黒柴スポーツ新聞

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広島3連覇に貢献した田村恵スカウト~甲子園満塁ホームラン被弾からの大瀬良大地発掘

広島が球団史上初のセ・リーグ3連覇を果たした。MVPは丸佳浩かもしれないが、最多勝有力の大瀬良大地も立派だ。その意味ではこの人も優勝を格別の思いで噛み締めているに違いない。大瀬良を担当したスカウトの田村恵氏だ。



その2013年ドラフト会議。大瀬良は広島、阪神、ヤクルトの強豪となり抽選に参加した田村恵スカウトを見た瞬間、甲子園ファンは胸がざわついたに違いない。あの樟南高校の田村恵やないか!と。福岡真一郎とのバッテリーで、1994年夏の甲子園決勝で九回、佐賀商業の西原に満塁ホームランを喫した捕手だ。

田村がその後広島に入ったことまでは把握していたが、そのままカープのスコアラー→スカウトになっていたことはドラフトの日まで知らなかったから筆者は驚いた。そして大瀬良への思い入れの強さを物語る、あの抽選を引き当てた後の田村スカウトの顔の紅潮。実直な人柄が想像できた。大瀬良は広島に入れてよかったなと他球団ファンながら感動してしまった。



この物語を遡ること19年。1994年夏の甲子園を見て樟南の田村恵獲得を指令したのは故・松田オーナーだったという。これら田村恵の情報は球児の物語を集めた「一生分の夏 いつも胸に甲子園があった。」が詳しい。
一生分の夏―いつも胸に甲子園があった。

一生分の夏―いつも胸に甲子園があった。

「一生分の夏」の第五章は「小さいエースとメガネの名捕手~二人だから紡げたもの」。福岡真一郎と田村恵の物語だ。それぞれの少年時代、甲子園とその後が描かれている。ライターは保坂淑子さん。

甲子園スター VOL.1 高校野球で輝いたヒーローたち

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夏の甲子園決勝史上初の満塁ホームランがあまりにも鮮烈すぎて、打たれた樟南バッテリーに思いが寄せられなかった。だが保坂さんは、被弾した田村の胸中を丁寧に再現している。あの時の田村はこんな心境だったんだな……。そう気付けるのはノンフィクションの醍醐味。いくらAIが発達して1秒で戦評が書けても、胸のうちまで読めるかどうか。感じられるかどうか。そこはまだまだ人間に軍配を上げたい。

ひたむきにプレーしつつも体の面から限界を感じた田村。学生時代から社会人までリハビリに苦しんだ福岡。保坂さんは二人の甲子園後を追い、独特の関係性まで描いた。田村がスカウトになり、九州をくまなく回っていることにも触れている。


鹿児島で所帯を持った田村は「福岡まで往復約3時間。長崎ともなれば5時間もかかるが、そんな毎日を『楽しい』という」(一生分の夏、180ページより) と紹介されている。その長崎で見つけた運命の選手が大瀬良大地(長崎日大高校→九州共立大学)だった。



「この子をスカウトして、プロに入れて10勝してくれるかな、なんて夢を見る。考えるだけで楽しいよ」(一生分の夏、180ページより)。この本の初版が出たのは2005年。大瀬良大地が広島にドラフト1位で指名される8年も前だ。当時から田村スカウトはやりがいを感じていた。残念ながら目を付けた選手を他球団にさらわれることもあるし、獲得できても大成するかは分からない。その場合は選手はもちろん、球団にも損失だ。ましてや一人の人生がかかっている。田村自身も苦労した分、その重責を感じているに違いない。
スカウト

スカウト



だからこそ、大瀬良大地が広島を優勝へと引っ張った2018年シーズンに田村は渾身のガッツポーズをしたいに違いない。いや、密かに自負しているだろう。おれもカープに貢献できているのだ、と。もしもあの日、故・松田オーナーがスカウトに田村獲得を指示していなかったら……そう考えると、一人の選手をスカウトすることは球史を左右する可能性さえあると再認識できる。そしてそのドラマにファンはどっぷり浸るのだ。
惚れる力   ― カープ一筋50年。苑田スカウトの仕事術

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今年も運命のドラフト会議が10月25日に開かれる。この日蒔かれた種が一つでも多く花開くことを願っている。