黒柴スポーツ新聞

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最後まで諦めない〜打撃職人・長谷川勇也が残したもの

「最後まで諦めるな」というメッセージをもらったと思って、残りの3試合をしっかり戦いたいと思います(日刊スポーツ記事、引退長谷川勇也、執念のヘッスラに「最後まで諦めるな」工藤監督 一問一答 より)。まさにその通りだと思った。長谷川勇也の最後の打席が終わった。一塁ゴロ。あと少しでセーフという、魂のヘッドスライディングだった。

21日が長谷川のラストゲームか、と、楽しみにするでもなく、悲しむでもなくぼんやり待っていたら「(チーム優先で)出ない可能性も」なんて記事を見つけてびっくり。と同時にソフトバンクファンはニヤリとしたはずだ。そう、それこそが長谷川勇也なのだと。ならば下手な演出は要らない。本当に長谷川の出番を必要とした時に代打をコールするまでだ。0-0で迎えた7回裏、デスパイネが出塁して中村晃送りバント。舞台は整った。

日本ハムのルーキー伊藤大海も気持ちは同じ。長谷川への敬意を感じる真っ向勝負。ビシビシ投げ込み2ストライクと追い込んだ。長谷川も負けじとバットを出した。そしてボテボテの当たり。タイミングによっては…。そのわずかな可能性を広げてきた長谷川のヘッドスライディングが最後の最後に飛び出した。最後の最後まで諦めない。可能性がある限りできることをやる。長谷川のヘッドスライディングはパフォーマンス色が一切ない。ただの手段なのだった。ただただチームのために頭から突っ込んだ。

その証拠に長谷川はヘッドスライディング後、上体を審判側に起こしている。セーフの可能性を見い出そうとしたのだった。だからこそアウトと分かった時、顔を歪めて仰向けになった。引退試合でこんな表情をする選手を初めて見た。これこそが燃え尽きるということだ。いや、炎は完全に消え切っていなかった。なんと長谷川は気持ちが収まらず、ベンチに戻るとレガースを叩きつけて悔しがった。チームのために打てなかった。結果的には進塁打になっているから全く貢献していないわけではないのだが、どうやら試合にケリを付けるくらいの気持ちだったらしい。ゆえに長谷川としたらアウトを増やしてしまい、申し訳ないという気持ちだったのだろう。

だがチームのためにという気持ちは伝わっていた。次打者の甲斐が完璧な手応えのホームラン。長谷川の目から涙があふれた。その長谷川を後ろから、小久保ヘッドと工藤監督が叩いていたわった。大丈夫、おまえの気持ちや魂は伝わっているぞ、と。ベンチに戻った甲斐は泣いていた。栗原も泣いていた。大好きな先輩がいなくなってしまう。そんな涙であると同時に思ったことだろう。これからはオレたちがやらないといけないんだな、と。

試合の中継で、立花コーチの談話が印象に残った。長谷川はバットに当ててからさらにひと押しができる。だからヒットゾーンに飛ぶのだ、と。プロ野球選手だからといってみんなができるわけではない。作り上げた肉体。磨き上げた技術。そして研ぎ澄まされた感覚。そして執念。長谷川がひと押しできるのはそのあたりなのだろう。個人的には同じ左打者の牧原大成や三森にその打法を受け継いでもらいたい。二人とも今シーズン十分な活躍だが、いい当たりが必ずしもヒットにならなかった。まだまだ力強さが足りない。そこは長谷川に見習うべき点だ。

2021年のホークスに足りなかったのはまさにこの「もうひと押し」。あと1点取っておけば…あと1点防げていたら…。その積み重ねが史上最多の引き分けであり、CS争いという現状だ。若い選手たちにはぜひ長谷川の必死の姿を目に焼き付けておいてほしい。必死にやったからと言って毎回結果が出るわけではない。だけれども、必死にやらなければこじ開けられないこともある。諦めなければ奇跡は起きる、かもしれない。最後の最後までユニフォームを泥だらけにする意味。打撃職人は最高のお土産を後輩たちに残して、静かにグラウンドを去った。


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