黒柴スポーツ新聞

ニュース編集者が野球を中心に、心に残るシーンやプレーヤーから生きるヒントを探ります。

荒法師も野武士も仮面だった~さらば西鉄の強打者・豊田泰光

人のイメージなんて本当かどうかあやしいものだ。世間で知られている姿が本来の人となりとは限らない。


8月14日に亡くなった元西鉄の強打者、豊田泰光さんもそうだ。荒法師と言われていた、と黒柴スポーツ新聞編集局長が愛読する新聞のに掲載された追悼記事に書いてあったが、実際それは仮面だった。本人が「風雲録」に書いていた。

ニヒルで肩をいからせて歩く。豪快な性格。それは本当の自分ではないが、押し付けられたイメージだった。ただしやりやすかったとも書いてあった。キャラに合わせて行動し、優等生ぶる必要もなく、言いたいことが言えたからだ。


それは豊田さんだけでなかった。西鉄ライオンズ=野武士集団と言われるがみんな繊細だったという。「結果がすべてじゃ!」を合言葉に利口ぶらず、あえて野武士のイメージにどっぷりつかって燃え尽きたのが西鉄ライオンズだった。


西鉄ライオンズを率いた三原脩監督は名将、知将だがこの頭脳に対し西鉄ナインは「考えることができる手足」であり、頭脳に対し要求ができる手足だった。監督が出すサインのほかに選手間でサインが決められていた。例えば一番高倉照幸が1塁に出塁している時、二番打者の豊田さんがベース板をバットの先でバンとたたくと「走れ」のサインだった。今の選手と違うのは監督のサインの先が読めていたことだという。


野球選手でなくとも見習いたい姿勢だ。別に仕事は上司に指示されるものばかりではない。むしろ自分で提案したり企画してやるものこそ仕事と言える。誰だって自発的な行動の方がモチベーションが高い。だからうまくいく確率が上がる。ここは送りバントだエンドランだと指示されてやるよりも、最初から送りバントがいい、エンドランでいくべきだと思っているバッターがやる方がうまくいくに決まっているのと同じだ。


豪快なイメージの裏で考えて野球をやっていたライオンズ。豊田さんの急な訃報であわてて「風雲録」を読み返していたのだが、西鉄ライオンズの野球や個性派集団の生きざまは人生の示唆に富んでいる。豊田さんの冥福を祈りつつ、しばらく「風雲録」を楽しもうと思う。機会があればぜひご一読ください。


きょうの1枚は豊田泰光首位打者1回、新人王。高卒1年目から27本塁打を放った。風雲録はまだ何割かしか読めていないが口の悪さは相当だったようだ。コーチ歴が少なく監督未経験なのはこのへんが作用したのでは?というのが黒柴スポーツ新聞の分析だ。豊田さんの本心を分からずに言葉だけ受け止めるのは無理な話。上司の言葉の意味はよく洞察して受け止めねばなりません。

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