黒柴スポーツ新聞

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ソフトバンク田上奏大の初登板を美談にできない理由

恐ろしい。ソフトバンク田上奏大の初登板を見ての感想だ。その恐ろしさとは、田上の力強い球威のことじゃない。この逸材が育成契約になっていたことだ。育成契約そのものを否定するつもりはないが、やはり育成は育成。支配下登録されないといわゆるプロ野球の試合には出られない。選手からしたらそういう環境に「突き落とされた」ことにはなろう。

三笠GMは「フロントの見立て違い」と言ったらしい。それがどんなトーンだったのかにもよるが、急成長を予測できなかったという。田上は履正社高校出身だが元々は野手。肩の強さを買われて投手に転向したからまだまだ「原石」だ。それをドラフト5位指名したのだからよほどスカウトが推したり惚れ込んだのかもと想像する。じっくり育てようとまさに育成するための育成契約だったのかもしれないが、田上にしてみたら入団した年のオフにいきなり育成になって、とまどいはあったことだろう。確かに支配下登録には枠があり、そこからはみ出ざるを得ない人は出てくる。じっくり育てるという趣旨や枠などそのあたりは田上も理解していたようだが。

急成長うんぬんについては田上初先発の中継でも触れられていた。そこで解説の加藤伸一が「急には成長しない」とバッサリ。元からいいもの持ってるのに評価してもらえなかったんじゃないの?というニュアンスに聞こえた。そう、今回言いたいのはそれだ。新年度はさも明るいイメージだが、受験や就職、人事異動で必ずしも全員が明るい春を迎えられたわけではない。不本意なスタートの人もいる。滑り止めの学校や会社に進んだかもしれないし、渋々新しい職場で働き出した人もいるだろう。就職活動で連戦連敗だった私も少しは気持ちが分かる。だが、うまくいかなかったとしても自分を全否定しないでほしい。田上のように外的要因やら周囲の「思い違い」でそういう判断になっただけかもしれない。正当な評価を得られないことは生きていく上で何度もあり得る。

大事なのは、その時に自分を見失わないことではなかろうか。田上は力強い投球を続けたことで支配下登録への道が開けた。ソフトバンクには広島を戦力外になり独立リーグの門を叩いて再びNPBへの切符をゲットした藤井皓哉もいる。2人とも相当努力したことだろう。そして自分の可能性を信じ続けたことだろう。

だから不本意な春を迎えた人は結果を出すことで、当初志望していた所を見返してほしい。そこに行けないと分かったら、自分を評価してくれなかった所のことは秒で嫌いになっていい。オレを落とすとは見る目ねえよなくらいに。もちろん口に出さず、胸の中で叫んでエネルギーに変えること。手のひら返してゲンキンだなと思われそうだが、入学させない、就職させないということは、それくらい切実なこと。人生がかかっている。斬られた人には斬られた人なりの流儀がある。いわゆる「倍返し」。

藤井を戦力外にした人は藤井の4年ぶり勝利をどうとらえただろうか。田上を育成契約にした人は田上の好投を見てどう感じただろうか。正直なところ、見立て違いなんて言ってほしくはない。才能をつぼみのまま終わらせかねなかったことに恐怖を感じてもらいたい。世の中的には田上や藤井の支配下登録復帰と好投を美談にするだろうが、才能が必ずしも開花するわけではないことと、人は必ずしも正当な評価を得られないというのが真実だ。自分の評価は他人が決めるとノムさんは書いているらしいが、うぬぼれでなければ自分の可能性は自分が最後まで信じ続けていいと思う。

けさ目についた記事ではスポーツ報知の、【ソフトバンク】19歳・田上奏大、デビュー戦で自己最速の155キロ 堂々の6回途中無失点 がよかった。おじさんで元ソフトバンク捕手の田上秀則のこと、おじいちゃんが投手転向を薦めてくれたこと、お母さんがガンになってしまったこと、母子家庭だと大学進学にお金がかかるからとプロを目指したこと…。この記事読んだら田上をますます応援したくなった。世間的には今は佐々木朗希一色だろう。でもソフトバンクにも田上という楽しみな若者がいる。完全試合とはひと味違うヒリヒリを感じられそうだ。頑張れ、頑張ろう、田上!


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