黒柴スポーツ新聞

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サッシーと言えば指原莉乃ではなく酒井圭一~先頭打者から16連続奪三振

プロ野球の前半戦が終わったはずなのに、カーラジオからは野球中継が流れた。7月14日はフレッシュオールスターが行われていたのだ。


イチローは確かフレッシュオールスターでMVPになったよな。念のため検索したら1992年になっていた。当時はジュニアオールスターイチローの名前は鈴木(オ)と表示されていた。


若き日のイチローの野球カードを漁ろうとファイルをめくったら一人の選手に目がいった。酒井圭一。怪物サッシーである。サッシーと検索したら指原莉乃がヒットするかと思いきや上位には見当たらない。さっしーと平仮名でないとヒットしないのだ。


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総選挙で1位になったさっしーもある意味怪物だがサッシーは本当に怪物。長崎の海星高校出身なのだが長崎県予選で16連続奪三振。しかも先頭打者からである。


1976年夏の甲子園ではベスト4。秋のドラフトではヤクルトが1位指名した。ベースボールマガジン社の「プロ野球ドラフト史」を見ると指名順はヤクルトが最初だった。酒井指名は予想されていた。松園オーナーが長崎県五島の出身。酒井は壱岐の島出身だった。


同学年に原辰徳らがいるが原は大学進学。ドラフト1位酒井の契約金は3000万円だったが松園オーナーが「手取りで3000万円に」と800万円上乗せされたという。


プロの成績はというと6勝12敗。すぐにやめさせられたのかと思ったら逆で、実働13年もやっていた。3年目には打球が顔面を直撃。ボールを投げるのが怖くなったというがそりゃそうだと思う。むしろよく投げ続けたとさえ思う。けがも重なった現役生活だったようだ。


ドラフト上位ですら昨今は結果を待ってくれない。酒井が現代の球界でも13年もやれたかというと疑問がわく。しかしウィキペディアの年度別成績を見れば42試合登板した年もあり、細く長くやれた方なのかもしれない。


いかんせん超著名選手ではないため参考文献が見つからない。たまたまひとつだけ持っているベースボールマガジン(1978年5月号)のミニコーナー「私の趣味」でレコード鑑賞を紹介していた。外出があまり好きではないので暇な時はほとんど音楽を聴き頭と体を休めることにしていたという。長崎から出てきた青年が合宿にLPを300枚貯めるさまは何とも若者らしくていいが、例の契約金が原資かなとつい勘ぐってしまった。翌年打球が顔面を直撃するのでこのミニインタビューの爽やかさがちょっと切ない。


高校時代騒がれてもプロで大成するかは分からない。ビッグ3と言われた三人も、先日復活をかけ登板した由規は故障に泣いているし、唐川侑己も買ったり負けたり。中田翔だけはまあまあ順調だ。人間どこがピークだったかはすぐには分からない。酒井は16連続奪三振がピークだったのだろうか。


こう考えるとドラフト上位に大金を投じるのはばくち的な要素も感じる。ばくちは上品な響きでないので言い換えるが、上品に言えば宝くじのようなものだろう。とは言え松園オーナーは同郷の怪物に最高待遇を与えられて相当うれしかったと思う。先頭打者から連続16奪三振したら獲得に動くのは当然だ。酒井が6勝だったのは結果論なのだ。


酒井は打撃投手とスカウトの経験があるという。指名の時はどういう気持ちになるのか、若き日の自分とダブらせる瞬間はあるのか、ちょっと聞いてみたい。