黒柴スポーツ新聞

ニュース編集者が野球を中心に、心に残るシーンやプレーヤーから生きるヒントを探ります。

安打製造機・榎本喜八の殿堂入りを祝して

  

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榎本喜八が殿堂入りした。
史上最年少、31歳7カ月での2000安打。
通算2314安打。
2度の首位打者
残した足跡から言えば遅すぎるくらいだ。
だが稀代の好打者にまとわりついたものが、ようやく取り除かれた。
このことをまずは喜びたい。
名プレーヤーを掘り起こし、評価する。
殿堂の意義の一端を感じられた。

 

パンツ一丁で打撃練習

榎本喜八と聞いてまず浮かぶ画。
それはシャツとパンツ姿でバッティング練習をしているあの写真だ
下着姿なのは汗だくになるからなのか。
下は柔らかみのある土もしくは砂らしい。
裸足である。
なぜこの写真が思い浮かぶかと言えば、表情が尋常ではない。
いわゆるトスバッティングのための緩い球をとらえんがために凝視しているのだろうか。
猛禽類が獲物を見るような鋭さを感じる。
写真ゆえに撮影した直後の出来事は想像するほかない。
だが、鋭く振り落とされたバットは的確に真芯でボールをとらえたであろう。
打撃練習というよりは修行のワンシーンに思えてしまう。

 


それはあながち間違った表現でもないらしい。
榎本喜八の師匠は荒川博
後年世界の王貞治を育てた指導者だ。
臍下丹田に気を鎮める。
何のこっちゃと思われるだろうが、へその下当たりに気合を充満させるらしい。
これを意識の上で手足と結ぶことにより、しなやかな動きができるのだという。
このくだりは榎本喜八について書かれる文章には必ずと言っていいほど出てくる。
それでヒット打てるのかと訝ろうにも、実際結果が出てしまっている。
あとはこの理論を信じるかどうか、しかない話。


バットを構えたままじっと動かない。
腕を通じてバットには榎本喜八の血が注がれる。
だからバットを折ったら血が流れる、と言った。
大リーガーとの交流戦前にベンチで座禅を組んで動かなかった。
自宅に猟銃を持って立て籠った。

何がどこまで本当の話だろうか。
榎本喜八が引退後、指導者にならなかったり、なかなか殿堂入りしなかったこととは無縁ではあるまい。

 

沢木作品か松井作品か

 
榎本喜八については二つの作品が知られている。
一つは沢木耕太郎氏の「さらば宝石」。
引退した「E」という選手に興味を抱き、関係者の証言を使って人物像を浮かび上がらせている。

もう一つは松井浩氏の「打撃の神髄 榎本喜八伝」。
単行本になっている。
松井氏の文章はnumberの別冊「プロ野球 大いなる白球の軌跡」でも読んだ。


熱烈な沢木ファンが多いだろうと承知しながらも、本紙としては松井氏の文章に好感を持った。
異端者とされた人を、理解しようと格闘したからだ。

もう一つ、はっきり書いてしまう。
「さらば宝石」の「E」という書き方にどうしても馴染めなかった。
書かれた時代背景もあろうが、歴史に残る名プレーヤーを匿名にしたことに、どうしても納得がいかなかった。
そこは技術論だとしても、榎本喜八の本当の姿を伝えることに差し障りがあるように思えたのである。

とはいえ、別のご意見もあろうかと思う。
「さらば宝石」には確かに独特のオーラがある。
松井氏の単行本は手元になかったのでまた読んでみたい。
両作を読んだ方と喜八談義もしてみたい。


執筆にあたり、榎本喜八の野球カードを探した。
辛うじて1枚あった。
そして思わずうれしくなった。
榎本喜八の顔が笑っていたからだ。
榎本喜八の野球人生は苦しいことばかりでもなかったのではないか。
なぜかそう思わされ、救われたような気がした。

 

※写真は2001年版ベースボールマガジンの野球カードを使わせていただきました。

 

打撃の神髄-榎本喜八伝

打撃の神髄-榎本喜八伝

 

 

激しく倒れよ (沢木耕太郎ノンフィクション)

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