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黒柴スポーツ新聞

ニュース編集者が野球を中心に、心に残るワンシーンやプレーヤーについて綴ります。

上司の指示に頼っていてはアグレッシブな仕事ができない~通算三塁打106本の毒島章一

イチローが通算三塁打福本豊に並んだと新聞で読んだ。数字の上で、という書き方がおしゃれ。もう日本通算だの日米通算だのイチローの記録は節目にただし書きがつけられてうっとうしい。本人もさぞ迷惑だろう。その点数字の上ではという表現は福本へのリスペクトも若干ながら含んでおり記録の記事はこうあってほしいと思ったことだった。


さらに福本のコメントが秀逸。「名前が出てうれしい。福本は盗塁が多いだけやなく、三塁打もこんなに打っていたのかと、多くの人に知ってもらえる機会になった」とタイ記録を歓迎。記録を抜かれてすねている(演技かもしれないが)ピート・ローズにも見習ってほしい姿勢だ。福本は「三塁打はファンも見ていて面白いし、やっている方も楽しい。日本の若い選手も負けじと、もっとトライしてほしい」と現役選手に期待までしている。素晴らしい考え方だ。


福本とイチローは通算115本。次はシーズン18三塁打記録を持つ金田正泰かと思ったら毒島章一だった。ぶすじまっていつもすごい名前だと思ってしまう。「プロ野球記録大鑑」の三塁打の項を見ていたら毒島の言葉にしびれた。

「コーチの指示に頼っていては三塁打は生まれない」


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三塁打は守備位置のあやなり、外野手が一か八かで突っ込んだ挙げ句の後逸なり、アクシデント的な要素も求められる。それにしても打者走者の脚が速いことに加え、プロ野球記録大鑑の文章を借りれば「突嗟の判断力、ベースターンの技も不可欠な条件」。これは社会人にも参考になる考え方だ。


だいたい仕事ができる人は段取り上手なのだがよく見ているとアクシデントにも強い。そもそもアクシデントがあっても吸収できるくらいの余裕とスキルがある。突発的なことへの対応力が違うのだ。


暴走と好走は紙一重という言葉がある。だがそれは素人が見ている場合であり、実はプロは次の塁に行ける脚力と相手の返球の精度を走りながら計算し行けると判断して二塁を蹴っている。そつもない。無駄もない。いちいち三塁コーチがゴーだのストップだのどんなジェスチャーをしているか見ていたらスピードは維持できない。


いつも現場がイケイケで「行けると思いましたがアウトでした」というのもカッコ悪いが行けたら行くくらいの覚悟がないとスピード感のあるダイナミックな仕事はできない。指示待ちでは失敗も少ないが成長も少ない。脚力があるうちはどんどん次の塁を狙うように仕事をしたいものだ。


今乗りに乗っている広島快進撃の理由は二つ先の塁を狙う広島の伝統だと小早川毅彦が解説していた。アグレッシブな姿勢はライバルへのプレッシャーにもなるのだ。


「コーチの指示に頼っていては三塁打は生まれない」


これを福本ではなく毒島が言うところに味がある。毒島は東映の主力だったがタイトルには縁がなかった。2056試合で1977安打。通算2割7分7厘。真面目人間で通した18年だったという。金田が持っていた103本の通算三塁打記録を抜いた104本目は阪急の長池徳二が突っ込むも軟弱なグラウンドに足をとられ後逸している間に三塁を陥れたものだった。プロ野球記録大鑑にはこう書かれている。


「引退をかけた土壇場の年に生まれた幸運の新記録104本目は、毒島の努力と執念に対する天からの贈り物だったような気がしてならない」


その後106本にまで伸ばした毒島の唯一の記録を福本とイチローは9本も上回ってしまったのだから記録の世界は何と残酷なことか。しかしイチローが記録を更新するごとに過去の名選手に光が当たる側面もある。これはイチローの素晴らしい功績だ。

毒島は1957年6月23日の近鉄戦でサイクル安打を達成したが三塁打二塁打、安打として残ったホームランはランニングホームランで締めた。