黒柴スポーツ新聞

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智弁学園優勝で思い出した張本勲の親友・山本集

業務の処理能力が追い付いておらず、センバツが楽しめなかった。気付いたら決勝が終わっているという体たらくである。そんな時に限って好勝負が繰り広げられるものだ。決勝は延長11回、智弁学園高松商業を2-1のサヨナラで振り切った。

 

当然ネット上はこの話題だろう。だが黒柴スポーツ新聞は何か変わった記事にしたいなとまずはOBを調べてみた。岡本和真(巨人)、山口哲治近鉄ー南海)。このへんまではスポーツ紙なら追ってくる。本紙はちょっと枠を広げ加治前竜一(巨人)で書こうかと思ったがもっとすごい人を見つけてしまった。

 山本集智弁の初代監督だ。しかしスパルタ指導と問題視され部を離れる。その後は何と暴力団の構成員を経て画家になるという異色の経歴だ。何より浪華商業時代は張本勲の親友である。ウィキペディアでこうした経歴を見た時、ビビビと来た。正確に書けば「思い出した」。張本勲の生涯について書いた山本徹美さんの力作「誇り 人間 張本勲」に出てきた人物だ。

男の散り際 “極道画家

男の散り際 “極道画家"山本集、最後のメッセージ

 
男前 泣いて笑って泥まみれ

男前 泣いて笑って泥まみれ

 

 張本勲は郷里広島で被爆したり、右手にやけどを負ったりと大変な苦労をしている。だが張本勲自身がそういうことをペラペラしゃべらないだけに、また3085本もヒットを打っているだけに活躍が当然のことだったと見られている。しかし本を読めば相当の努力の結果がこの数字とよく分かる。 

 そして家族を初めいろいろな人の支えがありプロ入りにつながるのだがその中の一人が山本集だ。2人ともとにかくやんちゃというか権太である。そんな生易しい表現では済まされなさそうなことも本には登場する。張本一家は裕福でない中、張本勲は大阪の浪華商業で甲子園を目指す。その中で山本集が声をかけてくれ腹いっぱい米を食べられるようになる。山本集のお姉さんがご飯を炊いてくれ、毎日ほぼ一升ペースだったという。しかしそれくらい張本勲は野球に全エネルギーを注いでいた。

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 山本集はいわゆる「ワル」であったが、張本勲のために行動ができた。張本勲は目に見えない力が動いて(というふうに本から読み取れる)甲子園出場は2回も幻となる。甲子園という夢がついえた時、あの張本勲も泣いた。そして山本集も大粒の涙を友のために流した。他人に暴力をふるうこともあるが友のために泣ける人物だったらしい。張本勲がプロ入りする時、上京する駅のホームに張本勲と以前ひと悶着あった男が乱入してきて騒動になりかけたが、山本集は騒ぎを鎮めるため土下座までした。

 

浪華商の番長ーすし店開業ー智弁学園初代野球部監督ー博打にのめり込むー庭石ブローカーー暴力団構成員ー山本組組長ー別の一家若頭補佐ー山本組解散ー油絵画家。本に書いてあった山本集の経歴だ。苦境に陥ると張本勲の素振りをする姿を思い出していたという。

 

捨てる神あれば拾う神あり。張本勲は甲子園出場を逃すも在日韓国人選手として日韓親善高校野球定期戦に出場。韓国で温かい歓迎を受け李承晩大統領とも握手をしている。張本勲らの日本選抜チームは韓国で15戦し14勝1分。張本勲は最優秀選手賞とホームラン賞をとっている。

 

智弁学園の試合は見られなかったが、優勝したおかげで素晴らしい本の存在が思い出せた。張本勲の人生のみならず在日の生き方も分かる本。年度初めでなかなか時間がないがまた読み返してみたい。興味がある方もぜひご覧ください。

誇り―人間 張本勲

誇り―人間 張本勲

 

 

きょうの1枚略して「きょう1」。もちろん張本勲です。フライヤーズ時代。これってあの日替わりユニフォームでしょうか?

 

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