黒柴スポーツ新聞

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さらば打撃職人・長谷川勇也〜あの勝負強さをもう一度

2021年10月8日。通信社の速報記事で「ソフトバンクの長谷川」の文字を見た時、来るべき時が来たなと思った。長谷川勇也、今季限りでの引退表明。10月に入り2軍行きとなった時点で腹をくくったのか、侍が刀を置くように打撃職人が重い決断を下した。私にとって、長谷川勇也は恩人だ。ソフトバンクホークスのファンになるという、楽しい生活をもたらしてくれた恩人だ。私がホークスファンになってもう10年になったことに、長谷川のあの一打の映像を見て気が付いた。

あの一打とは、2011年11月5日、ライオンズとのCS第2ステージ第3戦で放った同点タイムリーだ。語り継がれる杉内対涌井の投手戦。先に点を与えた杉内(と言っても延長10回、127球目だったが)は降板し涙を流した。長谷川はこれを見て「負け投手にしてはいけない」と思ったという。裏の攻撃で2死から打席に立った長谷川は2ストライクと後がなくなった。そして外角いっぱいに決まったかに見えた球はボールの判定。実は私はスタンドにいたのだが、どよめきが起きたのを覚えている。にわかもにわか、初めての福岡での野球観戦でこんなしびれる展開となり、大興奮しながらスタンドで見ていた。そしていつしか祈っていた。頼む長谷川、タイムリーを打ってくれ!

長谷川はフルカウントからバットを一閃。打球はフェンスまで達し、セカンドから福田秀平が帰ってきた。同点。涌井は奇しくも、杉内と同じ127球目で力尽き、杉内と同じく涙した。両エース涙の降板。熱戦はまたしても長谷川が、今度はサヨナラタイムリーを延長12回に放って終止符を打った。私は初の福岡での野球観戦で、秋山監督の胴上げを見ることができたのだった。そして頭から湯気を出しながらドームをあとにする頃には、身も心もすっかりホークスファンになっていた。

長谷川は2013年には首位打者に輝き、球団記録となる198安打を放った。しかし2014年のオリックス戦でホームに突入した際、ブロックにまともに跳ね返されて足首を負傷。これがなかったらその後もっと数字を残せたかもしれない。引退表明した時点で通算1108安打は意外だった。ただ、長谷川には勝負強い印象が残っている。1打席にかける執念も尋常ではなかった。2020年巨人との日本シリーズではチャンスに相手の好プレーでセカンドに倒れたのだが、一塁にヘッドスライディングした後、グラウンドを叩いて悔しさを露わにした。それをベテランがやる意味。やはり長谷川は手を抜かない男だ。大けがとなったあの本塁突入も全力プレーの結果だから、避けられない運命だったと思わねばなるまい。

そんな執念の男は、現役に執着はしなかった。引き際を悟ったのか、10月2日の登録抹消からわずか6日後のスピード発表。このところ代打で起用されても打てなかったことから、限界を感じたのかもしれない。数字上まだCS進出の可能性は残るが、モイネロの帰国に加えて長谷川の引退表明があり、個人的には2021年シーズンが終わった気がする。長谷川の引退表明はホークスファンの心を折る威力があるのだから、せめてCS進出の可能性が消えるまでは公表してほしくなかった、というのは甘えだろうか。引退表明の日、ホークスはビハインドを追いつきながら、終盤突き放されて敗れてしまった。

長谷川は筑後でもうあいさつを済ませてしまった。花束も受け取ったらしい。長谷川のことだから、1軍に上がる枠を若手に譲るべく、もう1軍戦に出ないつもりじゃないかと心配してしまう。どうやら19日に引退試合が予定されているらしいので、このまま長谷川とサヨナラをせずには済みそうだ。最後の打席、長谷川はどんな顔でバッターボックスに向かうのか。長谷川には真剣勝負がよく似合う。もしも最後の打席が代打なら、ホークスナインには最後の最後まで長谷川にふさわしい舞台をつくってあげてもらいたい。できれば一打同点あるいは逆転のシチュエーション。私がホークスファンになったあの日のように、勝負強い長谷川の姿をもう一度見てみたい。


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