黒柴スポーツ新聞

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ソフトバンク日本一翌日に攝津、五十嵐ら戦力外の衝撃

広島34年ぶり日本一の悲願を打ち砕き、ソフトバンクが2年連続の日本シリーズ制覇を果たした。その翌日、大物二人が来季の構想外と報じられた。攝津正と五十嵐亮太。優勝による浮かれモードのかけらもない。この緊張感が強さの源なのか。


実は危ないと思っていた。時代は違えどかつて同じようにソフトバンクのエースだった杉内俊哉が引退を表面した時だ。高額な年俸をもらいながらそれに見合う活躍なのかと指摘されがちだったのが杉内と攝津だった。


杉内が引退となれば攝津はどうなんだ論が浮上してもおかしくはない。下手にコラムで取り上げてしまったら「寝た子を起こす」ことになるのではないか……そう考えて攝津の話は書くまいと思った。そしてソフトバンクはCSと日本シリーズで暴れまくった。その裏で攝津の名前は出なかった。だから来季もソフトバンクにいるのだなと思ったが、甘かった。

忘れられない試合がある。2013年9月6日、京セラドームでのオリックス戦。エース攝津正は西と投げ合い、8回を終わって0-0の投手戦となった。筆者は三塁側内野席で見ていたが、しびれる、引き締まった試合だった。



こういう時はホームランで決まる。野球あるあるである。ソフトバンク9回の攻撃は四番・柳田悠岐。まだ背番号は44で、確かDHだったと記憶している。初めて柳田悠岐を見たし、スタンドの大阪の鷹党の応援から彼が「ギータ」と呼ばれているとも知った。

ものすごいスイングをしていたからこれは決勝ホームランもあるなという予感があった。なぜなら9回オリックスは守護神・平野佳寿を投入したからだ。平野のストレートに柳田悠岐のバットが当たりさえすればピンポン球のように飛んでいくに違いない。

そもそも攝津が丁寧なピッチングでオリックスを抑えた試合。8個ゼロを並べ、9回に柳田悠岐がホームランを放ち、裏のオリックスの反撃を抑えて勝つ。こんなしびれる展開はあろうか。と思ったが目の前で実現した。柳田悠岐は平野の速球を真芯でとらえ、打球は絶妙な角度でライトスタンドに飛んでいった。バットに当たった瞬間、三塁側のホークスファンは総立ちだった。そのまま、三塁に向かってきた柳田悠岐に拍手喝采を浴びせ、喜びを爆発させた。

それがあまりにうれしくて、最終回のマウンドに立ったソフトバンクのピッチャーを忘れていたが、確認してみたら五十嵐だった。あれから5年。柳田悠岐はチームの柱となり日本シリーズ後のビールかけで乾杯の雄叫びをあげた。その翌日、攝津正は五十嵐亮太と共に構想外と報じられた。

攝津や五十嵐だけではない。ドラフト1位入団の寺原隼人、長打力が魅力の吉村裕基交流戦で大ブレイクした城所龍磨ら8選手が来季の構想外となったのだ。プロ野球は1年1年が勝負。その厳しさをあらためて認識させられる。

日本一になったソフトバンクでさえこうなのだ。すでに巨人や楽天も容赦なく戦力外通告をしている。プロ野球ファンには寂しい季節がやってきた。一生懸命応援してきた選手がチームを去るのはファンとしてはすごくつらい。その選手がまだやれるならチームが変わっても応援すればいい。その一方で、長年袖を通したユニフォームのまま引退してほしい選手もいる。私にとって、元エースの攝津正はそういう選手なのだ。

かつて5年連続で開幕投手を務めた攝津。ファンにしこたまいい思いをさせてくれた彼に、ファンは何も救いの手を差し伸べられない。ソフトバンクが日本一になって、幸せの余韻に浸ってから丸一日も経たずに、胸にぽっかり穴が空いている。