黒柴スポーツ新聞

ニュース編集者が野球を中心に、心に残るシーンやプレーヤーから生きるヒントを探ります。

ソフトバンクと西武、CSの勝敗を分けたものとは~選択肢を持つ組織は強い

ソフトバンクが西武を下し、2年連続の日本シリーズ進出を決めた。シーズン中、一度も首位を明け渡さず力を誇示した西武になぜソフトバンクが勝てたのか。


ありきたりだが「層の厚さ」という結論に達した。



まず、CS中の打順を見れば分かる。例えば1番に上林誠知を入れたり、川島慶三を入れたり。上林はそろそろミスター3塁打と呼びたくなるくらいで、チャンスメイクができる。川島慶三左キラーとしての役割が期待される。打順にはその試合をどう戦うかの意思が込められている。ちなみに2番は明石健志だと小技もできるオーソドックスな2番。高田知季だとやや守備重視。上林だと超攻撃的な打撃が期待されている。
守備も複数のパターンを持つ。ショートが高田だとやや守備重視。西田哲朗ならやや打撃重視。かつて三原魔術と呼ばれた、大胆な選手起用が持ち味の三原脩監督がいたが、大洋ホエールズを率いて日本一に輝いた年、超二流たちを見事に使いこなした。2018年のホークスのショートやセカンドはそれをほうふつする。(三原マジックについては以前書いたことがあるので興味がある方はぜひご覧ください)

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そもそもショートは今宮健太がレギュラーだったが西武との天王山で脚を負傷。戦列を離脱してしまった。その代役になるべき牧原大成もまた負傷。普通ならこれで万事休す、となるが高田知季や西田哲朗が十分に穴を埋めた。高田は日本ハムとのCSファーストステージで手痛いエラーがあったが自分で取り返すタイムリーを放った。



西田は日本シリーズ進出を決めたファイナルステージ第5戦で3安打。ファーストステージでは貴重なホームランを放った。高田といい、西田といい、存在感が増している。今宮もうかうかしていられない。そう、これが層の厚さだ。

試しに西武のショートを見てみよう。CSでも打撃好調で守備も安定している源田がもしけがをしたら? 筆者が西武ファンではないからかもしれないが、代役の名前が出てこない。

代役がいなかったのかもしれないが西武は中村剛也とてスタメンを外れることはなかった。対照的にソフトバンクは不振の松田宣浩を外してグラシアルに三塁を守らせた。実はこのプラン、2019年以降を見据えたものと推測している。松田とてレギュラーの座は磐石ではない。短期決戦のさなかに世代交代を模索していることにうなってしまう。

試合終盤にデスパイネが出塁すると、脚力やけが防止の観点から福田秀平らが代走に起用される。これもまだまだ点を取るぞというファイティングポーズになっており、試合の中でアクセントになっている。同様に守備でもいつの間にか川島慶三がセカンドを守っていたり、ショートが西田から高田に代わって守備固めに入っていたり。キャッチャーも高谷がいるから甲斐のところで代打が送れる。ホークスの選手起用は意図が分かりやすく、本当に試合を楽しんで見られる。そして、野球はベンチ全員で戦うんだなと再認識することができる。

ソフトバンクに敗れた辻監督が自軍との違いを「中の投手」と言ったという。確かにソフトバンクは中継ぎがよく踏ん張った。シーズン最後の天王山では打たれたが、日本ハムとのCSファーストステージも、西武とのファイナルステージも、武田翔太や石川柊太といった回またぎができる人から左に備えての嘉弥真新也やモイネロもよく踏ん張った。ファイナルステージは両軍よく打ったが実は中継ぎの出来次第でどちらに転んでもおかしくない試合ばかりだった。ホークスは抑えられ、ライオンズはできなかった。そういうことだろう。

切れ目のない打線、逆転勝ちの多さという意味では西武と広島は似ており、ソフトバンクはすでに「仮想日本シリーズ」ができたと言える。では広島はどうか。先発以降が頼りない巨人では全く参考にも練習にもならなかったことだろう。逆転のカープ対継投のホークス。日本シリーズの見どころの一つである。

ソフトバンクにとってはファイナルステージを第5戦で終えられたことは大きい。なぜなら千賀が温存できたからだ。ぜひとも日本シリーズ初戦は千賀で勝っておきたい。この辺り、王道なら広島は大瀬良大地を立てるが大一番に強い九里亜蓮もあると見た。そもそも予告先発をやるのかどうか。あればさまざまな選択肢を持つソフトバンクは作戦が立てやすい。ジョンソンの時はまた川島慶三から始まる攻撃的打順が見たいものだ。

その前に肝心の日本シリーズの中継はあるのかどうか。シーズン終盤からDAZNで見まくっていたが(なかなかコスパよかったです)、日本シリーズを見られるアナウンスは今のところなし。10月27日の第1戦と28日の第2戦は地上波でやりそうだ。(第1戦はテレ朝系、第2戦はフジテレビ系との情報もあり)。詳しくご存じの方はぜひコメントを通じて情報をお願い致します。一緒に日本シリーズを楽しみましょう!

日本シリーズ2日連続完封、元南海のスタンカ死去

南海ホークスのスタンカさんが10月15日亡くなった。昭和30年代~40年に活躍した助っ人ゆえに「誰それ?」的な方も多いかもしれない。筆者とて現役時代を知らないがスタンカはいろんな書物に名前が出てくる。記憶にも記録にも残るプレーヤーだったということだろう。ご冥福を祈りつつ、ざっくりまとめてみた。

熱投スタンカを憶えてますか

熱投スタンカを憶えてますか



日本シリーズで二日連続完封
今やエースでも中4日は避ける時代。CSでは千賀が中4日で西武戦に先発したが、巨人の菅野はまさかの温存でファイナルステージ敗退。そんな姿をスタンカはどう見るだろう。時代が違うとはいえ1964年の日本シリーズでは阪神相手に第6、7戦と二日連続で完封。第1戦でも完封しているから最優秀選手になるのも当然だった。シーズン中でも恐らく、戦後は大洋のエース秋山登しかなし得ていない二日連続完封を日本シリーズでやってしまったスタンカ。今なら年俸は間違いなく億単位だろう。1964年は26勝7敗、.788で最優秀勝率に輝いた。最多勝かとも思ったが小山正明が30勝。昔の野球はすさまじい。

円城寺、あれがボールか、秋の空
1964年の日本シリーズは好成績だったスタンカだが1961年の日本シリーズでは不運に泣いた。巨人との日本シリーズ第4戦9回裏に救援したスタンカ。ツーアウトを取り最後のバッターもファーストフライ……と思いきや一塁手の寺田陽介がグラブに当てながら落球。これで2死一、二塁。続く長嶋茂雄に緩いゴロを打たせるも三塁手の小池兼司がさばききれず満塁。スタンカも踏ん張りツーストライクから渾身のフォークが決まった……と思いきや判定は「ボール」。球審の円城寺満が巨人ファンだったから。セ・リーグにはここまで急激に落ちるフォークを投げる人がおらず審判が見慣れていなかったから。ストライクだと思った野村克也が腰を浮かせるのが早かったから。さまざまな説があるがとにかく南海選手は激怒。今もストライク、ボールの判定にはリクエストの要求はできないが当然判定は覆らず。命拾いした巨人は打者・宮本敏雄(エンディ宮本)が逆転打を放ちサヨナラ勝ちした。この際スタンカはホームベース付近でバックアップすると見せかけて円城寺に体当たりしたという。今回のネタ元、近藤唯之「運命の一球」(新潮文庫)79ページには円城寺が倒れている写真が掲載されている。「円城寺 あれがボールか 秋の空」。オクラホマ州のスタンカ邸にはそんな色紙が飾られていた……そんなエピソードも残っている。
運命の一球 (新潮文庫)

運命の一球 (新潮文庫)



息子さんがガス漏れで亡くなる
スタンカは神戸に住んでいたが、当時中学生の息子、ジョーイ君が風呂のガス漏れで中毒死するといういたましい事故が起きてしまった。南海との契約が残っていたスタンカだが神戸で野球をする気になれず、大洋に移籍した。その際南海ナインはみんなでスタンカを見送りにきたという。南海選手たちの温かさ、スタンカの愛されキャラがうかがえるエピソードである(これもネタ元は「運命の一球」)。息子さんが亡くなる6日前には新監督になった蔭山和夫が急死。もともと蔭山は不眠症睡眠薬をのみ、ヘネシーを飲んだとされるがヘネシーはスタンカが蔭山への好意で送ったものだったという。この1965年はスタンカにはつらい1年であった。

鶴岡一人監督に「とにかく上から投げろ」と指導されて南海で才能を開花させたスタンカ(ネタ元は「豪腕列伝」スポーツグラフィック・ナンバー編、文春文庫)。長身を生かす投球スタイルは今で言えばサファテといったところか。サファテもまたホークスの歴史に名を残す選手である。栄光の歴史に名選手あり。ホークスファンには彼らの活躍を語り継いでいってほしい。そしてホークスにはスタンカの冥福を祈る意味でも2018年はぜひCSを勝ち上がり、スタンカも活躍した日本シリーズで日本一に輝いてもらいたい。

上林誠知、悔し涙から1年後あわやCS初のサイクルヒット

上林誠知がCS史上初のサイクルヒットを逃したものの3安打6打点と大当たり。これでホークスは西武との対戦成績を2勝2敗とした。


思えば1年前。ホークスがCSファイナルステージ突破を決める中で上林誠知は涙を流していた。まさかの選手登録抹消。感じた自分への不甲斐なさ。たまらなかったのだろう。



結局、アスリートも社会人も結果がすべて。成長する、または結果を残す。現役の間はエンドレスでやるしかない。新井貴浩なんかまだうまくなりたいと思っている。荒木雅博なんか伸びしろがなくなったから辞めるという。レジェンドたちは発想もまた別格である。
撓まず 屈せず 挫折を力に変える方程式

撓まず 屈せず 挫折を力に変える方程式



そういう向上心からくる涙は価値がある。2018年、上林は持ち前の長打力を発揮。65年ぶりとなるシーズン14本目の三塁打を記録。本塁打は自己最多の22本。見事に成長した。

とはいえセ・リーグCSでは、今年大ブレークした岡本和真が大ブレーキ。やはりCSは違うのか。上林もまた本調子ではなかったので心配してしまったが、ファイナルステージ第3戦では3安打と結果を残した。内川聖一も戻ってきており、打線のさらなる活性化に期待が高まる。
そんな盛り上がりを見せるホークスベンチでまたもや涙する若者がいた。育成出身の大竹耕太郎だ。先発の千賀からのリレーで登板機会があったもののすんなり抑えることはできずイニング途中で降板。ダグアウトでは思わず涙をこぼし、内川に肩をたたかれるシーンもあった。工藤公康監督も気付いていたが、さあ、どのように受け止めただろう。

毎試合どちらかが2桁得点しており、今後も西武とは打ち合い必至。ゆえに大竹耕太郎も登板機会があるはずだ。上林誠知みたいに1年後、なんて悠長なことは言ってられない。半沢直樹ばりにやられたらやり返す。倍返しするしかない。シーズン終盤の貢献はファンも分かっている。西武打線は勢い付けたら手が付けられない。大竹耕太郎にはぜひ先輩たちと一緒になって、強気で攻めるピッチングを期待したい。去年も今年もCSで若鷹が涙を流すソフトバンクホークス。常勝の系譜はこうやって繋がっていくのかもしれない。

活躍する場は自分でつくる~川島慶三の活躍でソフトバンクCS制覇へ

1番秋山翔吾が象徴するような不動の西武打線に対し、さまざまな組み合わせができるのがソフトバンク打線の強みだ。これが大一番のクライマックスシリーズファイナルステージ初戦で威力を発揮。16安打の猛攻で西武のアドバンテージ1勝を帳消しにし、1勝1敗とした。


ソフトバンクは打線を組み変えた。特に1番起用の川島慶三がタイムリー2本を含む3安打と大当たり。左キラーゆえに菊池雄星対策だったのだろうが見事に勝負強さを発揮した。



川島慶三はシーズン終盤から試合の序盤以降の代打や守備固めでコツコツ結果を出してきた。CSでもヒットを重ねてきた。そう、限りなく低かった逆転優勝狙いの日々や日本ハムとのCSファーストステージの間、川島慶三明石健志、福田秀平、高田知季、西田らと出番争いをしてきた。もっとも、それぞれポジションや持ち味が違うので誰かが全く出ないということもなかったのだが。それでも、誰にしようかなとなった時、やはり頭に浮かぶのは結果を出している人。その意味では西武とのセカンドステージ初戦スタメンは川島慶三が自力で勝ち取ったものだった。

この日の川島慶三の逆転タイムリーはシビれた。先制しながらも連打で逆転され嫌なムードだったが4回表二死満塁のチャンス。前の打者・甲斐拓也が粘って四球を選んだことで菊池雄星が苦しくなった。さらに川島慶三に対してもツーボールとストライクが入らない。1球見送るかと思いきや、そこは「殺し屋」川島慶三インコースの球を見事に打ち返し3-2と逆転した。日頃、ひと振りに懸ける場面が多いことが見事に生きた。

さらに上林誠知が三塁打、グラシアルもタイムリーと一挙5得点。川島慶三からのこの1~3番を組んだ工藤公康監督ら首脳陣も笑いが止まらなかったに違いない。


中継でも触れられたが、川島慶三と言えば、西武との3連戦に全敗した時が「むちゃくちゃ悔しかった」ので「残り全部勝つつもり」と別の試合後のインタビューで宣言した。実際には勝てなかったのだが意気込みとしては最高だった。そう、このファイナルステージはホークスにとってはリベンジマッチなのだ。

生え抜き感出しまくりの川島慶三だが日本ハム、ヤクルトを経ての3球団目。しかし今やすっかりホークスのスポークスマンである。そんな川島慶三がファイナルステージ初戦で大暴れし、お立ち台に上がった。

「エースの菊池雄星君を潰して勝つイメージをしていた」「(次のステージ=日本シリーズへ)行けます、行きます!」。あまり西武を刺激してもいけないので近鉄加藤哲郎みたいな舌禍を起こさないかヒヤヒヤしながら聞いていたが、ギリギリセーフか。まあ西武は強いからこれくらいファイティングポーズを取らなければ勝てないだろう。

ファイティングポーズと言えば最終回の森唯斗起用は隙を見せないためだったのか。慣らしの登板だったのか。6点リードしていたので別の投手という選択肢もあった。


実は中継で解説の松沼博久が気になることを言っていた。ライオンズとしては森唯斗を手こずらせて球数を投げさせておきたい、と。西武ソフトバンクが競れば自ずと森唯斗の登板機会が増える。疲労が蓄積していくはずだと言うのだ。

そう考えれば加治屋蓮や嘉弥真新也の登板パターンも検討の余地はある。迷ってはいけないが引っ張りすぎず、薄氷も踏まず、出し惜しみもせず……というのは欲張りだがもつれにもつれる展開も頭に置いておきたい。

川島慶三に話を戻す。昨年日本一をきめるタイムリーを放ったのがこの川島だった。それをブログに書いたところ、「ただ来年まで現役生活が延びただけ」という感想をいただいた。川島慶三ファンとしては何てことを!と一瞬沸騰したがリアルな感想にも思えた。川島慶三は今年35歳。レギュラーではないからまさに1打席、1試合が勝負だ。
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そういう意味ではCSでまだまだやれるというアピールをしておきたい。それができれば自然とソフトバンク優位の流れになるはずだ。今後は右腕の多和田真三郎や今井達也らの登板となれば左キラー川島慶三の登場は限定されてくるが、左のワンポイントで好調な小川との対決も鍵になりそう。今後も川島慶三の働きに注目していきたい。

金田留広、1974最多勝&MVPの復活劇~128勝の男逝く

金田留広さんが10月2日に亡くなった。世間的には400勝投手・金田正一の末弟なのだろうが通算128勝を考えると兄の名を語らずとも十分記憶に留められるべき投手である。今回は久々のマニアック路線。金田留広トリビアを集めてみた。

 金田留広最多勝に2度輝いた。最初は東映時代の1972年で20勝。これは入団4年目だが2年目に24勝しながら1勝差で最多勝を逃した。ちなみに25勝はロッテの成田文男だった。この頃のタイトル争いは本当にえげつない。



2度目の最多勝はロッテ移籍初年度の1974年で16勝。そう、ロッテの創設以来2度目の日本一に貢献したのだった。かつて最多勝争いを演じた成田(9勝)、村田兆治(12勝)、木樽正明(13勝)との「四天王」で守り抜いた(近藤唯之「プロ野球 優勝その陰のドラマ」より)。そう、金田留広東映~日拓の5年間で84勝もしながらトレードされたのだ。


と言ってもこの場合は実兄が絡む。金田正一がロッテの監督で獲得に動いたのだ。トレード相手は野村収。こちらも通算121勝のいぶし銀である。1973年の金田留広は7勝16敗。野村収は6勝10敗。似たような成績だ。兄の目から見たら弟がくすぶっているように見えたのか。はたまた自軍を強くしたい一心だったか。結果的に金田留広は輝きを取り戻し、最多勝だけでなく1974年のパ・リーグMVPに輝いた。(ベースボールマガジン社プロ野球トレード史」別冊週刊ベースボール新年号=平成3年より)。今回、金田留広の訃報はロッテが発表したが、ロッテでの貢献度を考えると妥当である。


金田兄弟だからできたことでもあるが、とはいえ、請われて移籍して日本一。前年度負け越しからの最多勝はなかなか派手な復活劇でカッコいい。なお、資料は見つからなかったが次の移籍先の広島でも1979、80年の2連覇に貢献したという。ベースボールマガジン社「激動の昭和スポーツ史②プロ野球 下」には1980年のペナントを持ってのカープ優勝記念写真が掲載されており、最前列右端に金田留広の姿が確認できた。これが日本一かリーグ優勝どちらのペナントかと分からず、調べてみた。写真後方のスコアボード上には「RCCラジオ」「RCCテレビ」とあるから広島市民球場に違いない。1980年の広島は甲子園で優勝を決めたから、このペナント写真は広島市民球場で行われた近鉄との日本シリーズ第7戦後に撮られたものだろう。

ちょっとペースアップ。金田留広はホームランとも縁がある。打力があり13本もホームランを打っている。兄・正一は38本。なかなかの兄弟である。さらに二人とも「投手自らの本塁打による1-0完封勝利」経験者だそうだ。また、打たれ方も豪快。金田留広は2年連続最多被本塁打経験者だが、特に1971年に喫した42本は井本隆(近鉄)、山田久志(阪急)と共にパ・リーグ記録。日本記録でもあったのだが池谷公二郎(広島)の48本に塗り替えられてしまった。またまた兄が登場するが金田正一鈴木啓示(近鉄)に破られるまで被本塁打最多記録保持者だった(金田正一=379、セ・リーグ記録。鈴木は560で日本記録)。何とも豪快な兄弟である(宇佐美徹也「プロ野球記録大鑑」より)。 

金田留広のオレは金田ファミリーの駄々っ子だ (1983年)

金田留広のオレは金田ファミリーの駄々っ子だ (1983年)

 

 


兄の400勝が異次元すぎて金田留広の128勝やMVPがかすみそうだが、なかなか味のある野球人生に思える。そして、手元にロッテ時代と広島時代のユニフォーム姿の野球カードがあるが、どちらもシブい。東映時代のユニフォームも見たかった。逆にレアな日拓ユニフォームが「プロ野球トレード史」で確認できた。本日の収穫である。 

プロ野球トレード光と陰 (新潮文庫)

プロ野球トレード光と陰 (新潮文庫)

 


名選手の訃報は寂しいが、記録や記憶は残るものだ。その都度、死を悼みながらも敬意を込めながら振り返ってみようと思う。

金田留広 通算434登板 128勝109敗2セーブ

忘れられない岡田幸文の日本シリーズV打~2010日本一紙面を振り返る

ロッテの岡田幸文が引退した。俊足を生かした異常に広い守備範囲から、エリア66という言葉さえ生まれた守備の人。しかしあえて打者・岡田幸文を振り返りたい。そう、あの2010年、中日との日本シリーズ第7戦での殊勲打を。

これには個人的な思い入れがある。筆者は当時、新聞紙面を作る部署にいた。そして日本シリーズを担当することになった。担当紙面は選り好みするものではないが、野球ファンにはたまらない作業だ。ただし一つだけ懸念材料があった。このシリーズはもつれにもつれていた。前夜第6戦に至っては延長15回引き分け。試合時間はシリーズ史上最長の5時間43分だった。前夜は一野球ファンとして熱戦を楽しんだが、まさか24時間後、締め切りと格闘する羽目になろうとは……

第7戦、ロッテが7-6とリードして9回裏。今はなき「すぽると」の特集によると、センターを守っていた岡田は「何かある」と不吉な予感がしていたという。バッターは勝負強い和田一浩。フェンス直撃の三塁打を打たれた。そしてブランコが犠牲フライ。中日はいとも簡単に同点とした。

9回裏でゲームセットなら紙面編集は通常の工程時間とさほど変わらなかったはずだ。しかし、もつれそうとの筆者の予想通り決着がずれ込み延長12回になってしまった。ロッテは今江が四球で出塁。二死ながら2塁へ進んでいた。ここでバッター、岡田幸文



対するは浅尾拓也谷繁元信の最強バッテリー。いま振り返るとえげつない。プロ2年目の岡田に太刀打ちできそうに思えなかった。それは中日もそうだった。外野は前進守備を敷いていた。だが、岡田は浅尾のストレートを鮮やかに打ち返し、打球はワンバウンドでフェンス到達。タイムリ三塁打となった。プロレスラーの力比べのような姿勢で岡田は上川コーチと手を握り合い、激しく喜びを分かち合った。
ここはストレート狙いだと解説の金村義明が言っていたが、谷繁はどう考えたのか。浅尾はストレートも落ちる球も一級品。ならばフォークでもよかった……というのは結果論か。ストレートで十分打ち取れる、と踏んだのではないか。

実際、岡田は俊足で長打にすることはできてもいわゆる長距離砲ではない。結局1本もホームランを打たずに引退した。だからこの時の選択肢として直球は間違いではなかったのかもしれない。だが事実として残ったのは岡田のタイムリーでロッテが勝ち越したこと。そしてロッテが日本一になったことだ。
週刊ベースボール 11.27増刊号 第61回日本シリーズ決算号 千葉ロッテマリーンズ日本一! [雑誌]

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かくて見出しが決まった。「ロッテ堂々下克上」そして「伏兵岡田12回決勝打」。サプライズ感、そしてドラマチックな展開を「伏兵」の二文字で表したかった。もちろん岡田への敬意を込めて。写真は打球の行方を見つめながら一塁へ駆け出す岡田。その手前には心配そうに外野を向く浅尾が写っている。そう、岡田だけではダメ。ここに浅尾がいることに意味がある。まさに明と暗が分かれた瞬間をとらえた一枚だ。何枚も送られてくる写真の中からどれを選ぶかも編集記者の腕の見せ所だ。この日はとにかく時間がなかったが、汗だくになりながらも思い出に残る紙面を作ることができた。
ロッテミラクル日本一 (NIKKAN SPORTS GRAPH)

ロッテミラクル日本一 (NIKKAN SPORTS GRAPH)



あれから8年。岡田は引退の日を迎えた。奇しくも浅尾も今季で引退する。中日コーチだった辻発彦は古巣・西武を率いてパ・リーグを制した。そしてあの日本シリーズに岡田を起用した西村徳文は来季、オリックス監督として再建を託された。そして筆者もすでに紙面編集から遠ざかっている。誰一人立ち止まっている者はいない。

熱心なロッテファンほど、もっともっと岡田の名場面を知っていることだろう。あいにく筆者はロッテファンではない。それでもあの岡田の一打は忘れられない。そしてたまにYouTubeで見返したくなる名場面だ。何か、頑張ろうと思わされる不思議な力を持っている映像だ。岡田の決勝打を入れた新聞紙面も大切に取っておこう。

何度でも、何度でも。今聞きたい本多雄一応援歌~引退試合でCS突破モードへ

鷹のスピードスター、本多雄一が13年の選手生活にピリオドを打った。文字通り颯爽と。悲しかったけれど、ホークスファンの心は台風が過ぎ去った翌日のように、からっとしているに違いない。



そう、これこそが本多雄一からの置き土産なのではないか。西武との首位争いに敗れ、沈んだ心をリセットする。まさに本多雄一の登場曲、ドリカムの「何度でも」の歌詞を実行したい時。もがくホークスに今、最もぴったりな曲に思える。13日からはクライマックスシリーズ。西武を倒す可能性がある限り、何度でも立ち上がろうじゃないか。
何度でも

何度でも



引退試合をシーズン中に行うことの是非はある。試合はあくまでも真剣勝負の場だからセレモニー的な要素を排したいという気持ちはすごく分かる。一方で取って付けたような場だと功績と不釣り合いになる。やはり許されるかどうかは選手の実績による。
本多本 素顔の本多雄一 (SOFTBANK MOOK)

本多本 素顔の本多雄一 (SOFTBANK MOOK)



では本多雄一はどうか。33歳という年齢もあり、まだまだやれそうと思った人が大半だったのではなかろうか。実際は首痛がひどく日常生活に支障もあったと聞く。さらにホークスのセカンドはタレントぞろい。とくに2018年シーズンは牧原大成が台頭し、ますます本多の出番は閉ざされた。ずっとプレーしてほしいが本多は出られない。ホークスファンは分かっていた。だから、本多の引退試合となればフルイニング出場は違和感なし。打席も守備も走塁も満喫する前提でファンはスタジアムに駆け付けた。

2010、2011年と2年連続の盗塁王。しかも59個、60個だからレベルが高かった(2018シーズン最多は西川遥輝の42個=10月6日現在)。引退試合で盗塁を期待するのは当然の流れだったが通算343個目の盗塁は幻に。完璧なスタートだったが投球が上林誠知への死球になったのだ。これには本多も苦笑いだった。

だが走塁は魅せた。内野ゴロ、三振、四球と見せ場はなかったが最後の打席になると思われた第4打席で打球はライト線へ。その瞬間、ホークスファンは思った。「行ける!」。本多は快足を飛ばして二塁へ。そして歯を食い縛りセカンドベースを蹴った。「行け!!!」。台所で皿洗いしていた筆者もスマホDAZNを見ながら思わず叫んでいた。蛇口から水道水が出っぱなしの間に本多雄一三塁到達。ヤフオクドームはさぞかし盛り上がったことだろう。

ホークスリードの試合展開からして第5打席はビミョーだったがグラシアルがホームランを打って本多に打席が回ることに。ホークスファンは思った。「グラシアス!」。そして今度こそ最後の打席。次代の西武エース候補の今井達也から二塁打を放った。もう、ホークスファンには十分だった。

試合中から泣いているファンはいたが、筆者は本多の同期、松田宣浩が泣きながら花束を渡しに行った時にグッときた。熱男が泣いている。いや、熱男だからこそ泣いていたのだ。脳裏にはまだスタメンを勝ち取る前の若き日が脳裏をよぎったに違いない。同期とはいいものである。

本多の心のこもったスピーチは西日本スポーツ記事を読んでいただくことにして、筆者の涙の第2波は引退セレモニー終了前、本多がダグアウトに向かって歩き出した時のことだ。

「闘志 たぎらせ~ 戦~う戦士~、ホ、ン、ダ!!」


聞きなれた前奏が流れ、観客席から最後の応援が始まった。

本多雄一選手のテーマ

本多雄一選手のテーマ

「今光るその足で グランド走れ その光る一振りで 時代に輝け」


グラウンドに背を向け歩を進める本多を最後の応援が後押しする。そう、まさに本多はその光る足でグラウンドを駆け抜け、一時代を作った。王監督、秋山監督、工藤監督とまさにホークスが磐石になってきた時代の選手だった。文字通り本多は時代に輝いたのだった。



だが星はいつか寿命がくる。ある意味、走れない本多を見ずに終われたのはホークスファンにとっては幸せだったのかもしれない。本多には指導者としての今後が期待されている。引退セレモニーで花束をくれたお子さんとの時間も大切にしながら、次の時代を作る選手をぜひ育ててほしい。ひとまず13年間、お疲れさまでした!

可能性を信じて重ねた素振り~高知商業・山中大河選手ついに打席へ

文句なく新聞1面級の素敵な話だと思う。高知商業の山中大河主将が最後の公式戦に出場した(ネタ元はデイリースポーツ記事)。これの何に話題性があるのか。

一つは山中選手の手に先天的な障害があること。右手の指が2本しかなく、投げる時は左手で。あのジム・アボットのように早業でグラブを脇に挟んで左手で送球するという。

奇跡の隻腕―ジム・アボット物語

奇跡の隻腕―ジム・アボット物語

投げるにしても打つにしても、野球は手を使うから、このような手のコンディションでは厳しい。まず、その上で野球に取り組んでいることに心を動かされる。そして、恥ずかしくなる。年を重ねるごとに、できない言い訳が上達していることに。限界とは、意識の中にあるのだ。

限界を作らない生き方 2009年、46歳のシーズン (Brown’s Books)

限界を作らない生き方 2009年、46歳のシーズン (Brown’s Books)

じゃあ、よくある「障害に負けず頑張りました」がこの記事のポイントかというと、少し違う気もする。ズバリ、試合に出られるか分からない状況で毎日素振りをした事実がすごくないか?


高知商業は甲子園で優勝したこともある学校。近年、高知の代表イコール明徳義塾的な雰囲気すらできてしまったが、いわゆる古豪であり、まずは高知商業でレギュラーをつかむまでに競争がある。残念ながら山中選手はこの夏、甲子園に仲間と出場はできたが、それはプレーヤーではなく三塁コーチとして、あるいはキャプテンとして、だった。

このキャプテン就任の背景には山中選手の人間性があるという。高校野球にはたまに、いる。試合には出ないキャプテンが。プレーで引っ張るキャプテンと、姿勢で引っ張るキャプテン。どちらも素晴らしいけれど、本人にしたら思っているに違いない。「一度は打席に、守備に、ついてみたいなあ」と。

恐らく、その思いしかなかったと思う。その一念でバットを振り続ける。何回振ったら打席に立てるという確約なし。まあ、打席に立てなかったとしても努力に無駄はないよ、なんて言い方は生易しい。打席に立てなかったら、究極、素振りをしなくても同じなのだ。勉強したり、デートしたりと高校生活をエンジョイする方法は野球以外にもある。

それでもバットを振り続けたということに価値を見る。アピールでもなく、ただただ、打席に立てる可能性を信じてバットを振る。素敵な話だと思う。


もちろん、監督さんだって何度も、試合に出してやりたいなと思ったことだろう。しかし目標は甲子園。そして、出たら勝利を目指さねばならない。高知商業はこの夏、打ちまくってベスト16入りしたが、いい試合をしたからこそ、山中選手を打席に立たせることができなかった。

もしかしたら、甲子園16強で山中選手の高校野球生活は終わっていた。ところが、高知商業は国体に選ばれた。それなりの成績を残さねば国体にも出られないのだろうが、勝ち方や、地域性も考慮されたのかもしれない。とにかく、山中選手にはまだ打席に立つ可能性が残された。

そして国体………デイリースポーツ記事によれば、代打で登場した山中選手には大歓声が起きたという。そりゃそうだろう。生で見てたら鳥肌が立ったに違いない。山中選手はフライを打ち上げてしまったが、世界一美しい左飛だと思う。


山中選手が教職を目指していることはすでに報じられているが、恐らく高知の高校野球ファンは待っている。 山中監督が伝統校・高知商業を率いて甲子園で戦う姿を。これが実現した時は確実に、新聞の1面を飾る。

広島3連覇に貢献した田村恵スカウト~甲子園満塁ホームラン被弾からの大瀬良大地発掘

広島が球団史上初のセ・リーグ3連覇を果たした。MVPは丸佳浩かもしれないが、最多勝有力の大瀬良大地も立派だ。その意味ではこの人も優勝を格別の思いで噛み締めているに違いない。大瀬良を担当したスカウトの田村恵氏だ。



その2013年ドラフト会議。大瀬良は広島、阪神、ヤクルトの強豪となり抽選に参加した田村恵スカウトを見た瞬間、甲子園ファンは胸がざわついたに違いない。あの樟南高校の田村恵やないか!と。福岡真一郎とのバッテリーで、1994年夏の甲子園決勝で九回、佐賀商業の西原に満塁ホームランを喫した捕手だ。

田村がその後広島に入ったことまでは把握していたが、そのままカープのスコアラー→スカウトになっていたことはドラフトの日まで知らなかったから筆者は驚いた。そして大瀬良への思い入れの強さを物語る、あの抽選を引き当てた後の田村スカウトの顔の紅潮。実直な人柄が想像できた。大瀬良は広島に入れてよかったなと他球団ファンながら感動してしまった。



この物語を遡ること19年。1994年夏の甲子園を見て樟南の田村恵獲得を指令したのは故・松田オーナーだったという。これら田村恵の情報は球児の物語を集めた「一生分の夏 いつも胸に甲子園があった。」が詳しい。
一生分の夏―いつも胸に甲子園があった。

一生分の夏―いつも胸に甲子園があった。

「一生分の夏」の第五章は「小さいエースとメガネの名捕手~二人だから紡げたもの」。福岡真一郎と田村恵の物語だ。それぞれの少年時代、甲子園とその後が描かれている。ライターは保坂淑子さん。

甲子園スター VOL.1 高校野球で輝いたヒーローたち

甲子園スター VOL.1 高校野球で輝いたヒーローたち



夏の甲子園決勝史上初の満塁ホームランがあまりにも鮮烈すぎて、打たれた樟南バッテリーに思いが寄せられなかった。だが保坂さんは、被弾した田村の胸中を丁寧に再現している。あの時の田村はこんな心境だったんだな……。そう気付けるのはノンフィクションの醍醐味。いくらAIが発達して1秒で戦評が書けても、胸のうちまで読めるかどうか。感じられるかどうか。そこはまだまだ人間に軍配を上げたい。

ひたむきにプレーしつつも体の面から限界を感じた田村。学生時代から社会人までリハビリに苦しんだ福岡。保坂さんは二人の甲子園後を追い、独特の関係性まで描いた。田村がスカウトになり、九州をくまなく回っていることにも触れている。


鹿児島で所帯を持った田村は「福岡まで往復約3時間。長崎ともなれば5時間もかかるが、そんな毎日を『楽しい』という」(一生分の夏、180ページより) と紹介されている。その長崎で見つけた運命の選手が大瀬良大地(長崎日大高校→九州共立大学)だった。



「この子をスカウトして、プロに入れて10勝してくれるかな、なんて夢を見る。考えるだけで楽しいよ」(一生分の夏、180ページより)。この本の初版が出たのは2005年。大瀬良大地が広島にドラフト1位で指名される8年も前だ。当時から田村スカウトはやりがいを感じていた。残念ながら目を付けた選手を他球団にさらわれることもあるし、獲得できても大成するかは分からない。その場合は選手はもちろん、球団にも損失だ。ましてや一人の人生がかかっている。田村自身も苦労した分、その重責を感じているに違いない。
スカウト

スカウト



だからこそ、大瀬良大地が広島を優勝へと引っ張った2018年シーズンに田村は渾身のガッツポーズをしたいに違いない。いや、密かに自負しているだろう。おれもカープに貢献できているのだ、と。もしもあの日、故・松田オーナーがスカウトに田村獲得を指示していなかったら……そう考えると、一人の選手をスカウトすることは球史を左右する可能性さえあると再認識できる。そしてそのドラマにファンはどっぷり浸るのだ。
惚れる力   ― カープ一筋50年。苑田スカウトの仕事術

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今年も運命のドラフト会議が10月25日に開かれる。この日蒔かれた種が一つでも多く花開くことを願っている。

こんな夜更けに嘉弥真かよ、と言わせたい防御率0.88の男

楽天岸孝之最優秀防御率のタイトルを取れそうだということで、登録を抹消された(岸の防御率は2.72。以下、数字は9月24日現在)。残り試合には登板しないという。そんな記事を読んで、がっかりした。


岸が自ら望んだのではなく、タイトルを取れるものなら取らせてやりたいという楽天首脳陣の親心なのだろう。筆者は岸が嫌いではない。むしろ、イケメンだし、ストレートも投球フォームも美しいとさえ思っている。だからこそこういうタイトルのつかみ方はどうなんだろうなと思ってしまった。


ゆえに、思う。
61登板で防御率0.88の嘉弥真新也にタイトルをあげたい……

BBM ソフトバンクホークス 嘉弥真 直筆サインカード 60枚限定

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分かっている。防御率はあくまでも長いイニングを投げた上で競うものだということを。嘉弥真は30.2回。岸は159回。岸は5倍以上投げている。だが、あえて言いたい。嘉弥真はいつもギリギリの局面で投げている。


ある意味岸は自分で試合をコントロールできる。試合そのものを支配すれば勝ち星を手にすることができる。だが嘉弥真は違う。だいたいが大変な時に呼ばれる。何とかして、と。そして打たれることもあるのだが何だかんだで抑え続けている。実に31試合連続無失点。2011年にファルケンボーグが樹立した記録に並んだ。

 

 

天王山で西武にまさかの3連敗を喫し、柳田悠岐は側頭部にボールが当たるわ、今宮健太は脚を傷めるわで、まさに泣きっ面に蜂。おまけに空気を読まない西武が天王山3連勝を含む10連勝でソフトバンクは相変わらず崖っぷちなのだが、ソフトバンクも辛勝続きながら7連勝。そこには嘉弥真、モイネロ、石川柊太、森唯斗ら救援陣の踏ん張りがあると声を大にして言いたい。

 

 
森唯斗はサファテ兄貴に続いて最多セーブが取れるかもしれない。これまた増井と争っているのだが、森も嘉弥真も優勝争いの中でのこの成績だから、数字以上に価値がある。やはりタイトルは優勝争いなりチームの成績があってこその産物というのが王道ではなかろうか。嘉弥真は岸の5分の1しか投げていないが、岸に負けないくらい輝いている。

 



プレーオフでも嘉弥真が重宝がられる展開になればソフトバンクに勝機はある。西武の獅子おどし打線は重量級だが柔よく剛を制すという言葉もある。最後の直接対決やクライマックスシリーズではぜひとも防御率0点台の力を誇示してほしい。

 

ちなみに今回の記事タイトルは「こんな夜更けにバナナかよ」に引っ掛けましたが分かっていただけたかどうか……

 

広島東洋カープ3連覇に合わせて読みたい「スカウト」

いよいよ広島が優勝目前である。球団史上初の3連覇。山本浩二衣笠祥雄をもってしてもなし得なかった3連覇。今年亡くなった衣笠が見届けられなかったのはいかにも残念だ。


そんなカープ優勝に合わせて読みたくなったのが後藤正治氏の名作「スカウト」。カープ黄金時代を陰で支えた木庭教氏を通してスカウト稼業を描いた名作である。

スカウト

スカウト



特に読みたくなったのが悲願の初優勝における胴上げ投手、金城基泰を軸に書かれた第四章「二人だけのパレード」。この章だけでもスカウトという仕事の苦労や醍醐味がひしひしと伝わってくる。
tf-zan96baian-m-stones14.hatenablog.com


それは木庭が思い出す地方球場の椅子の座り心地だったり、木庭に金城基泰を橋渡しした在日の元プロ野球選手だったりと、さまざまな要素による。エピソードの一つ一つが砂金のようで、積み重なるとより一層まばゆい光を放つかのごとく。
 

作中でも触れているがスカウトの成果はすぐに表れるばかりではない。特に古葉竹織監督時代の広島の場合は長いスパンでチーム力を上げていたから結果を出すまでに年月を要した。プロ野球は人気商売だから毎年毎年が勝負。目先の利益を重要視するのも間違いではないのだが広島はそうしない。発掘して、鍛えて、の伝統がある。



広島は1991年から25年も優勝から遠ざかったが主力に定着した田中広輔菊池涼介丸佳浩は皆、生え抜き。今年は野間峻祥、西川龍馬、安部友裕らも加わりさらに厚みを増した。これなら新井貴浩も安心して引退できよう。
撓まず 屈せず 挫折を力に変える方程式

撓まず 屈せず 挫折を力に変える方程式



「木庭は、この日、胴上げに加わった選手たちの顔を思い浮かべた。衣笠、山本浩二、三村、水谷、水沼、外木場、佐伯、池谷……。そして、地獄の淵から甦った金城……。どういうわけか、浮かぶのは、彼らが入団してきた当時の、学生服姿だったり、初々しい童顔の若者時代なのだった」(単行本152ページより)。第四章の締めくくりはタイトルにもなっている「二人だけのパレード」。ぜひ実際に「スカウト」を読み、じっくり味わってください。
優勝はスカウトにとっても特別な日。広島のスカウトたちも格別な思いで胴上げシーンを見届けるに違いない。


後藤正治氏の著作関連記事はこちら。
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ホークスだってNEVER END~川島慶三、炎のヒーローインタビュー

天王山で首位西武に3連敗。しかも第2戦前に柳田悠岐は側頭部にボールを受けて登録抹消。第3戦では今宮健太が脚を傷めて離脱。もはや瀕死の鷹である。



数字上ではシーズン1位はかなり厳しくなった。それでも今いる戦力でやるしかない。象徴的だったのは今宮離脱の直後。セカンド牧原大成がショートに入り、セカンドには一塁から明石健志、一塁にはセンターを守っていた中村晃、センターにはベンチから福田秀平を送り込んだ。まさに全員野球である。

舞台を幕張に移してのロッテ戦。ダメージを引きずらないためにも初戦はなんとしても勝ちたいところだが6回を終えて0-2のビハインド。ここからチャンスを作り代打に福田秀平。雨もいい加減強く雨天コールド必至の状況だったが、きれいに外野に打ち返し同点とした。

そして9回もチャンスを作り代打に川島慶三左キラーの実力を発揮し、いや、気持ちで外野に運び犠牲フライで勝ち越し。さらに牧原も気合いで外野に運び、ダイビングした岡大海のグラブをかすめるタイムリーとなった。これでホークスから見て4-2。

だがロッテも粘って9回一死1塁から角中勝也がフェンス直撃の大飛球。打った瞬間ホームランを覚悟したホークスファンは一旦地獄に突き落とされかけた。が、信じられないことが起きた。二塁付近のぬかるみを気にしたのかロッテ一塁走者の中村奨吾は二塁までしか走らず。爆走した角中は急ブレーキをかけて一塁に戻るも外野からの返球が転送され一塁手川島慶三によりタッチアウト。その隙に三塁を狙った中村奨吾は到達寸前にボールが届いてタッチアウト。この瞬間、ホークスファンはインディー・ジョーンズばりに泥臭く地獄から生還した。

ヒーローインタビューで川島慶三は顔が紅潮していた。「むちゃくちゃ悔しかったです。3連敗して。で、僕らは西武戦終わった後に、全部勝つ、全部勝つと、強い気持ちを持ってやっていきます。なので最後まで応援、ご声援よろしくお願いします! 締めました! あらぁとぅした!」。慶三さん最高。

この日も西武は日本ハムに勝ったのでもしソフトバンクが敗れていたらズルズルいくところだっただけに大きな1勝。1軍昇格した高田知季もすぐ結果を出したし、いい流れはできてきた。崖っぷちにいるのは間違いないが何とか獅子の背中は追いたいものだ。毎日試合中継で松崎しげる地平を駆ける獅子を見たを聞かされうんざりしていたが、今夜は川島慶三の気持ちのこもったヒーローインタビューが聞けてよかった。同じ時間帯にテレビでは安室奈美恵の引退記念特番がやっていたがホークスだってNEVER END!と叫びたくなる夜だった。

福浦和也2000安打の陰でロッテ44年シーズン1位なし

ロッテ一筋25年の福浦和也が2000安打目前である。断っておくが本稿は福浦個人を批判するものではない。福浦は十分カッコいい。批判したいのは球団である。そう、ロッテはシーズン1位をもう43年間逃し続けている(野球通たちには釈迦に説法だが2005年はシーズン2位からのリーグ制覇)。これは12球団ワースト。今年も西武がマジックを点灯させた。ロッテは果たして福浦の記録に浮かれていていいのか。

 

 ロッテは日本一になっているぞ、下剋上お家芸だぞというファンもいるだろう。本紙はクライマックスシリーズを否定しない。むしろ球界発展のために肯定的に見ている。それでもやはりシーズン1位には敬意を払うべきと考える。そして何十年も1位になれない球団経営をいかがなものかと思う。

 

 


福浦の大記録についてはメディアも一緒になって浮かれていて、低迷するロッテを今さら弾劾する記事も見当たらない。巨人など4年連続のV逸が球団ワーストタイだとデカデカと見出しになるのに。そこは腐っても巨人、ということなのか。

2000安打は打者の名誉だから黒柴スポーツ新聞でも数々取り上げてきた。2000安打達成の日の千葉日報だって読みたい。でもその前に言いたい。福浦の2000安打到達はロッテの選手層の薄さが追い風になっている。年齢のことは言いたくないが要は後輩たちが福浦を追い出せないでいる。


以前、荒木雅博が2000安打を達成する前に誰が到達しそうか調べて記事にした。2年4カ月前だ。その時の数字がこちら。

荒木雅博 1983本 残り17
阿部慎之助1949本 残り51  
福浦和也 1942本 残り58
内川聖一 1940本 残り60
鳥谷敬  1907本 残り93

そう、福浦以外はみな達成済みだ。福浦は安打数が以前ほどではなくなっていること、「それなりに」若手が成長していることから出場機会が減っていることから下手したら2000安打目前での引退も可能性としてはあった。

だが案の定、ロッテでは大切にされて何とか2000安打が達成されようとしている。もちろん福浦の努力の賜物だけれど、福浦に引導を渡せないチーム状況もどうかと思う。


ちなみにロッテの次にシーズン1位から遠ざかっているのはDeNA横浜ベイスターズ時代の1998年が最後だ。今年も優勝の可能性は消え20年連続が確定した。それでも1位を逃した期間はロッテの半分以下である。いかにロッテがぶっちぎりで結果を残していないかが分かる。

 

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広島とて1991年から25年ぶりのリーグ優勝を果たし、以後の3連覇が目前である。上昇気流のきっかけはクライマックスシリーズだった。ロッテがいきなりリーグ優勝するのは無理なのなら、まずはクライマックスシリーズの常連になることだ。DeNAがそうなりつつある(今年は混戦だしDeNAも苦戦中だが)。コアラのマーチのお面を配るのはファンを楽しませるサービスかもしれないが、1シーズンでも早くリーグ優勝をプレゼントするのが本当のファンサービスではなかろうか。

安室奈美恵引退ネタが飛び交った9月16日のプロ野球シーン

「平成の歌姫」安室奈美恵が引退した。それとプロ野球に何か関係あるのかと思われただろうが、二つ見つけた。

 

 

一つは新聞の見出し。ネタ元は黒柴スポーツ新聞の古くからの読者だ(いつもありがとうございます!)。まずは9月16日の朝日新聞ソフトバンクとの天王山3連戦に先勝した西武の記事がトップなのだが、千賀を粉砕するホームランを放った浅村の見出しは「浅村3ラン 大一番のHero」。阪神戦では好投した山中の見出しが「山中TRY MEトラ退治」。敗れた阪神は「Don't wanna cry」。オリックスの山岡は「復調のSEASON」。安室奈美恵の曲名を上手に取り入れている。

 

 

こういうのは毎日新聞も得意。浅村とのアベックホームラン(今どきアベックなんて言わない)を放った山川穂高の写真上にある見出しは「西武 the Chance」。はい、確かに優勝をグッと引き寄せました、おめでとうございます(筆者はホークスファン。ガックリ)。ほかにも「楽天 スィーと19安打」。田中将大の見出しは「好調 in the ballpark」。朝日とはまた違う「選曲」でお見事。まさか共同企画?

 

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ホークスファンとしては天王山第1戦で打ち込まれて凹みながら第2戦を見たのだが、あれ、先頭バッター秋山翔吾の登場曲が安室奈美恵秋山翔吾は安室のファンなのかなと思ったがそのままスルーしてしまった。が、後でスポニチ記事を見てビックリ。なんとほぼみんな安室奈美恵の曲で打席に入っていた。
1番・秋山=Chase the Chance
2番・源田=Get Myself Back
3番・浅村=NEVER END
4番・山川=Fight Together
5番・栗山は登場曲なし
6番・中村=a walk in the park
7番・森=Don’t wanna Cry
8番・メヒア=キューティーハニー
9番・金子侑=CAN YOU CELEBRATE?

 

Finally

Finally

 

 

スポニチ記事にあるようにメヒアのくだりは爆笑を誘う。なにゆえに倖田來未(※17日追記=メヒアはなぜか1日遅れの17日第1打席で「Hero」が流れる中、登場)。なお、先発今井も「普段Baby Don’t Cryを使用しているがこの日はFinallyを使った」と紹介されていた。あんだけ試合見てたのにただただ聞き流していた。言い訳だが、安室奈美恵の曲は耳に馴染みすぎていてスルーしたらしい。

 


見ていなかったがZOZOマリンでは福浦和也が「Hero」で登場してたタイムリーを放ったとか(サンスポ記事より)。そう、みんな安室奈美恵が好きなんだ。そして、思う。こういう盛り上がりに乗っかるってすごく大事。特に情報発信に携わるメディアは。
 

 
というわけでわが黒柴スポーツ新聞も何とか安室奈美恵ネタで書き上げました。黒柴スポーツ新聞も将来はみんなが知ってるメディアになります。いつの日か、I'll be there,I'll be there,I'll be there......

松坂世代続々引退を受けた松坂大輔の甲子園登板を新聞はどう報じたか

9月13日は松坂大輔の誕生日だった。甲子園を沸かせた若者もはや38歳。20年もの歳月が流れたが、なおプロ野球選手である。松坂大輔は38回目の誕生日に、生涯で最も輝きを放った場所、甲子園に戻り、白星を手にした。


松坂大輔にはその白星を見せたい人たちがいた。そう、松坂世代だ。この登板を前に村田修一が引退。後藤武敏杉内俊哉も引退を表明していた。もちろん引退という重大発表をする前に、彼らはやりとりをしたに違いない。その上で、松坂大輔にとっては甲子園での登板が戦友たちへのメッセージになったのだった。


5回1失点。先発投手としては最低限の仕事であり、長いイニングを悠々投げていた若き日の姿ではない。だが松坂大輔にとってはまだやれるとアピールすることに意味があった。おまえらはやめるがオレはまだやるぞ、と。実際松坂は「3人に対し、自分はもう少し頑張るよという決意表明の日にしたかった」(共同通信記事より)と述べた。9月13日の甲子園での登板は、ものすごく意味があった。
続ドキュメント 横浜vs.PL学園 松坂大輔と戦った男たち

続ドキュメント 横浜vs.PL学園 松坂大輔と戦った男たち


これを各新聞はどうとらえたか。黒柴スポーツ新聞はネットワークを駆使して9月14日付の新聞各紙を調べてみた。


まず、岩手日報
「松坂 聖地で白星 38歳誕生日飾る」
シンプルで力強い見出しだ。雨中で力投する松坂の写真と共に堂々スポーツ面のトップに鎮座している。そう、甲子園は松坂大輔にとって、まさに聖地である。多重露光による松坂大輔の投球フォーム写真を掲載しているのが衝撃的。新聞で多重露光といえば花火大会がポピュラーだがスポーツ面では初めて見た。力投ぶりをアピールしたかったのだろうか。
大谷翔平 挑戦

大谷翔平 挑戦


続いて熊本日日新聞
「松坂 "聖地"で輝く」「5回1失点 誕生日飾る 『世代』背負って」
こちらもスポーツ面のトップ。この「背負って」がナイス。同級生への思いが伝わってくる。岩手日報同様、聖地という言葉を使っている。写真は阪神の打者越しに投げる松坂。カラー写真である。
そして山陽新聞
「松坂誕生日 聖地で輝く」「ライバル引退決断 38歳 世代の旗手好投」
こちらも聖地が入る見出し。そして誕生日も使っている。熊日同様カラー写真だが、岩手日報よりアップの写真を使っていて力強い。もちろんトップ仕立てだ。
ちなみに岩手日報熊日、山陽は同じ共同通信の記事を使っている。どうだろう。同じ素材なのに見出しが少しずつ違うことがよくお分かりいただけるだろう。限られたスペースでいかに思いを伝えるか。しかも間違いなく。ネタを取ってくる外勤記者も偉いが言葉に魂を込める内勤記者(業界的には整理記者と言います)がいることをここでアピールしておきたい。


彼らはレイアウトも担当する。ナイターが終わってから日付けが変わるまで2時間あるかどうか。13日はセ・リーグだけだったが、パ・リーグがある日は6試合。1ページ作るのはてんやわんやだが鼻血が出るくらい楽しい。


全国紙も見てみよう。
朝日新聞(東京)。
「38歳 松坂は戦い続ける」「12年ぶり甲子園 バースデー勝利」
戦い続ける、のパンチが効いている。カッコいい。松坂の思いを代弁している。カラー写真の松坂は雄叫びをあげている。その横の見出しは「杉内、村田、後藤…自分はもう少し頑張る」。さすが朝日。内村航平ばりのドヤ顔着地をピタリと決めている。お見事。
あの夏 (上) 甲子園の魔物と神様

あの夏 (上) 甲子園の魔物と神様



続いて同じく朝日新聞(大阪)。
「松坂38歳 まだまだ熱投甲子園」「12年ぶり聖地 バースデー勝利」「盟友の杉内、村田、後藤が引退 奮起」。この熱投甲子園というのがユニーク。さりげなく、いや、堂々とグループ会社の番宣をしている。写真は東京版と同じく雄叫びをあげている場面だが大阪版の方がアップ。気迫を出したい意図を感じる。
完全保存版 高校野球100年

完全保存版 高校野球100年



毎日新聞は版は不明だが2種類確認できた。カラーのものは「20年前 伝説作った聖地」「松坂 甲子園の申し子」「38歳誕生日 6勝目」。他社が使い分けた聖地と甲子園を両方投入。伝説と申し子という抽象的な単語も二つ。若干のかぶり感は否めないが興奮は伝わってくる。他社が推してきた盟友のくだりはなく、代わりに6勝目を入れてきた。写真は今回確認した紙面で唯一、ファンに左腕を上げて応える松坂。笑顔である。


もう一つのモノクロ版は「12年ぶりマウンド 直球に力」「松坂 聖地の申し子」「38歳バースデー白星」。直球に力、が復活を印象付けている。写真は岩手日報と同じもののようにみえる。



こんな盛り上がりの一方、首位の広島をトップにした新聞や、リーグ2位のヤクルトをトップにした新聞もある。どれを大きくするか、その価値判断は十人十色であることは百も承知。それでもなお、松坂松坂松坂でいってほしかった。
1999年の松坂大輔 歴史を刻んだ男たち

1999年の松坂大輔 歴史を刻んだ男たち



松坂は誰が見てもピークを過ぎている。日米170勝なのだから、きれいな終わり方をしてほしくもある。しかし松坂は踏ん張っている。いまプロ野球ファンは、松坂の若き日には想像できなかった、泥臭い松坂大輔を見ているのだ。そこへ来て相次ぐ松坂世代の引退。松坂がどう過ごしていくのか、興味が尽きない。

というわけで、久しぶりに松坂グッズを漁ってみた。レッドソックス時代にネットオークションで落とした物だ。値段的には下がったかもしれないが、自分の中では価値が上昇している。頑張れ、松坂!
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