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黒柴スポーツ新聞

ニュース編集者が野球を中心に、心に残るワンシーンやプレーヤーについて綴ります。

シーズン佳境に阪急80周年イベントを行うオリックスのセンスのなさ

オリックスがまた限定ユニフォームで戦っていた。今度は何かと思えば胸に「Braves」の文字。オリックスブレーブス時代ね。渋いね。そう思っていたら、なんと阪急から数えて80周年記念イベントの一環であった。



イベント開催は9月3、4日と11日。もちろんオリックスファンなら周知のことだっただろうが、プロ野球ファンにどれだけ阪急80周年が認知されていただろうか?


しかも開催が9月。オリックスはとっくに優勝戦線から脱落。シーズンもたけなわである。ここで80周年イベントをやる意図がよく分からない。


きっと黒柴スポーツ新聞編集局長が知らなかっただけ。そう思ってオリックス球団のホームページをあさってみた。見つかったのは7月17日配信の記事。「THE ORIGIN of Bs ~蒼き勇者の閃光~ 」開催決定!と高らかにうたっていた。
※この記事はこちら http://www.buffaloes.co.jp/news/detail/5549.html


もちろんこれより前に記念イベント開催は決まっていたし、公にしたのがこの日というだけ。にしても、遅すぎやしないか? 中日も今年80周年だが2015年11月に80周年記念ロゴマークを載せて記念事業を告知している。
※記事はこちら http://dragons.jp/news/2015/80th-about.html



オリックスは阪急と近鉄という老舗、伝統球団が一緒になった割には歴史が生かせていない印象を持っている。そもそも近鉄と阪急は長年しのぎを削ってきたわけだからいきなり一緒になれというのが無理な話だった。ファンの方には気の毒以外に言葉が見つからない。



それ以前に大失敗だったのがブレーブスという愛称を捨てたことだ。ブルーウエーブになって、阪神淡路大震災後の人々に感動と勇気を与える優勝をしたのは立派。だがブレーブスという名前をなぜ放棄したのか? 阪急カラーを一掃したかったのだろうか。


オリックス・ブレーブスにはまだ阪急の「残り香」があった。オリックスが80周年イベントを告知した7月17日のデイリー記事をネットで見つけたが、それには「監督は上田利治氏、南海からトレードで獲得した門田博光を加え、松永、福良、ブーマー、門田、石嶺、藤井らが並ぶ強力打線は“ブルーサンダー打線”と名付けられた」とあった。残り香どころかまぎれもなく阪急ブレーブスプラス門田という豪華メンバーである。
※記事はこちら http://www.daily.co.jp/baseball/2016/07/17/0009293500.shtml




メンバーを見ていると余計にブレーブスのままでいいじゃないかという思いがこみ上げてくる。オリックス・ブルーウエーブとなった時点で、阪急でも、ブレーブスでもなくなってしまい、山田久志福本豊には帰るべき「家」がなくなったのである(指導者として縁は続いたが)。



そもそも、阪急から数えて80周年なのだから、阪急系のユニフォームを復刻すべきである。記念グッズにはユニフォームもキャップもある。これのうちのどれかでよかったんじゃないの??? 
※記事はこちら http://www.buffaloes.co.jp/news/detail/5665.html



新聞、映画、鉄道、通信系とプロ野球チームの親会社は時代を映す鏡のように変遷してきた。だから今後もチーム名が変わる可能性はある。それでもオリックスの失敗を考えれば愛称の変更はよくよく考えて行う必要がある。あえて変えるのであれば、マリーンズやベイスターズのようにがらりと生まれ変わること。伝統も生かしきれず、チームカラーもいまいちよく分からない。オリックスが低迷しているのはこのあたりが原因と思えてならない。思いついたように復刻ユニフォームを作るだけじゃなくて、阪急と近鉄の伝統、遺産を上手に生かして、もっともっとファンをわくわくさせてほしい。



きょうの1枚は加藤秀司。1979年のカルビーのカード。ブレーブスの文字が肉厚。カード裏にはカルビーファン投票4~6月集計 オールスター選抜選手発表と書かれていたが、加藤はパ・リーグ一塁手部門第2位で、総得票は1755とある。1位は誰だったんでしょうか?
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