小林対オマリーの14球を演出した中嶋聡引退
※写真は1993年版ベースボールマガジンの野球カードを使わせていただきました。
うっかりしていた。日本ハムの中嶋聡捕手が引退していたのだった。記事を見たような気もするが、その程度であって、しっかりとチェックしていなかった。これで阪急にいた選手がいなくなったのである。
エールをくれる生き方
阪急なんて、1989年からオリックスになってなくなっちゃったチームじゃないか。それはそうなのだが、中嶋が頑張って実働29年というプロ歴代1位タイ(ほかは工藤公康と山本昌)になったからこそ、元阪急の選手はいなくならずに済んでいた。工藤も山本昌も実力に加えて長くやっただけあって200勝を達成。記録にも記憶にも残る選手である。しかし中嶋は通算804安打。特筆すべき打撃記録はない。それでも必要とされたから、この年数プロで飯が食える。これもプロの世界ならではだろう。誰もがエースで四番じゃないし、そうでなくとも働き場所はある。社会人にエールをくれるような中嶋の生き方だ。
絶体絶命のピンチに
そんな中嶋で心に残ったシーンと言えば、オリックス時代のオマリーと小林の14球勝負だ。中嶋に敬意を表しつつ、YouTubeにアップされていた中継映像を活用させてもらいながら、あらためてこの局面を振り返ってみたい。1995年の日本シリーズはオリックス対ヤクルト。
第4戦1-1の同点で11回裏ワンアウト1、2塁。ヤクルト、サヨナラのチャンスでバッターボックスにオマリーが入った。ここまで打率5割3分8厘。対するは若き小林宏と中嶋聡のバッテリーである。
まずインサイド、スライダーで1ストライク。「よく球筋を見てましたね」。大矢明彦の解説がその後を暗示しているようで、不気味だ。しかし、続く2球目も内角にストレートが決まる。強敵・オマリーをいとも簡単に追い込んでしまった。
「こっからオマリーを打ち取るのが大変なんですよね」
関根潤三の解説が絶妙のタイミングで放り込まれた。
「打球は高々と舞い上がったぞ」
3球目は2球目より厳しい内角にストレート。観客たちがどよめいた。これで1ボール2ストライク。
4球目、内角の球をオマリーがファウル。「オーマーリー、オーマーリー」球場は大盛り上がりだ。
5球目も内角へ。またもファウル。
6球目、またも内角に構えた中嶋のミットとは逆の外に球が流れたが、またもファウル。
「ツーワンというカウントを有利に使うといいんですけどね」と大矢。
「そのへんの余裕がバッテリーにあるかどうかですね」とアナウンサー。
「余裕っていうか、もう勝負でいいんですよ。勝負でいいんですけど、投げ間違えしないことですね」
確かに、ずっと内角の厳しいところで勝負している。中嶋の性格を表したリードなのか。
7球目もインコースだが、やや甘かった。
「打った―!打球は高々と舞い上がったぞ」アナウンサーの絶叫と共に打球の行方をカメラが追う。
「イチローが追うけども、切れたか? 切れた! ファウル! ファウル!」オマリーもジャンプして悔しがる。
「だんだんとピッチャー追い込まれますよね」(関根)
「始末の悪いバッターね」
8球目は真ん中に甘い球が来たが、オマリーとらえ切れず。
「ここまで来たらもう若いバッテリーが思い切っていくっていうのも一つの手です」(大矢)
9球目は初めて外角に投じたが、低かった。
「よく見たね、オマリーも」(関根)徐々にオマリーに余裕が芽生えてきたか。
10球目も中嶋は内角に要求したが、ストレートをオマリーがファウル。この瞬間、くそっとばかりに右手でミットをパーンとはたいた。これが勝負球だったのか。
「バッテリーとしてはホントに始末の悪いバッターね」(関根)
「シャアっ」「ぐしゃ」
「セカンドランナーの橋上がホームを踏めば、4連勝でスワローズ日本一です」
11球目の外角の球をオマリーがファウル。マウンド上の小林が口を大きくあける。
「口の中が渇くんでしょう」
12球目は小林が外寄りに構えるも、球は内角へ。
「打った―、打球は伸びていく」8本目のファウルだったが、先ほどと同じくらいの大飛球となった。ざわつく神宮球場。
13球目を前に、初めて中嶋が小林の元へ。いったい何を伝えたのか。
13球目はやや抜いた内角の変化球だったが、オマリーはあっさり見送る。ボール。やや悔しそうな小林。これが決め球だったのか。気付けば、カウントは3ボール2ストライク。
「これから、嵐のように神宮球場拍手が起こります」
そして運命の14球目。
「空振り三振、小林勝った」
低めのストレートに見えるが、オマリーのバットは空を切った。くるっとバックスクリーン方向に向きかえり「シャアっ」と吠えた小林。中嶋も腰のあたりでガッツポーズ。「ぐしゃ」オマリーがたたきつけたバットが鈍い音を放った。