黒柴スポーツ新聞

ニュース編集者が野球を中心に、心に残るシーンやプレーヤーから生きるヒントを探ります。

森友哉は金髪をやめ才能を磨け

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※写真は1976年版?カルビーのカードを使わせていただきました。

 

成人式というのはどうしてこうも荒れるのか。

もっとも、何かあった所がニュースになるだけで、それら以外はつつがなく祝賀式典が終わったのであろう。

成人の日を前に見たある記事では、西武の森友哉が式出席を見送ると書いてあった(東スポ)。

せっかくの式だし、同級生もわんさか来るだろうから行けばいいのにと思ったが、記事では無用なトラブルを誘発する可能性もないことはない旨書いてある。

有名人だし、いろんな人が寄ってくるのかなと思った。

しかし、後日テレビに映った森を見て「こりゃ球団の人も心配するわ」と思ってしまった。

森がばっちり金髪だったからである。

がっかりした。

17本塁打で才能が開花しつつあると期待していたから、余計に。

金髪そのものがよくないというわけではない。

そういう余計な所に気が行っている、というふうに見えてしまったのだ。

 

元祖無冠の帝王

森を比較対象にするのはまだまだ早いが、未成年で4番を打った人がいたなと思いだした。

土井正博

19歳の4番打者、だったと思ったら、野球カード裏の解説には「18歳の4番打者」と書いてあった。

こりゃ、すごい。

21年で通算2452安打。

若い時から実力を発揮できたのだろう。

ホームランは465発放っているが、タイトルとは無縁だった。

「無冠の帝王であり続けた」と名球会HPでも書いてある。

が、1975年、近鉄から移籍した太平洋で初タイトルの本塁打王(34本)。

1971年に40本塁打、113打点でもタイトルに届かなかったのだから、タイトルを取る取らないは本当に時の運である。

 

二代目無冠の帝王

引退した土井が西武のコーチとして指導した清原和博もまた「無冠の帝王」と言われた。

最多勝利打点、最高出塁率者賞は取ったものの、本塁打王にはなれなかった。

これも運命のいたずらか。

しかし、男・清原。

きっと記録狙い、タイトル狙いではなかったからこそこうなったと思いたい。

清原は4番を張り、チームを優勝に導いた。

それで十分である。

 

タイトルの意義

ここでタイトルの意義について考えたい。

2015年最多勝のロッテ・涌井秀章は最後の登板機会で延長まで投げ、チームメイトがそれに応えて勝ち星を付けた。

これによりタイトルが取れたので、めでたしめでたし、となったのであろう。

しかし、ロッテはクライマックスシリーズを控えていた。

これを逆算して「投げすぎない」つまり最多勝は逃しても仕方ない、という考え方はできなかったか。

もはや連投連投という昔ながらのスタイルは時代遅れ。

だとしても、クライマックスに涌井はフル回転すべきだった。

それでこそエースだからである。

結果的に涌井はタイトルを取ったが、チームは敗れた。

タイトルよりチームの勝利が優先される。

それが本紙の見解である。

確かに時の運だから、取れる時に取っておこうというのは分からなくもない。

しかし、涌井ならまだ何度でもチャレンジできるはずだ。

それ以前に、「おれの勝ち星よりチームのファイナル進出だ」という気概を見せてこそ、チームで信頼感を得られるのではないか。

ここぞという時にどう動くか。

周りは見ていないようで、しっかり見ている。

社会人としても考えさせられる決断であった。

 

三代目になるのか

話を森に戻す。

森のパンチ力は惚れ惚れする。

よってファンの間でも捕手で行くのか、どこかを守らせるのか、指名打者で行くのか、議論があることだろう。

本紙としては、とにかく試合に出てくれたら注目したい。

土井、清原と比べるのはまだまだ早いが、打力には魅力を感じる。

3人はいずれも西武およびその前身(太平洋、クラウン)の選手である。

これで森が「三代目無冠の帝王」になったら、まさに歴史は繰り返す、だ。

しかし、森が帝王と名が付くくらいの打者に育てば、きっと西武は強くなる。

そのためにもさっさと金髪をやめてキャンプに備えてほしい。