黒柴スポーツ新聞

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努力で運命を変える~野村克也「この一球」を読んで

プロ野球のレジェンド野村克也が亡くなった。まだまだメディアが一報しか書いていない。2月11日、亡くなったことが分かったという書き方からはまだ取材が不足している印象も受ける。今後詳しく報じられるだろうがわが黒柴スポーツ新聞ではそれとは一線を画し、野村克也の自著あるいは野村克也が出てくる書き物から野村克也人間性に迫ってみよう。まずは著者「この一球」から。

この一球―野村克也の人生論

この一球―野村克也の人生論

  • 作者:野村 克也
  • 出版社/メーカー: 海竜社
  • 発売日: 2012/11/01
  • メディア: 新書
 

 

「この一球」(海竜社)は2012年11月第一刷発行。サブタイトルの「野村克也の人生論」が表すように、ノムさんが自身やさまざまな選手を例にしてあるべき姿、生き方を提示している。目次からざっと、出てくる選手を並べてみよう。
桧山進次郎
山崎武司
斎藤佑樹
宮本慎也
野村克也
皆川睦雄
稲尾和久
江本孟紀
江夏豊
田中浩康
土橋勝征
西本幸雄
稲葉篤紀
池永正明

もうこの名前だけでプロ野球通なら買いの本。もっとも、著書の多い野村克也だけにどこかで聞いたよな話があったらご愛敬だが、そこは何回も言いたいくらいの話なんだろうなとオトナの対応で流してもらいたい。また、阪神楽天、ヤクルト時代の「結果を出した」弟子たちが出てくるのもご愛敬。これも「自慢したくなる」選手と関わった証拠だよねと受け流してほしい。

目次の中でビビっときて、やっぱり真髄を語っているなというページを紹介する。本の最後の最後、結論的にも読める「人生を運命として消化するか、可能性を探求し運命を変えるか【覚悟】」(204ページ)だ。事例として挙げているのは1963年に野村克也が樹立した当時のシーズン最多本塁打記録52本。それまでは小鶴誠が1950年にマークした51本塁打野村克也は新記録をシーズン最終試合最終打席でつくったのだった。

新記録をつくられたくないバッテリーは敬遠気味の投球。万事休すと天を仰いだ野村克也。そこへ運命の一球が外角低めにやってきた。あからさまなウエストボールではファンのブーイングに耐えられない。バッテリーの苦肉の策がストライクゾーンのやや外側だったのだがそこはギリギリバットが届いた。これを野村克也は一撃で仕留めたのだった。

この技術もさることながら野村克也小鶴誠の記録に追い付いた、前日の2本塁打自画自賛している。つまり記録は日々の積み重ねだから、この2本があっての新記録なのだというのだ。確かに結果を出すには日々の積み重ねが必要だ。運の強さは運にプラスアルファを重ねなければ身に付かない。それは一投一打に至る準備だという。著書の中でゴシックになっている箇所は大事なところなのでそのまま引用させていただこう。
運の強さとは、運そのものの強弱ではなく、運を引き出すべく努力を続けたかどうかで変わるものだ。そうして強くしてきた運の重なりによって、運もまた変わってくるものなのだ。

深い。そして努力した人にしか言えない言葉だ。ズシーンと心に響く。そして自分はまだまだ努力が足りないと反省してしまう。運が悪いと嘆いてばかりでは道は開けない。変わりたければ努力するしかない。運の重なりによって運命は変わるのだから。野村克也自身、クビになりかけたこともあったが鶴岡一人監督に認められて正捕手の座につき、本塁打王9回、打点王7回、首位打者1回で三冠王は一度。通算本塁打657本は歴代2位、通算試合3017も歴代2位。野村克也には自分で自分の運命を切り開いた自負があるのだろう。そんな野村克也の背番号19を2020年シーズンから、同じ努力型の甲斐拓也が受け継ぐ。ノムさんが亡くなり、甲斐にしても心に期するものがあるに違いない。

「この一球」はこんな言葉で締めくくられている。野村克也が亡くなった今となっては遺言のように聞こえるが、敬意を込めて引用し、ご冥福を祈ることにしよう。機会があればぜひ「この一球」を手に取ってみてください。
運命を変えるもの、運を強くするもの。それはいつ来るか分からぬ「この一球」に常に備え、己の仕事を理解して行動を選択する。その覚悟にほかならない。

 

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