黒柴スポーツ新聞

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黒い霧事件で消された西鉄ライオンズの名投手・池永正明~高山文彦「怪物の終わらない夜」を読んで

前回、後藤正治さんの「不屈者」に収録されている「幻の史上最速投手」を取り上げた。黒い霧事件に巻き込まれた東映フライヤーズの元投手、森安敏明の物語だ。今回はそこから派生して、同じく黒い霧事件により大好きな野球を奪われた西鉄ライオンズの元投手、池永正明の物語を紹介する。テキストは高山文彦著「運命[アクシデント]」。

運命(アクシデント)

運命(アクシデント)

 

 

プロ野球選手が八百長行為をしたとされる黒い霧事件では、選手6人が永久追放になった。そのうちの2人、森安敏明は、敗退行為をしてもらうために別の投手に渡してくれと託された金を返しそびれた。池永正明は元西鉄の先輩投手、田中勉(当時は中日)から八百長行為を頼まれ現金を渡されたが、先輩の顔を立てて返しそびれた。森安、池永はそれぞれ八百長行為を否定したが、永久失格処分が下されてしまった。1970年のことだった。

「運命」(文藝春秋)は単行本で、三つの選手のストーリーで構成されている。最初が、守備中に吉村禎章と激突してしまった元巨人の栄村忠広を取り上げた「ライジンク・サン」。二つ目が池永の物語「怪物の終わらない夜」だ(三つ目はバイクレーサー、ウェイン・レイニーの「汝自身の神」)。栄村忠広については以前取り上げたので(黒柴スポーツ新聞注目記事でなぜか常に上位)そちらをご覧ください。

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黒い霧事件に巻き込まれた森安敏明もかわいそうだが、池永正明を追放したことは球界の大損失だった。池永はプロ入り後の5シーズンで99勝。「怪物の終わらない夜」で紹介されているが、高卒後の5年で池永を上回るのは稲尾和久の139勝、金田正一の100勝だけだ。ほぼ順調に二桁勝った松坂大輔ですら67勝だったから、いかに池永が有能だったか分かるだろう。こんな名投手が八百長をやること自体あり得ないのだが、事件後の姿から垣間見える池永の一本気な性格からしても、八百長行為を承知して金を受け取ることも考えられない。「怪物の終わらない夜」に書いてあるが、池永に金を渡した田中勉自身、雑誌の取材に「人に言われてとにかく池永に渡してくれといわれた金だった。私は池永は絶対に受けとらんと思っていた。金なんかで動くはずがない。金を渡してくれと言った男に私はそう言ったんだ」と答えている。ここで思う。じゃあなぜ池永に金を渡しにいってしまったんだよ、と。田中自身、金を返すに返せなかったのか。

池永正明と、その時代

池永正明と、その時代

  • 作者:岡 邦行
  • 発売日: 1996/08/01
  • メディア: 単行本
 

 

「怪物の終わらない夜」でも主張されているが、黒い霧事件の処分は不可解だった。八百長を働きかけた田中勉は厳重戒告処分(と作中では説明されているが、疑惑のかかった田中は1969年に中日を自由契約となり、そのまま引退となったので1970年裁定では処分対象にならなかったと、北原遼三郎「完全試合」で紹介されている)。池永の永久追放とは雲泥の差だ。これについては、見逃せない発言が「怪物の終わらない夜」に紹介されている。田中勉は重い処分にならない代わりに、ある球界筋から口止めされたというのだ。「あの当時、西鉄以外の選手で、実際に八百長をやった選手は今すぐにでも70人の名前を出せますよ」。70人という数字がどうかは分からないとしても、この田中発言は重い。「怪物の終わらない夜」で書いている通り、「この話がほんとうであれば、池永は人身御供にされたと言えなくもない。消えたのではなく、消されたのだ」

 

なお、Wikipediaの「黒い霧事件」には「一方で、この事件が結果的に後の野球人生にプラスの影響をもたらした選手もいた」として、黒い霧事件でズタボロになり低迷した末に球団が売却された西鉄以降西武まで奮闘した東尾修が紹介されているが、冗談じゃない。文中にあるように東尾が数字を残せたのは彼が努力したことと「結果的に」であって、決してプラスの影響はなかったと思う。東尾は愛する野球を奪われた池永の無念が分かるからこそ、池永が引退後に開いた中洲のバー「ドーベル」に通ったのではないか。

ドーベルは2007年に閉店したそうだが、「怪物の終わらない夜」では店の様子が丁寧に描かれている。「池永さん、希望を有り難う!!」などなど、店のトイレには池永を思う落書きで埋め尽くされていた。なお、「怪物の終わらない夜」はもともとNumber PLUS August 1999 スポーツ最強伝説③に掲載されており(タイトルは「海峡-池永正明の半生」)、そのカット写真としてトイレの落書きを確認することができる。「海峡」というタイトルだった意味はぜひ作品を読んでかみしめていただきたい。

「怪物の終わらない夜」はこんな場面で終わる。森安の遺影を持った池永が、オールスター戦、野球殿堂入り表彰後の芝生の上に立っている……という高山文彦の想像だ。高山文彦も、池永正明も、それが実現すればという思いではあったが過去に池永の復権運動が実らなかった経緯もあり、二人とも本当に淡くはかない期待を何ミリかしか持っていない雰囲気だった。期待すらしていなかったかもしれない。だが思いはついに結実した。2005年、池永正明復権が認められたのだ。永久追放処分から35年たっていた。
これは喜ぶべきことかもしれない。しかしそれ以上に忘れてはいけないと思う。濡れ衣を着せられた池永さんの無念さを。愛する野球を奪われた池永選手の悔しさを。野球は最高の自己表現だったに違いない。野球を奪われた池永さんの、事件後の人生も大切だがやはり現役時代の輝きは特別だった。だからこそ言いたい。その人らしさを奪うようなことはあってはならない。組織の論理で個人が抹殺されることはいまだになくなっていない。黒い霧事件のような悲劇が二度と起こらないよう、一人一人の人生が尊重される社会であれと強く願う。


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