逃げない気持ちが成長させる~元大洋の佐々木吉郎、アテ馬からの完全試合
予定が変わると大変だ。が、ひょうたんから駒、ということもある。最近、完全試合について調べていてまた発見があった。過去15回しか記録されていない完全試合の中で、いわゆる「アテ馬」として登板し、そのまま完全試合を成し遂げたピッチャーがいたとは……彼の名は佐々木吉郎(大洋)。北原遼三郎氏の労作「完全試合」をテキストに詳しく見てみよう。
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アテ馬とは、ざっくり言えば偵察要員。相手ピッチャーが読めないときにとりあえず先発させて、引っ込める。だからバッターの場合ばかりと思っていたが、佐々木吉郎はピッチャー。対戦相手の広島打線は、大洋の先発を左腕の小野正一を想定して左打ちを並べる。そこへ右投げの佐々木吉郎を登板させる。もし広島が右バッターに変えてきたら大洋は小野を出す。そういう作戦だったらしい。
そんな策を考えるのはやはりこの人。三原脩監督である。これまた初めて知ったが、完全試合15回のうち4回を三原脩が指揮していたそうだ。勝負強すぎる。
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佐々木吉郎にしてみれば、気楽な登板だった。最初だけ投げればいいのだから。しかし、欲はあった。ピッチャーあるあるだが、まずは完全試合。四死球が出てもノーヒットノーラン、それがだめなら完封。次に完投……。目標をちょっとずつ下方修正しながらベストを尽くすのだ。
最初だけ投げて上がろうとしたら、別所毅彦コーチが、ヒットを打たれてないから続投しろと言う。ヒットを打たれたら交代というシンプルな指示がよかったのかもしれない。失投もあったそうだが打ち損じにも助けられ、9回まできた。
26人目は森永勝也。首位打者にもなった森永に対して佐々木吉郎は6球を費やしたが、根比べだったという。それを支えたのは負けない気持ち。
「攻めて、攻めてむかっていきましたね」
しかしそれは燃えるというよりは恐れにも見える。「逃げたら絶対やられていましたね」とも述べているからだ。
佐々木吉郎は気がついた。これまでは無意識の中に逃げていることがあったのではないかと。鳴り物入りでプロ野球に入りながら結果が伴わない、けがに苦しんでいる。そんな背景があったのかもしれない。そんな佐々木の心に、この日ばかりは小さな闘志の火が灯った。
「この完全試合を達成できれば、あるいは自分のピッチングも変わるかな、と……」
最大のヤマ場、森永からは三振を奪った。27番目のバッター、阿南準郎の時もこう考えた。「絶対逃げない」と。かわすピッチングだった佐々木吉郎を突然奮い立たせたものは何だったのだろう。佐々木吉郎の言葉を読み返して見ると、自分を変えたい、という思いが見て取れる。そう、やはり自分で変わろうと思わない限り、人は変われないのだ。
かくして、阿南を打ち取った佐々木吉郎は最初で最後の、とても短いヒーローインタビューを受けた。そして怒りの収まらないカープファンから逃げるため、県警のパトカーで球場から脱出したそうだ。
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そしてここからがリアルなのだが、完全試合を成し遂げた後に佐々木吉郎が挙げた勝ち星は15。完全試合は勲章にはなったが大ブレイクとはならなかった。そうそう甘いものではない。しかし、人が成長したいと願うことで、一つの結果が出せることは証明できた。
そして、そのきっかけはたまたま割り当てられた仕事からだった、というのもちょっと背中を押してくれる。ひょうたんから駒、とはあり得ないことが実現することのたとえでもあるが、あり得ないことをあり得ることにするためにも、まずは目の前に割り当てられたことをコツコツやっていこう。その中でいつもかわしてしまう局面でも逃げない気持ちを前に出すことで、自分を成長させたいと思う。