黒柴スポーツ新聞

ニュース編集者が野球を中心に、心に残るシーンやプレーヤーから生きるヒントを探ります。

プロも認めた!西武・源田壮亮の守備がすごい理由とは

フジテレビの「S-PARK」プロ野球100人分の1位、守備No.1に西武ライオンズ源田壮亮が選ばれた。後出しじゃんけんで恐縮だが黒柴スポーツ新聞は予想的中。この賞は4年連続で菊池涼介が選ばれていたのだが、今回は2位に。玄人好みの源田に軍配が上がった点は興味深い。さすが、プロ野球ニュースをルーツに持つ番組である。



番組には源田壮亮本人が生出演。守備の極意を宮司愛海アナウンサーに問われると「はじめの一歩」が大事だと答えた。

いち早い始動は今季引退した守備の名手、ロッテの岡田幸文も意識していたと、スポーツニュースで見たことがある。バットがボールをとらえる前に動くこともあったという。

源田もまた、球種やら、ピッチャーとバッターの兼ね合いではじめの一歩を工夫しているという。キャッチャーが内角に構えるか、外角に構えるかで重心を変えたりするのだろうかとか想像してみた。とにかく1球ごとに工夫しているという。

源田壮亮がなぜ堅守なのか。今回の出演で分かったことは、想像力と適応力、そして実行力がそろっていることだ。まずは打球のコースを読む。これは上に書いた通り。

次に、ゴロならばバウンドに合わせてステップする。ゴロに合わせるのがうまい点は、この日サプライズ出演した同僚の金子も評価していた。野手は打球のバウンドを選べない。つまり自分が対応するしかない。社会人が仕事をする上でも、提携先やら発注先の都合で予定が変わることはよくある。アクシデントにも軽やかに対応したいものだ。源田はスマートに歩調を合わせて次の送球がしやすい態勢に持ち込んでいる。



そして、まとめの実行力。源田のスローイングには安定感がある。いくらカッコよく捕球できても、送球が乱れたら何にもならない。ランナーがたまってピンチになってしまう。アウトにできる時は確実にアウトにしておく。デキる人の鉄則である。

準備と適応力と確実性。そう、実は特別なことではない。源田壮亮の守備は、菊池涼介みたいな派手さはない。エンターテイメント的な要素としては、魅せる、ワクワクさせる菊池の方が高い評価なのだろうが、ゴロを難なく処理していく源田壮亮ももっと評価されてもいい。ちなみに源田の得票は選手100人中、41票にもなった(2位の菊池は32票。これも十分すごい)。経験を積めば積むほど自分の中でモデルケースが出来上がってしまい、必要な手順を省略しがちだ。基本に忠実であり続けることは案外難しい。地味ながら確実にアウトを取っていく源田の堅守を見るたびに、基本の大切さを再認識させられる。

源田壮亮は新人から2年連続で全試合フルイニング出場。これはプロ野球史上初の快挙だ。2018年は遊撃手としてベストナインゴールデングラブ賞をダブル受賞。気が早い話ではあるが、源田のFA流出を未然に防ぐためにも今のうちから最大級の評価をしてあげてほしい。

選んで乗りたくなるタクシーの話と金子千尋の日本ハム入団

タクシーなんてどれも一緒だろうと思っていた。だけど、これからは選んで乗ろう、と思った話をする。


職場は定期的に飲み会があり、そんな夜は最寄り駅からタクシーのお世話になる。ところが、いつもより遅い時間帯になってしまったため、駅前のタクシー乗り場に1台も残っていなかった。


ならば呼ぶしかない。看板の電話番号にかけてみた。

「ちょうどお客さまをお迎えに出たところで……(駅前に来るには)だいぶかかります」
「どのくらいですか?」
「30分くらいは……それも、分かりません」


都市部と違って時間をつぶせる店もなし。待機時間30分も確証がない。別の区間ではあるが1時間くらいなら歩いたこともあるしなと、タクシーを諦めた。


で、20分歩いたが3分の1も消化できず。しかし歩くしかない。と、向こうからタクシーが! 遭難者ばりに手を振ってみたが「予約車」の表示。万事休す。


その時思い出した。もうちょい歩いたら、タクシーの待機所があったな。看板は明かりがついているが……車庫をのぞくと、1台、車内外を清掃しているタクシー&運転手さん発見。けど洗車してたら、乗せてくださいって言えないよな……歩くかな……けど、このままでは帰宅が日付変わってからになる。ダメ元で頼んでみよう。


「すみません、もう終わりですか?」
「終わり」
やっぱダメだよな、と思った瞬間、
「呼んじゃろか?」


神が舞い降りた。何やら無線で応援を頼んだ様子。
「2、3分待って。来るから」
待ちます待ちます! 待たせていただきます。ホッとしながら待っていると向こうから1台のタクシーが。ネコバスに乗るサツキとメイばりにいそいそと乗り込んだ。


「実は駅前でタクシーがなくて……」と言うと「えっ、うちは駅裏にありますよ」。そう言えば、このタクシーは駅前で呼んだタクシーとは違う会社だった。ふと思った。電話したタクシー会社の人が、近くに別のタクシー会社もありますよと教えてくれてもいいのになぁ、と。


まあ、ライバル会社をわざわざ勧める人もおるまい。ここで「お隣のタクシー会社には聞かれましたか?」と教えてくれていたら株が上がったのだが、電話の際には「申し訳ありません」で終わってしまった。

一方のネコバスタクシー(仮称)は道中で「うちはどこそこで乗れます」「何曜日と何曜日は何時までやっています」「これからは寒くなりますから、待機所でお待ちいただければ」と親身になって説明してくれる。こりゃ次から乗るタクシーは決まりだな、と思った次第。


まだまだモノを売る経験が浅く、哲学も持ち得ない。だけれども今夜はとてもよいヒントをタクシーの運転手さんにもらえた気がする。


で、スポーツブログゆえに無理やり話を展開するのだが、日本ハムに電撃入団した金子千尋はまさにタクシーにようやくありついた自分の面持ちと重なる気がする。

金子千尋の変化球バイブル ハンディ版

金子千尋の変化球バイブル ハンディ版



そう、とにかく「無理だ、難しい」とだけ言ったタクシー会社がオリックス。そして「こんなやり方もありますよ」と提案してきたタクシーは、さながら日本ハム。そりゃ日本ハムに行くよなあ、と。働き場所を与えてくれた組織のために頑張ろうと思うのは自然なことだ。日本ハムの人心掌握術はいつ見てもレベルが高い。モノを売ったり人を成長させたりするにはやはり心が大切だよなと再認識した。

死闘から20年。いま松坂世代に注目する意味~「松坂世代」を読んで

1998年の死闘から20年。彼は日米野球の実況を担当していた。上重聡。元PL学園のエースにして、現在は日本テレビアナウンサーである。その実況席には松坂大輔がいた。この状況を感慨深く見た人も多かったことだろう。


今年、松坂世代は大きな節目を迎えた。象徴である松坂大輔ソフトバンクを戦力外になりながらも中日で再起を期した。全盛期の押しまくるピッチングは影を潜めたが、ランナーを背負いながらも粘りの投球。3年の未勝利からシーズン6勝と「復活」した。

プロ野球 復活の男たち (TJMOOK)

プロ野球 復活の男たち (TJMOOK)

一方で松坂世代の選手が相次いでユニフォームを脱いだ。98年夏の甲子園松坂大輔に挑んだ元鹿児島実業のエース、杉内俊哉松坂大輔と共に甲子園を制した元横浜高校後藤武敏。そして村田修一も、小谷野栄一も。松坂世代の現役プロ野球選手は確実に減っている。

そんな今だからこそ読んでほしい一冊がある。矢崎良一さんの「松坂世代」だ。

松坂世代 (河出文庫)

松坂世代 (河出文庫)

実はもう何年も前に買っていたのだが、読むタイミングを逃したまま本棚で眠らせてしまっていた。そもそもこの「松坂世代」という分かりやすいタイトル。松坂大輔の同級生であるプロ野球選手を並べて紹介する本だと思っていたので、急いで読もうとは思わなかったのが正直なところだった。

だが「松坂世代」の構成はそうではなかった。確かに木佐貫洋杉内俊哉といった、プロ野球でも名前が知られた投手も出てくる。しかしそれを上回るボリュームで語られるのが無名戦士たちである。そして高校野球ファンならば顔も名前も知っている懐かしい球児たちである。だが同時に痛感させられるに違いない。自分たちは彼らの胸の内をほとんど分からないまま名勝負を見せられていたのだ、と。

描かれるのが横浜高校PL学園など強豪校の選手たちだからこそ、進路は大学野球、社会人野球、プロ野球とさまざまである。端から見ればエリート街道、何不自由なく野球に打ち込めたのだろうと第三者は見ることだろう。しかしこの「松坂世代」には成功者も出てくるが、激しい葛藤も含めて、挫折や試練を味わう選手が何人も出てくる。それがそのまま作品の奥深さにつながっている。

続ドキュメント 横浜vs.PL学園 松坂大輔と戦った男たち

続ドキュメント 横浜vs.PL学園 松坂大輔と戦った男たち

冒頭紹介した上重聡もその一人だ。立教大学に進み、六大学野球完全試合も成し遂げた。それだけに日本テレビのアナウンサーになったことを知った時は心底驚いた。もう野球はやりきったのか?と疑問も湧いた。この大きな決断の背景も「松坂世代」には丁寧に描かれている。

後藤武敏引退試合横浜スタジアムでの中日戦。引退セレモニーでは盟友・小池正晃松坂大輔が花束を贈った。その流れで、背広姿の彼を見つけた高校野球ファンも多かったはずだ。横浜高校松坂大輔とバッテリーを組んだ小山良男。現在は中日のスカウトだという。個人的には「松坂世代」でこの小山と上重の章が特に心に残った。松坂世代は皆、追い付こうとしたかしないかに関わらず、松坂大輔に影響を与えられた若者たち。その筆頭が上重と小山に思えた。

松坂世代」は2006年の発売だからまだ松坂大輔メジャーリーグで活躍するくだりはない。そして日本球界復帰後に長期離脱することも書かれていない。稀代のスーパースターであってもプロ野球人生の締めくくりを難渋するのだなとさえ思った。それでも、松坂大輔松坂大輔だった。中日で勝ち星を付けるごとにテレビが報じた。個人的にはソフトバンクファンゆえに松坂大輔が勝つことに複雑な気持ちになるかなと思っていたが、とにかく勝ってくれたらいいかなと受け止めていた。やはり松坂大輔は多くのファンにとって特別な存在なのだ。

ともあれ、松坂大輔がまばゆいばかりに輝いた1998年から20年の歳月が過ぎていた。日米野球で来日したナショナルズのソトは1998年生まれ。これには上重も松坂も苦笑するしかないだろう。「人生の勝利者たれ」。横浜高校を率いた渡辺元智監督の教えだ。上重も松坂も世間的には勝ち組なのだろうが、渡辺監督に言わせれば勝ち組と勝利者は違うのかもしれない。そして、勝利者だったかどうかは死ぬ間際に初めて分かるのかもしれない。その意味では上重も松坂もまだ道の途中にいる。

人生の勝利者たれ

人生の勝利者たれ

日米野球上重聡と共演を果たして数日後の11月12日、松坂大輔は2018年度のカムバック賞に選ばれた。入団以来3年連続最多勝を成し遂げた松坂がまさかカムバック賞を取ることになるとは、と思ったファンも多かろう。しかしそれこそが20年という歳月の証しでもある。

1999年の松坂大輔 歴史を刻んだ男たち

1999年の松坂大輔 歴史を刻んだ男たち



松坂はまだ現役だが盟友たちは指導者の道を歩み出している。筆頭は楽天監督の平石洋介。それだけでもビッグニュースだったが現役を引退した小谷野栄一後藤武敏もコーチとして楽天入りした。それがどういう意味なのかは、ぜひ「松坂世代」を読んでじっくり味わってほしい。

今まで数多くの野球のノンフィクションを読んできたが、丁寧に一人一人の胸の内を描いたという意味では最高峰と思う。この一冊があるだけで、さんざん見てきた横浜対PL学園の死闘がさらにドラマチックに見えるはずだ。そして奇しくも松坂大輔と同学年でいた球児たちを応援したくなるだろう。この本は周りに影響を受けながらも自分らしく生きる尊さを教えてくれている。ぜひご覧ください。
松坂世代 (河出文庫)

松坂世代 (河出文庫)

根尾は31年ぶり高卒新人開幕スタメンなるか~ひたすらにショートの話

中日ドラゴンズへの入団が決まった根尾を応援したい。藪から棒に何なんだと言われそうだが、急に見方が変わったのだ。彼がショート一本で勝負したいと言ったからだ。


大谷翔平が球界の大物たちの見立てを覆して二刀流を軌道に乗せたことで、マルチに才能を発揮することの価値は不動のものになるかと思っていた。が、根尾はそこに挑戦はしなかった。それはなぜなのだろう。



ひょっとしたら、自分は大谷翔平ほどにはできないと思ったのかもしれない。春夏連覇に貢献して才能は十二分に発揮したし、評価もしてもらえたはず。しかしデキる人だからこそ、自分の到達点は自覚しているのかもしれない。もっとも大谷翔平と比べたら大概の人は同じステージを目指そうとはしないだろうけれども。

そもそも、高校を出たばかりでプロの1軍でやろうというだけでもすごい。もし根尾が開幕スタメンに名を連ねることになれば、立浪和義の高卒新人開幕先発メンバーだという。そう、その1988年以来30年誰もなし得なかったすごいことなのだ。

根尾ならばやろうと思えばピッチャーとしてもそこそこやれるかもしれない。そこを封印してショート一本でやる。何か覚悟のようなものを感じた。まったく慢心がない。

迎え撃つ中日のショート、京田もまた勝負の年。レジェンド荒木雅博が引退したため、セカンドに回るのか。だとしたら根尾に屈したとも見えてしまう。チームの方針とはいえ、プライドはズタズタだろう。

ちなみに立浪和義の場合は宇野勝がセカンドに回ることになった。宇野はショートでも41本塁打(遊撃手史上シーズン最多ホームラン)をマークするなど実績十分だったが、遊撃手の座を高卒新人に譲らされた。だが立浪和義が後に名球会入りしたことを考えると、新人時代から使った中日首脳陣の見立ては確かだったことになる。

野球好きならここであの男の名前が頭に浮かぶはずだ。森岡良介。根尾や立浪和義と同じく甲子園制覇のショートとして、中日にドラフト1位指名された。筆者は立浪和義のようにドラゴンズの主軸として長期的に活躍する森岡の姿を期待していた。しかし森岡立浪和義にはなれなかった。なぜならばこの時期中日の内野はアライバコンビがいたからだ。そう、プロ野球選手には「時の運」も必要なのだ。

大多数の野球ファンと同じく、根尾には抜群のセンスを感じている。だから、根尾がショート一本で頑張りたいと言った時に、それならぜひ名ショートになってほしいと思った。池山隆寛宇野勝のような長打力が魅力のショートもいいが、センスの塊のようなショートも見てみたい。

今、一番うまいショートは誰なのだろう。2018年のゴールデン・グラブ賞はセ・リーグ田中広輔パ・リーグ源田壮亮だ。筆者は今宮健太が好きなのだが、ゴロをことごとく確実にさばく源田もうまいなと思う。派手さはない。むしろ地味である。ポジションは違うが同じ内野手では華やかさが売りの菊池涼介が何かと注目されるが、守備力という意味では源田が上だと思う。菊池の場合は攻撃的でチームを活気付ける守備だ。職人芸ではない。その点、源田のゴールデン・グラブ賞は通好みである。

果たして根尾は開幕先発の栄誉を勝ち取りショートを守ることができるのか。ショートに定着するなら堅実派なのか派手なのか。来春まで楽しみに待っておこう。

ソフトバンク日本一翌日に攝津、五十嵐ら戦力外の衝撃

広島34年ぶり日本一の悲願を打ち砕き、ソフトバンクが2年連続の日本シリーズ制覇を果たした。その翌日、大物二人が来季の構想外と報じられた。攝津正と五十嵐亮太。優勝による浮かれモードのかけらもない。この緊張感が強さの源なのか。


実は危ないと思っていた。時代は違えどかつて同じようにソフトバンクのエースだった杉内俊哉が引退を表面した時だ。高額な年俸をもらいながらそれに見合う活躍なのかと指摘されがちだったのが杉内と攝津だった。


杉内が引退となれば攝津はどうなんだ論が浮上してもおかしくはない。下手にコラムで取り上げてしまったら「寝た子を起こす」ことになるのではないか……そう考えて攝津の話は書くまいと思った。そしてソフトバンクはCSと日本シリーズで暴れまくった。その裏で攝津の名前は出なかった。だから来季もソフトバンクにいるのだなと思ったが、甘かった。

忘れられない試合がある。2013年9月6日、京セラドームでのオリックス戦。エース攝津正は西と投げ合い、8回を終わって0-0の投手戦となった。筆者は三塁側内野席で見ていたが、しびれる、引き締まった試合だった。



こういう時はホームランで決まる。野球あるあるである。ソフトバンク9回の攻撃は四番・柳田悠岐。まだ背番号は44で、確かDHだったと記憶している。初めて柳田悠岐を見たし、スタンドの大阪の鷹党の応援から彼が「ギータ」と呼ばれているとも知った。

ものすごいスイングをしていたからこれは決勝ホームランもあるなという予感があった。なぜなら9回オリックスは守護神・平野佳寿を投入したからだ。平野のストレートに柳田悠岐のバットが当たりさえすればピンポン球のように飛んでいくに違いない。

そもそも攝津が丁寧なピッチングでオリックスを抑えた試合。8個ゼロを並べ、9回に柳田悠岐がホームランを放ち、裏のオリックスの反撃を抑えて勝つ。こんなしびれる展開はあろうか。と思ったが目の前で実現した。柳田悠岐は平野の速球を真芯でとらえ、打球は絶妙な角度でライトスタンドに飛んでいった。バットに当たった瞬間、三塁側のホークスファンは総立ちだった。そのまま、三塁に向かってきた柳田悠岐に拍手喝采を浴びせ、喜びを爆発させた。

それがあまりにうれしくて、最終回のマウンドに立ったソフトバンクのピッチャーを忘れていたが、確認してみたら五十嵐だった。あれから5年。柳田悠岐はチームの柱となり日本シリーズ後のビールかけで乾杯の雄叫びをあげた。その翌日、攝津正は五十嵐亮太と共に構想外と報じられた。

攝津や五十嵐だけではない。ドラフト1位入団の寺原隼人、長打力が魅力の吉村裕基交流戦で大ブレイクした城所龍磨ら8選手が来季の構想外となったのだ。プロ野球は1年1年が勝負。その厳しさをあらためて認識させられる。

日本一になったソフトバンクでさえこうなのだ。すでに巨人や楽天も容赦なく戦力外通告をしている。プロ野球ファンには寂しい季節がやってきた。一生懸命応援してきた選手がチームを去るのはファンとしてはすごくつらい。その選手がまだやれるならチームが変わっても応援すればいい。その一方で、長年袖を通したユニフォームのまま引退してほしい選手もいる。私にとって、元エースの攝津正はそういう選手なのだ。

かつて5年連続で開幕投手を務めた攝津。ファンにしこたまいい思いをさせてくれた彼に、ファンは何も救いの手を差し伸べられない。ソフトバンクが日本一になって、幸せの余韻に浸ってから丸一日も経たずに、胸にぽっかり穴が空いている。

ソフトバンク日本シリーズ3連勝を呼び込んだ切り札たち

ソフトバンク日本シリーズで広島に3連勝。日本一に王手をかけた。マツダスタジアムで勝つのは容易ではないだけにこれ以上ない展開。好調の要因は投手も含めた守備力と見ている。



この点は第5戦、AbemaTVで解説した斉藤和巳が指摘していた。例えばヤフオクでは第4戦で初回に丸が長打を放つも、本塁を狙った菊池涼介を柳田→明石の見事な中継で本塁寸前で刺した。第5戦では野間に外野へ痛烈な打球を打たれるも、上林誠知が本塁へダイレクト返球。試合がその後シーソーゲームになったことを考えると、勝利打点並みの貢献だった。

また、甲斐が日本シリーズ盗塁阻止率100%と強肩を発揮。「甲斐キャノン」はガンダムファンまで含め全国区になったのではないか。今や守備でお金を取れる選手も少ないが、甲斐の強肩だけでもスタジアムに見に行く価値がある。

CSファイナルステージで西武と壮絶な打撃戦を展開しただけにどうしても強力打線に目が行きがちだが、やはり今季は中継ぎ、抑えの奮闘あっての結果だ。第二先発というジャンルを確立しつつある武田翔太、複数回投げられる石川柊太、左対策の嘉弥真新也や守護神の森唯斗。モイネロも高橋礼も頑張っている。ただ単に数がそろっているのではない。出る場面が決まっているのだ。この継投パターンが決まると見ていてすごく楽しい。

ソフトバンクが勝つとすぐに金満球団などと揶揄される。これは単に表面しか見ていない。確かに年俸が高い選手はいる。しかしそれは球団と選手の合意によって成り立っているから周りがとやかく言う問題ではない。球団による投資と見ることもできる。

ユーティリティプレーヤーを複数抱えるのも投資と言える。リスク管理でもある。この日本シリーズはその投資が生きている。例えば明石健志。第5戦は柳田悠岐によるバットを折りながらのサヨナラホームランが注目を集めたのは当然なのだが、そもそも明石健志の同点ホームランがなければソフトバンクは延長に持ち込めていない。明石は目立たないが内野安打になりそうな難しいゴロも上手にさばいている。そう、打つばかりが野球ではない。

守りという意味では高谷の存在も大きい。甲斐もパンチ力はあるが打率は高くない。試合後半にチャンスが生まれたら代打が投入される。そこで高谷の出番となる。こういう選手たちをソフトバンクは抱えている。そういう金は投じている。まさに人財。生きた金の使い道なのだ。高谷のホームランも、広島の猛烈な追い上げがあっただけに価値ある一発だった。付け加えれば、高谷のホームランも明石のホームランも、ソフトバンクが勝つための台本にはなかった。主演俳優だけじゃない。この脇役たちの「アドリブ」もまたソフトバンクの強さだ。

脇役と言えばこの日本シリーズ川島慶三の「ビッグプレー」をまだ見ていない気が。思えばシーズン終盤、西武との天王山でまさかの3連敗を喫したものの、川島が「残り全部勝つ」宣言をしてからソフトバンクは生き返った。ペナントレース優勝はできなかったが、CS、日本シリーズと諦めない戦いぶりに本当に感動している。

頂まであと一つ。日本一を決定付ける役者が誰になるのか。本当に楽しみだ。

ソフトバンクと西武、CSの勝敗を分けたものとは~選択肢を持つ組織は強い

ソフトバンクが西武を下し、2年連続の日本シリーズ進出を決めた。シーズン中、一度も首位を明け渡さず力を誇示した西武になぜソフトバンクが勝てたのか。


ありきたりだが「層の厚さ」という結論に達した。



まず、CS中の打順を見れば分かる。例えば1番に上林誠知を入れたり、川島慶三を入れたり。上林はそろそろミスター3塁打と呼びたくなるくらいで、チャンスメイクができる。川島慶三左キラーとしての役割が期待される。打順にはその試合をどう戦うかの意思が込められている。ちなみに2番は明石健志だと小技もできるオーソドックスな2番。高田知季だとやや守備重視。上林だと超攻撃的な打撃が期待されている。
守備も複数のパターンを持つ。ショートが高田だとやや守備重視。西田哲朗ならやや打撃重視。かつて三原魔術と呼ばれた、大胆な選手起用が持ち味の三原脩監督がいたが、大洋ホエールズを率いて日本一に輝いた年、超二流たちを見事に使いこなした。2018年のホークスのショートやセカンドはそれをほうふつする。(三原マジックについては以前書いたことがあるので興味がある方はぜひご覧ください)

tf-zan96baian-m-stones14.hatenablog.com


そもそもショートは今宮健太がレギュラーだったが西武との天王山で脚を負傷。戦列を離脱してしまった。その代役になるべき牧原大成もまた負傷。普通ならこれで万事休す、となるが高田知季や西田哲朗が十分に穴を埋めた。高田は日本ハムとのCSファーストステージで手痛いエラーがあったが自分で取り返すタイムリーを放った。



西田は日本シリーズ進出を決めたファイナルステージ第5戦で3安打。ファーストステージでは貴重なホームランを放った。高田といい、西田といい、存在感が増している。今宮もうかうかしていられない。そう、これが層の厚さだ。

試しに西武のショートを見てみよう。CSでも打撃好調で守備も安定している源田がもしけがをしたら? 筆者が西武ファンではないからかもしれないが、代役の名前が出てこない。

代役がいなかったのかもしれないが西武は中村剛也とてスタメンを外れることはなかった。対照的にソフトバンクは不振の松田宣浩を外してグラシアルに三塁を守らせた。実はこのプラン、2019年以降を見据えたものと推測している。松田とてレギュラーの座は磐石ではない。短期決戦のさなかに世代交代を模索していることにうなってしまう。

試合終盤にデスパイネが出塁すると、脚力やけが防止の観点から福田秀平らが代走に起用される。これもまだまだ点を取るぞというファイティングポーズになっており、試合の中でアクセントになっている。同様に守備でもいつの間にか川島慶三がセカンドを守っていたり、ショートが西田から高田に代わって守備固めに入っていたり。キャッチャーも高谷がいるから甲斐のところで代打が送れる。ホークスの選手起用は意図が分かりやすく、本当に試合を楽しんで見られる。そして、野球はベンチ全員で戦うんだなと再認識することができる。

ソフトバンクに敗れた辻監督が自軍との違いを「中の投手」と言ったという。確かにソフトバンクは中継ぎがよく踏ん張った。シーズン最後の天王山では打たれたが、日本ハムとのCSファーストステージも、西武とのファイナルステージも、武田翔太や石川柊太といった回またぎができる人から左に備えての嘉弥真新也やモイネロもよく踏ん張った。ファイナルステージは両軍よく打ったが実は中継ぎの出来次第でどちらに転んでもおかしくない試合ばかりだった。ホークスは抑えられ、ライオンズはできなかった。そういうことだろう。

切れ目のない打線、逆転勝ちの多さという意味では西武と広島は似ており、ソフトバンクはすでに「仮想日本シリーズ」ができたと言える。では広島はどうか。先発以降が頼りない巨人では全く参考にも練習にもならなかったことだろう。逆転のカープ対継投のホークス。日本シリーズの見どころの一つである。

ソフトバンクにとってはファイナルステージを第5戦で終えられたことは大きい。なぜなら千賀が温存できたからだ。ぜひとも日本シリーズ初戦は千賀で勝っておきたい。この辺り、王道なら広島は大瀬良大地を立てるが大一番に強い九里亜蓮もあると見た。そもそも予告先発をやるのかどうか。あればさまざまな選択肢を持つソフトバンクは作戦が立てやすい。ジョンソンの時はまた川島慶三から始まる攻撃的打順が見たいものだ。

その前に肝心の日本シリーズの中継はあるのかどうか。シーズン終盤からDAZNで見まくっていたが(なかなかコスパよかったです)、日本シリーズを見られるアナウンスは今のところなし。10月27日の第1戦と28日の第2戦は地上波でやりそうだ。(第1戦はテレ朝系、第2戦はフジテレビ系との情報もあり)。詳しくご存じの方はぜひコメントを通じて情報をお願い致します。一緒に日本シリーズを楽しみましょう!

日本シリーズ2日連続完封、元南海のスタンカ死去

南海ホークスのスタンカさんが10月15日亡くなった。昭和30年代~40年に活躍した助っ人ゆえに「誰それ?」的な方も多いかもしれない。筆者とて現役時代を知らないがスタンカはいろんな書物に名前が出てくる。記憶にも記録にも残るプレーヤーだったということだろう。ご冥福を祈りつつ、ざっくりまとめてみた。

熱投スタンカを憶えてますか

熱投スタンカを憶えてますか



日本シリーズで二日連続完封
今やエースでも中4日は避ける時代。CSでは千賀が中4日で西武戦に先発したが、巨人の菅野はまさかの温存でファイナルステージ敗退。そんな姿をスタンカはどう見るだろう。時代が違うとはいえ1964年の日本シリーズでは阪神相手に第6、7戦と二日連続で完封。第1戦でも完封しているから最優秀選手になるのも当然だった。シーズン中でも恐らく、戦後は大洋のエース秋山登しかなし得ていない二日連続完封を日本シリーズでやってしまったスタンカ。今なら年俸は間違いなく億単位だろう。1964年は26勝7敗、.788で最優秀勝率に輝いた。最多勝かとも思ったが小山正明が30勝。昔の野球はすさまじい。

円城寺、あれがボールか、秋の空
1964年の日本シリーズは好成績だったスタンカだが1961年の日本シリーズでは不運に泣いた。巨人との日本シリーズ第4戦9回裏に救援したスタンカ。ツーアウトを取り最後のバッターもファーストフライ……と思いきや一塁手の寺田陽介がグラブに当てながら落球。これで2死一、二塁。続く長嶋茂雄に緩いゴロを打たせるも三塁手の小池兼司がさばききれず満塁。スタンカも踏ん張りツーストライクから渾身のフォークが決まった……と思いきや判定は「ボール」。球審の円城寺満が巨人ファンだったから。セ・リーグにはここまで急激に落ちるフォークを投げる人がおらず審判が見慣れていなかったから。ストライクだと思った野村克也が腰を浮かせるのが早かったから。さまざまな説があるがとにかく南海選手は激怒。今もストライク、ボールの判定にはリクエストの要求はできないが当然判定は覆らず。命拾いした巨人は打者・宮本敏雄(エンディ宮本)が逆転打を放ちサヨナラ勝ちした。この際スタンカはホームベース付近でバックアップすると見せかけて円城寺に体当たりしたという。今回のネタ元、近藤唯之「運命の一球」(新潮文庫)79ページには円城寺が倒れている写真が掲載されている。「円城寺 あれがボールか 秋の空」。オクラホマ州のスタンカ邸にはそんな色紙が飾られていた……そんなエピソードも残っている。
運命の一球 (新潮文庫)

運命の一球 (新潮文庫)



息子さんがガス漏れで亡くなる
スタンカは神戸に住んでいたが、当時中学生の息子、ジョーイ君が風呂のガス漏れで中毒死するといういたましい事故が起きてしまった。南海との契約が残っていたスタンカだが神戸で野球をする気になれず、大洋に移籍した。その際南海ナインはみんなでスタンカを見送りにきたという。南海選手たちの温かさ、スタンカの愛されキャラがうかがえるエピソードである(これもネタ元は「運命の一球」)。息子さんが亡くなる6日前には新監督になった蔭山和夫が急死。もともと蔭山は不眠症睡眠薬をのみ、ヘネシーを飲んだとされるがヘネシーはスタンカが蔭山への好意で送ったものだったという。この1965年はスタンカにはつらい1年であった。

鶴岡一人監督に「とにかく上から投げろ」と指導されて南海で才能を開花させたスタンカ(ネタ元は「豪腕列伝」スポーツグラフィック・ナンバー編、文春文庫)。長身を生かす投球スタイルは今で言えばサファテといったところか。サファテもまたホークスの歴史に名を残す選手である。栄光の歴史に名選手あり。ホークスファンには彼らの活躍を語り継いでいってほしい。そしてホークスにはスタンカの冥福を祈る意味でも2018年はぜひCSを勝ち上がり、スタンカも活躍した日本シリーズで日本一に輝いてもらいたい。

上林誠知、悔し涙から1年後あわやCS初のサイクルヒット

上林誠知がCS史上初のサイクルヒットを逃したものの3安打6打点と大当たり。これでホークスは西武との対戦成績を2勝2敗とした。


思えば1年前。ホークスがCSファイナルステージ突破を決める中で上林誠知は涙を流していた。まさかの選手登録抹消。感じた自分への不甲斐なさ。たまらなかったのだろう。



結局、アスリートも社会人も結果がすべて。成長する、または結果を残す。現役の間はエンドレスでやるしかない。新井貴浩なんかまだうまくなりたいと思っている。荒木雅博なんか伸びしろがなくなったから辞めるという。レジェンドたちは発想もまた別格である。
撓まず 屈せず 挫折を力に変える方程式

撓まず 屈せず 挫折を力に変える方程式



そういう向上心からくる涙は価値がある。2018年、上林は持ち前の長打力を発揮。65年ぶりとなるシーズン14本目の三塁打を記録。本塁打は自己最多の22本。見事に成長した。

とはいえセ・リーグCSでは、今年大ブレークした岡本和真が大ブレーキ。やはりCSは違うのか。上林もまた本調子ではなかったので心配してしまったが、ファイナルステージ第3戦では3安打と結果を残した。内川聖一も戻ってきており、打線のさらなる活性化に期待が高まる。
そんな盛り上がりを見せるホークスベンチでまたもや涙する若者がいた。育成出身の大竹耕太郎だ。先発の千賀からのリレーで登板機会があったもののすんなり抑えることはできずイニング途中で降板。ダグアウトでは思わず涙をこぼし、内川に肩をたたかれるシーンもあった。工藤公康監督も気付いていたが、さあ、どのように受け止めただろう。

毎試合どちらかが2桁得点しており、今後も西武とは打ち合い必至。ゆえに大竹耕太郎も登板機会があるはずだ。上林誠知みたいに1年後、なんて悠長なことは言ってられない。半沢直樹ばりにやられたらやり返す。倍返しするしかない。シーズン終盤の貢献はファンも分かっている。西武打線は勢い付けたら手が付けられない。大竹耕太郎にはぜひ先輩たちと一緒になって、強気で攻めるピッチングを期待したい。去年も今年もCSで若鷹が涙を流すソフトバンクホークス。常勝の系譜はこうやって繋がっていくのかもしれない。

活躍する場は自分でつくる~川島慶三の活躍でソフトバンクCS制覇へ

1番秋山翔吾が象徴するような不動の西武打線に対し、さまざまな組み合わせができるのがソフトバンク打線の強みだ。これが大一番のクライマックスシリーズファイナルステージ初戦で威力を発揮。16安打の猛攻で西武のアドバンテージ1勝を帳消しにし、1勝1敗とした。


ソフトバンクは打線を組み変えた。特に1番起用の川島慶三がタイムリー2本を含む3安打と大当たり。左キラーゆえに菊池雄星対策だったのだろうが見事に勝負強さを発揮した。



川島慶三はシーズン終盤から試合の序盤以降の代打や守備固めでコツコツ結果を出してきた。CSでもヒットを重ねてきた。そう、限りなく低かった逆転優勝狙いの日々や日本ハムとのCSファーストステージの間、川島慶三明石健志、福田秀平、高田知季、西田らと出番争いをしてきた。もっとも、それぞれポジションや持ち味が違うので誰かが全く出ないということもなかったのだが。それでも、誰にしようかなとなった時、やはり頭に浮かぶのは結果を出している人。その意味では西武とのセカンドステージ初戦スタメンは川島慶三が自力で勝ち取ったものだった。

この日の川島慶三の逆転タイムリーはシビれた。先制しながらも連打で逆転され嫌なムードだったが4回表二死満塁のチャンス。前の打者・甲斐拓也が粘って四球を選んだことで菊池雄星が苦しくなった。さらに川島慶三に対してもツーボールとストライクが入らない。1球見送るかと思いきや、そこは「殺し屋」川島慶三インコースの球を見事に打ち返し3-2と逆転した。日頃、ひと振りに懸ける場面が多いことが見事に生きた。

さらに上林誠知が三塁打、グラシアルもタイムリーと一挙5得点。川島慶三からのこの1~3番を組んだ工藤公康監督ら首脳陣も笑いが止まらなかったに違いない。


中継でも触れられたが、川島慶三と言えば、西武との3連戦に全敗した時が「むちゃくちゃ悔しかった」ので「残り全部勝つつもり」と別の試合後のインタビューで宣言した。実際には勝てなかったのだが意気込みとしては最高だった。そう、このファイナルステージはホークスにとってはリベンジマッチなのだ。

生え抜き感出しまくりの川島慶三だが日本ハム、ヤクルトを経ての3球団目。しかし今やすっかりホークスのスポークスマンである。そんな川島慶三がファイナルステージ初戦で大暴れし、お立ち台に上がった。

「エースの菊池雄星君を潰して勝つイメージをしていた」「(次のステージ=日本シリーズへ)行けます、行きます!」。あまり西武を刺激してもいけないので近鉄加藤哲郎みたいな舌禍を起こさないかヒヤヒヤしながら聞いていたが、ギリギリセーフか。まあ西武は強いからこれくらいファイティングポーズを取らなければ勝てないだろう。

ファイティングポーズと言えば最終回の森唯斗起用は隙を見せないためだったのか。慣らしの登板だったのか。6点リードしていたので別の投手という選択肢もあった。


実は中継で解説の松沼博久が気になることを言っていた。ライオンズとしては森唯斗を手こずらせて球数を投げさせておきたい、と。西武ソフトバンクが競れば自ずと森唯斗の登板機会が増える。疲労が蓄積していくはずだと言うのだ。

そう考えれば加治屋蓮や嘉弥真新也の登板パターンも検討の余地はある。迷ってはいけないが引っ張りすぎず、薄氷も踏まず、出し惜しみもせず……というのは欲張りだがもつれにもつれる展開も頭に置いておきたい。

川島慶三に話を戻す。昨年日本一をきめるタイムリーを放ったのがこの川島だった。それをブログに書いたところ、「ただ来年まで現役生活が延びただけ」という感想をいただいた。川島慶三ファンとしては何てことを!と一瞬沸騰したがリアルな感想にも思えた。川島慶三は今年35歳。レギュラーではないからまさに1打席、1試合が勝負だ。
tf-zan96baian-m-stones14.hatenablog.com


そういう意味ではCSでまだまだやれるというアピールをしておきたい。それができれば自然とソフトバンク優位の流れになるはずだ。今後は右腕の多和田真三郎や今井達也らの登板となれば左キラー川島慶三の登場は限定されてくるが、左のワンポイントで好調な小川との対決も鍵になりそう。今後も川島慶三の働きに注目していきたい。

金田留広、1974最多勝&MVPの復活劇~128勝の男逝く

金田留広さんが10月2日に亡くなった。世間的には400勝投手・金田正一の末弟なのだろうが通算128勝を考えると兄の名を語らずとも十分記憶に留められるべき投手である。今回は久々のマニアック路線。金田留広トリビアを集めてみた。

 金田留広最多勝に2度輝いた。最初は東映時代の1972年で20勝。これは入団4年目だが2年目に24勝しながら1勝差で最多勝を逃した。ちなみに25勝はロッテの成田文男だった。この頃のタイトル争いは本当にえげつない。



2度目の最多勝はロッテ移籍初年度の1974年で16勝。そう、ロッテの創設以来2度目の日本一に貢献したのだった。かつて最多勝争いを演じた成田(9勝)、村田兆治(12勝)、木樽正明(13勝)との「四天王」で守り抜いた(近藤唯之「プロ野球 優勝その陰のドラマ」より)。そう、金田留広東映~日拓の5年間で84勝もしながらトレードされたのだ。


と言ってもこの場合は実兄が絡む。金田正一がロッテの監督で獲得に動いたのだ。トレード相手は野村収。こちらも通算121勝のいぶし銀である。1973年の金田留広は7勝16敗。野村収は6勝10敗。似たような成績だ。兄の目から見たら弟がくすぶっているように見えたのか。はたまた自軍を強くしたい一心だったか。結果的に金田留広は輝きを取り戻し、最多勝だけでなく1974年のパ・リーグMVPに輝いた。(ベースボールマガジン社プロ野球トレード史」別冊週刊ベースボール新年号=平成3年より)。今回、金田留広の訃報はロッテが発表したが、ロッテでの貢献度を考えると妥当である。


金田兄弟だからできたことでもあるが、とはいえ、請われて移籍して日本一。前年度負け越しからの最多勝はなかなか派手な復活劇でカッコいい。なお、資料は見つからなかったが次の移籍先の広島でも1979、80年の2連覇に貢献したという。ベースボールマガジン社「激動の昭和スポーツ史②プロ野球 下」には1980年のペナントを持ってのカープ優勝記念写真が掲載されており、最前列右端に金田留広の姿が確認できた。これが日本一かリーグ優勝どちらのペナントかと分からず、調べてみた。写真後方のスコアボード上には「RCCラジオ」「RCCテレビ」とあるから広島市民球場に違いない。1980年の広島は甲子園で優勝を決めたから、このペナント写真は広島市民球場で行われた近鉄との日本シリーズ第7戦後に撮られたものだろう。

ちょっとペースアップ。金田留広はホームランとも縁がある。打力があり13本もホームランを打っている。兄・正一は38本。なかなかの兄弟である。さらに二人とも「投手自らの本塁打による1-0完封勝利」経験者だそうだ。また、打たれ方も豪快。金田留広は2年連続最多被本塁打経験者だが、特に1971年に喫した42本は井本隆(近鉄)、山田久志(阪急)と共にパ・リーグ記録。日本記録でもあったのだが池谷公二郎(広島)の48本に塗り替えられてしまった。またまた兄が登場するが金田正一鈴木啓示(近鉄)に破られるまで被本塁打最多記録保持者だった(金田正一=379、セ・リーグ記録。鈴木は560で日本記録)。何とも豪快な兄弟である(宇佐美徹也「プロ野球記録大鑑」より)。 

金田留広のオレは金田ファミリーの駄々っ子だ (1983年)

金田留広のオレは金田ファミリーの駄々っ子だ (1983年)

 

 


兄の400勝が異次元すぎて金田留広の128勝やMVPがかすみそうだが、なかなか味のある野球人生に思える。そして、手元にロッテ時代と広島時代のユニフォーム姿の野球カードがあるが、どちらもシブい。東映時代のユニフォームも見たかった。逆にレアな日拓ユニフォームが「プロ野球トレード史」で確認できた。本日の収穫である。 

プロ野球トレード光と陰 (新潮文庫)

プロ野球トレード光と陰 (新潮文庫)

 


名選手の訃報は寂しいが、記録や記憶は残るものだ。その都度、死を悼みながらも敬意を込めながら振り返ってみようと思う。

金田留広 通算434登板 128勝109敗2セーブ

忘れられない岡田幸文の日本シリーズV打~2010日本一紙面を振り返る

ロッテの岡田幸文が引退した。俊足を生かした異常に広い守備範囲から、エリア66という言葉さえ生まれた守備の人。しかしあえて打者・岡田幸文を振り返りたい。そう、あの2010年、中日との日本シリーズ第7戦での殊勲打を。

これには個人的な思い入れがある。筆者は当時、新聞紙面を作る部署にいた。そして日本シリーズを担当することになった。担当紙面は選り好みするものではないが、野球ファンにはたまらない作業だ。ただし一つだけ懸念材料があった。このシリーズはもつれにもつれていた。前夜第6戦に至っては延長15回引き分け。試合時間はシリーズ史上最長の5時間43分だった。前夜は一野球ファンとして熱戦を楽しんだが、まさか24時間後、締め切りと格闘する羽目になろうとは……

第7戦、ロッテが7-6とリードして9回裏。今はなき「すぽると」の特集によると、センターを守っていた岡田は「何かある」と不吉な予感がしていたという。バッターは勝負強い和田一浩。フェンス直撃の三塁打を打たれた。そしてブランコが犠牲フライ。中日はいとも簡単に同点とした。

9回裏でゲームセットなら紙面編集は通常の工程時間とさほど変わらなかったはずだ。しかし、もつれそうとの筆者の予想通り決着がずれ込み延長12回になってしまった。ロッテは今江が四球で出塁。二死ながら2塁へ進んでいた。ここでバッター、岡田幸文



対するは浅尾拓也谷繁元信の最強バッテリー。いま振り返るとえげつない。プロ2年目の岡田に太刀打ちできそうに思えなかった。それは中日もそうだった。外野は前進守備を敷いていた。だが、岡田は浅尾のストレートを鮮やかに打ち返し、打球はワンバウンドでフェンス到達。タイムリ三塁打となった。プロレスラーの力比べのような姿勢で岡田は上川コーチと手を握り合い、激しく喜びを分かち合った。
ここはストレート狙いだと解説の金村義明が言っていたが、谷繁はどう考えたのか。浅尾はストレートも落ちる球も一級品。ならばフォークでもよかった……というのは結果論か。ストレートで十分打ち取れる、と踏んだのではないか。

実際、岡田は俊足で長打にすることはできてもいわゆる長距離砲ではない。結局1本もホームランを打たずに引退した。だからこの時の選択肢として直球は間違いではなかったのかもしれない。だが事実として残ったのは岡田のタイムリーでロッテが勝ち越したこと。そしてロッテが日本一になったことだ。
週刊ベースボール 11.27増刊号 第61回日本シリーズ決算号 千葉ロッテマリーンズ日本一! [雑誌]

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かくて見出しが決まった。「ロッテ堂々下克上」そして「伏兵岡田12回決勝打」。サプライズ感、そしてドラマチックな展開を「伏兵」の二文字で表したかった。もちろん岡田への敬意を込めて。写真は打球の行方を見つめながら一塁へ駆け出す岡田。その手前には心配そうに外野を向く浅尾が写っている。そう、岡田だけではダメ。ここに浅尾がいることに意味がある。まさに明と暗が分かれた瞬間をとらえた一枚だ。何枚も送られてくる写真の中からどれを選ぶかも編集記者の腕の見せ所だ。この日はとにかく時間がなかったが、汗だくになりながらも思い出に残る紙面を作ることができた。
ロッテミラクル日本一 (NIKKAN SPORTS GRAPH)

ロッテミラクル日本一 (NIKKAN SPORTS GRAPH)



あれから8年。岡田は引退の日を迎えた。奇しくも浅尾も今季で引退する。中日コーチだった辻発彦は古巣・西武を率いてパ・リーグを制した。そしてあの日本シリーズに岡田を起用した西村徳文は来季、オリックス監督として再建を託された。そして筆者もすでに紙面編集から遠ざかっている。誰一人立ち止まっている者はいない。

熱心なロッテファンほど、もっともっと岡田の名場面を知っていることだろう。あいにく筆者はロッテファンではない。それでもあの岡田の一打は忘れられない。そしてたまにYouTubeで見返したくなる名場面だ。何か、頑張ろうと思わされる不思議な力を持っている映像だ。岡田の決勝打を入れた新聞紙面も大切に取っておこう。

何度でも、何度でも。今聞きたい本多雄一応援歌~引退試合でCS突破モードへ

鷹のスピードスター、本多雄一が13年の選手生活にピリオドを打った。文字通り颯爽と。悲しかったけれど、ホークスファンの心は台風が過ぎ去った翌日のように、からっとしているに違いない。



そう、これこそが本多雄一からの置き土産なのではないか。西武との首位争いに敗れ、沈んだ心をリセットする。まさに本多雄一の登場曲、ドリカムの「何度でも」の歌詞を実行したい時。もがくホークスに今、最もぴったりな曲に思える。13日からはクライマックスシリーズ。西武を倒す可能性がある限り、何度でも立ち上がろうじゃないか。
何度でも

何度でも



引退試合をシーズン中に行うことの是非はある。試合はあくまでも真剣勝負の場だからセレモニー的な要素を排したいという気持ちはすごく分かる。一方で取って付けたような場だと功績と不釣り合いになる。やはり許されるかどうかは選手の実績による。
本多本 素顔の本多雄一 (SOFTBANK MOOK)

本多本 素顔の本多雄一 (SOFTBANK MOOK)



では本多雄一はどうか。33歳という年齢もあり、まだまだやれそうと思った人が大半だったのではなかろうか。実際は首痛がひどく日常生活に支障もあったと聞く。さらにホークスのセカンドはタレントぞろい。とくに2018年シーズンは牧原大成が台頭し、ますます本多の出番は閉ざされた。ずっとプレーしてほしいが本多は出られない。ホークスファンは分かっていた。だから、本多の引退試合となればフルイニング出場は違和感なし。打席も守備も走塁も満喫する前提でファンはスタジアムに駆け付けた。

2010、2011年と2年連続の盗塁王。しかも59個、60個だからレベルが高かった(2018シーズン最多は西川遥輝の42個=10月6日現在)。引退試合で盗塁を期待するのは当然の流れだったが通算343個目の盗塁は幻に。完璧なスタートだったが投球が上林誠知への死球になったのだ。これには本多も苦笑いだった。

だが走塁は魅せた。内野ゴロ、三振、四球と見せ場はなかったが最後の打席になると思われた第4打席で打球はライト線へ。その瞬間、ホークスファンは思った。「行ける!」。本多は快足を飛ばして二塁へ。そして歯を食い縛りセカンドベースを蹴った。「行け!!!」。台所で皿洗いしていた筆者もスマホDAZNを見ながら思わず叫んでいた。蛇口から水道水が出っぱなしの間に本多雄一三塁到達。ヤフオクドームはさぞかし盛り上がったことだろう。

ホークスリードの試合展開からして第5打席はビミョーだったがグラシアルがホームランを打って本多に打席が回ることに。ホークスファンは思った。「グラシアス!」。そして今度こそ最後の打席。次代の西武エース候補の今井達也から二塁打を放った。もう、ホークスファンには十分だった。

試合中から泣いているファンはいたが、筆者は本多の同期、松田宣浩が泣きながら花束を渡しに行った時にグッときた。熱男が泣いている。いや、熱男だからこそ泣いていたのだ。脳裏にはまだスタメンを勝ち取る前の若き日が脳裏をよぎったに違いない。同期とはいいものである。

本多の心のこもったスピーチは西日本スポーツ記事を読んでいただくことにして、筆者の涙の第2波は引退セレモニー終了前、本多がダグアウトに向かって歩き出した時のことだ。

「闘志 たぎらせ~ 戦~う戦士~、ホ、ン、ダ!!」


聞きなれた前奏が流れ、観客席から最後の応援が始まった。

本多雄一選手のテーマ

本多雄一選手のテーマ

「今光るその足で グランド走れ その光る一振りで 時代に輝け」


グラウンドに背を向け歩を進める本多を最後の応援が後押しする。そう、まさに本多はその光る足でグラウンドを駆け抜け、一時代を作った。王監督、秋山監督、工藤監督とまさにホークスが磐石になってきた時代の選手だった。文字通り本多は時代に輝いたのだった。



だが星はいつか寿命がくる。ある意味、走れない本多を見ずに終われたのはホークスファンにとっては幸せだったのかもしれない。本多には指導者としての今後が期待されている。引退セレモニーで花束をくれたお子さんとの時間も大切にしながら、次の時代を作る選手をぜひ育ててほしい。ひとまず13年間、お疲れさまでした!

可能性を信じて重ねた素振り~高知商業・山中大河選手ついに打席へ

文句なく新聞1面級の素敵な話だと思う。高知商業の山中大河主将が最後の公式戦に出場した(ネタ元はデイリースポーツ記事)。これの何に話題性があるのか。

一つは山中選手の手に先天的な障害があること。右手の指が2本しかなく、投げる時は左手で。あのジム・アボットのように早業でグラブを脇に挟んで左手で送球するという。

奇跡の隻腕―ジム・アボット物語

奇跡の隻腕―ジム・アボット物語

投げるにしても打つにしても、野球は手を使うから、このような手のコンディションでは厳しい。まず、その上で野球に取り組んでいることに心を動かされる。そして、恥ずかしくなる。年を重ねるごとに、できない言い訳が上達していることに。限界とは、意識の中にあるのだ。

限界を作らない生き方 2009年、46歳のシーズン (Brown’s Books)

限界を作らない生き方 2009年、46歳のシーズン (Brown’s Books)

じゃあ、よくある「障害に負けず頑張りました」がこの記事のポイントかというと、少し違う気もする。ズバリ、試合に出られるか分からない状況で毎日素振りをした事実がすごくないか?


高知商業は甲子園で優勝したこともある学校。近年、高知の代表イコール明徳義塾的な雰囲気すらできてしまったが、いわゆる古豪であり、まずは高知商業でレギュラーをつかむまでに競争がある。残念ながら山中選手はこの夏、甲子園に仲間と出場はできたが、それはプレーヤーではなく三塁コーチとして、あるいはキャプテンとして、だった。

このキャプテン就任の背景には山中選手の人間性があるという。高校野球にはたまに、いる。試合には出ないキャプテンが。プレーで引っ張るキャプテンと、姿勢で引っ張るキャプテン。どちらも素晴らしいけれど、本人にしたら思っているに違いない。「一度は打席に、守備に、ついてみたいなあ」と。

恐らく、その思いしかなかったと思う。その一念でバットを振り続ける。何回振ったら打席に立てるという確約なし。まあ、打席に立てなかったとしても努力に無駄はないよ、なんて言い方は生易しい。打席に立てなかったら、究極、素振りをしなくても同じなのだ。勉強したり、デートしたりと高校生活をエンジョイする方法は野球以外にもある。

それでもバットを振り続けたということに価値を見る。アピールでもなく、ただただ、打席に立てる可能性を信じてバットを振る。素敵な話だと思う。


もちろん、監督さんだって何度も、試合に出してやりたいなと思ったことだろう。しかし目標は甲子園。そして、出たら勝利を目指さねばならない。高知商業はこの夏、打ちまくってベスト16入りしたが、いい試合をしたからこそ、山中選手を打席に立たせることができなかった。

もしかしたら、甲子園16強で山中選手の高校野球生活は終わっていた。ところが、高知商業は国体に選ばれた。それなりの成績を残さねば国体にも出られないのだろうが、勝ち方や、地域性も考慮されたのかもしれない。とにかく、山中選手にはまだ打席に立つ可能性が残された。

そして国体………デイリースポーツ記事によれば、代打で登場した山中選手には大歓声が起きたという。そりゃそうだろう。生で見てたら鳥肌が立ったに違いない。山中選手はフライを打ち上げてしまったが、世界一美しい左飛だと思う。


山中選手が教職を目指していることはすでに報じられているが、恐らく高知の高校野球ファンは待っている。 山中監督が伝統校・高知商業を率いて甲子園で戦う姿を。これが実現した時は確実に、新聞の1面を飾る。

広島3連覇に貢献した田村恵スカウト~甲子園満塁ホームラン被弾からの大瀬良大地発掘

広島が球団史上初のセ・リーグ3連覇を果たした。MVPは丸佳浩かもしれないが、最多勝有力の大瀬良大地も立派だ。その意味ではこの人も優勝を格別の思いで噛み締めているに違いない。大瀬良を担当したスカウトの田村恵氏だ。



その2013年ドラフト会議。大瀬良は広島、阪神、ヤクルトの強豪となり抽選に参加した田村恵スカウトを見た瞬間、甲子園ファンは胸がざわついたに違いない。あの樟南高校の田村恵やないか!と。福岡真一郎とのバッテリーで、1994年夏の甲子園決勝で九回、佐賀商業の西原に満塁ホームランを喫した捕手だ。

田村がその後広島に入ったことまでは把握していたが、そのままカープのスコアラー→スカウトになっていたことはドラフトの日まで知らなかったから筆者は驚いた。そして大瀬良への思い入れの強さを物語る、あの抽選を引き当てた後の田村スカウトの顔の紅潮。実直な人柄が想像できた。大瀬良は広島に入れてよかったなと他球団ファンながら感動してしまった。



この物語を遡ること19年。1994年夏の甲子園を見て樟南の田村恵獲得を指令したのは故・松田オーナーだったという。これら田村恵の情報は球児の物語を集めた「一生分の夏 いつも胸に甲子園があった。」が詳しい。
一生分の夏―いつも胸に甲子園があった。

一生分の夏―いつも胸に甲子園があった。

「一生分の夏」の第五章は「小さいエースとメガネの名捕手~二人だから紡げたもの」。福岡真一郎と田村恵の物語だ。それぞれの少年時代、甲子園とその後が描かれている。ライターは保坂淑子さん。

甲子園スター VOL.1 高校野球で輝いたヒーローたち

甲子園スター VOL.1 高校野球で輝いたヒーローたち



夏の甲子園決勝史上初の満塁ホームランがあまりにも鮮烈すぎて、打たれた樟南バッテリーに思いが寄せられなかった。だが保坂さんは、被弾した田村の胸中を丁寧に再現している。あの時の田村はこんな心境だったんだな……。そう気付けるのはノンフィクションの醍醐味。いくらAIが発達して1秒で戦評が書けても、胸のうちまで読めるかどうか。感じられるかどうか。そこはまだまだ人間に軍配を上げたい。

ひたむきにプレーしつつも体の面から限界を感じた田村。学生時代から社会人までリハビリに苦しんだ福岡。保坂さんは二人の甲子園後を追い、独特の関係性まで描いた。田村がスカウトになり、九州をくまなく回っていることにも触れている。


鹿児島で所帯を持った田村は「福岡まで往復約3時間。長崎ともなれば5時間もかかるが、そんな毎日を『楽しい』という」(一生分の夏、180ページより) と紹介されている。その長崎で見つけた運命の選手が大瀬良大地(長崎日大高校→九州共立大学)だった。



「この子をスカウトして、プロに入れて10勝してくれるかな、なんて夢を見る。考えるだけで楽しいよ」(一生分の夏、180ページより)。この本の初版が出たのは2005年。大瀬良大地が広島にドラフト1位で指名される8年も前だ。当時から田村スカウトはやりがいを感じていた。残念ながら目を付けた選手を他球団にさらわれることもあるし、獲得できても大成するかは分からない。その場合は選手はもちろん、球団にも損失だ。ましてや一人の人生がかかっている。田村自身も苦労した分、その重責を感じているに違いない。
スカウト

スカウト



だからこそ、大瀬良大地が広島を優勝へと引っ張った2018年シーズンに田村は渾身のガッツポーズをしたいに違いない。いや、密かに自負しているだろう。おれもカープに貢献できているのだ、と。もしもあの日、故・松田オーナーがスカウトに田村獲得を指示していなかったら……そう考えると、一人の選手をスカウトすることは球史を左右する可能性さえあると再認識できる。そしてそのドラマにファンはどっぷり浸るのだ。
惚れる力   ― カープ一筋50年。苑田スカウトの仕事術

惚れる力 ― カープ一筋50年。苑田スカウトの仕事術



今年も運命のドラフト会議が10月25日に開かれる。この日蒔かれた種が一つでも多く花開くことを願っている。