工夫だった。実況のアナウンサーがそれを披露した時は、とんでもない個人情報の暴露と思ってしまったが、暴露も何も藤本は病を公表していた。自分が頑張ることで勇気を与える。その思いは箱根駅伝での力走で十分伝わったことだろう。

少しでもタイムや勝利にこだわろうと道具を積極的に求める姿勢は素晴らしいと先日記事を書いたが、嶋津のように我が道を行き結果を出すのもカッコいい。ヴェイパーフライ旋風が吹き荒れた第96回箱根駅伝だったが、ミズノのシューズで区間新。厚底シューズの記事が目立つ中で嶋津に注目したデイリーのファインプレーもよかった。わが黒柴スポーツ新聞も、アクセスをいただく工夫は世間並みにこだわりつつ、個性を大切に書いていこう。


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