黒柴スポーツ新聞

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美しく咲いた東京五輪の花よ永遠に~後藤正治「ベラ・チャスラフスカ 最も美しく」より

3日連続で新聞をネタ元にする。1989年のきょう、12月4日は、1967年から1968年にかけて高揚期を迎えたチェコスロバキアの政治改革運動「プラハの春」について、ワルシャワ条約機構5カ国首脳が内政干渉だったと自己批判する声明が発表された日だという。



プラハの春」には、1964年東京五輪の女子体操個人総合金メダリスト、ベラ・チャスラフスカが関わっている。



改革運動を支持する「二千語宣言」には作家、俳優らが署名。チャスラフスカも署名し、それを撤回しなかったことで人生が追い込まれていったのだった。



東京の次の1968年メキシコ五輪でも連覇を果たしたチャスラフスカの現役時代は知らないが、男女を問わず、その美しさに魅了されたようだ。黒柴スポーツ新聞編集局長の尊敬する後藤正治先生の「ベラ・チャスラフスカ 最も美しく」で知った。




作品の中でも触れられているが、美しさと技、どちらが体操競技で求められるのかという話を一度書いて見たかった。




前者の代表格がチャスラフスカ。五輪の名花という表現は写真を見て納得。エレガントという表現がぴったりに思える。女性、しかも女子体操選手をも虜にしたことから、決して男性目線の評価ではなかったことが分かる。

桜色の魂~チャスラフスカはなぜ日本人を50年も愛したのか

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後藤正治先生はチャスラフスカを「開花する寸前、こんもりと花弁を巻いた赤いバラ一輪」と表現している。




後者はナディア・コマネチ。10点満点を連発し「白い妖精」と称された。1976年モントリオール五輪個人総合で金。1980年モスクワ五輪では銀メダルを獲得した。線の細さは難易度の高い技を繰り出す上で必要なのか。チャスラフスカの丸みを帯びたラインとは対称的だ。

コマネチ若きアスリートへの手紙 新装版

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年齢的にはチャスラフスカよりコマネチに親近感を持ちそうな黒柴スポーツ新聞編集局長だが、印象に残っている体操選手はボギンスカヤ(ソ連ベラルーシ)。コマネチが決定づけた体操女子のイメージを再びチャスラフスカ時代に戻せそうな雰囲気を持っていた。「氷の人形(アイス・ドール)」という異名だったそうだが確かにきりっとしている。




ボギンスカヤは1980年代後半から1990年代前半に強さを誇ったそうだ。編集局長が初めてその名を知ったのは1992年のバルセロナ五輪。ただしこの時は後輩のタチヤナ・グツー(ウクライナ)が個人総合で金メダルを取り、ボギンスカヤはメダルを逃した。それでも気品のあるたたずまいになぜか心を奪われた。




ボギンスカヤはベラルーシの出身だが1988年ソウル五輪ではソ連代表として出場し個人総合で銅メダル。1991年にソ連が崩壊したため1992年のバルセロナ五輪独立国家共同体EUNチームの一人として出場し団体で金メダルを獲得している。




もしも東京五輪をリアルタイムで見ていたらきっとチャスラフスカの容姿や演技に心を奪われただろうということはボギンスカヤに好感を持ったことから想像できる。別にことさら外見で体操選手を選ぶつもりもないが、「演技の美しさ」はこれからも体操競技の中で求めてもらいたいと考えている。




技と美。どちらが優先されるべきと考えるか?と後藤正治先生は取材先の、ロシア体操連盟副所長に問うている。その答えは「女子体操はアーティスティックなものであってほしいですがね。ただ高度な技を追い求める流れは止まらないでしょう」(文春文庫199ページ)だった。




日本体操界では田中理恵が一時、小柄な少女らが繰り広げる争いの中で独自のポジションを得たが彼女も引退。2016年リオデジャネイロ五輪の日本女子チームは平均的に小柄だったと記憶している。それで日本チームを応援しないというわけではないのだが、2016年にチャスラフスカが亡くなったこともあってかつての「美しさ」を求める体操もいいなあと考え書いてみた。
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プラハの春に対し、1968年8月、ソ連主導のワルシャワ条約機構軍がチェコスロバキアに侵攻する。その年10月に行われたメキシコ五輪チェコスロバキア女子体操チームは黒のユニフォームで参加する。祖国の事態、ソ連への強い憤りを表していた。




個人総合でチャスラフスカは金メダル。2位と3位はそれぞれソ連のジナイダ・ボロニナ、ナタリア・クチンスカヤだった。団体は1位がソ連、2位がチェコスロバキアだった。チャスラフスカの演技は鬼気迫るものであり、表彰式では鎌と槌の国旗掲揚に対しそっぽを向いたという。




「ベラ・チャスラフスカ 最も美しく」ではこうしたチャスラフスカの生き方を描いている。同時代の体操選手や指導者らの証言を丁寧に紹介することでよりチャスラフスカの「節義ある」人物像を濃くしている。チャスラフスカのことを知っている世代にも、そうでない世代にもぜひ読んでいただきたい。

後藤正治ノンフィクション集 第7巻『ベラ・チャスラフスカ』節義のために『マラソンランナー』

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