黒柴スポーツ新聞

ニュース編集者が野球を中心に、心に残るワンシーンやプレーヤーについて綴ります。

変則フォームで自らの希少価値を高めた永射保

模倣。競技を上達する近道の一つである。昨日の高井保弘の回に書き込めなかったが、首位打者をとった佐々木恭介は高井のフォームを参考にしたという。


もちろん参考にしても自分の中に取り入れて結果を出さなければただの真似になってしまう。やはり相応の努力は必要だ。きょう紹介する永射保もフォームを固めるまでには苦労があったに違いない。



永射に興味を持ったのは左の下手投げだから。ただし連続写真で見ると横手投げにも見える。このフォームは阪急の大エース・山田久志の写真を見ながら、自分の姿を鏡に映して会得したそうだ(ベースボールマガジン社「憧れの記憶 連続写真で見るスーパー・スター 投手編」より)。




広島時代に外木場義郎の投球を見て「このままではプロで通用しない」と思ったことが始まり。サラリーマン的にもありがちな局面だ。会社に入ったはいいが先輩のようにやれる保障も自信もない…



永射が素晴らしかったのは希少価値を高めたこと。あんな先輩にはなれないと自分を追い込むのではなく前例のない左の下手投げに活路を求めた。それにしても山田久志をモデルにする発想が大胆不敵。確かに山田久志が左投げだったらものすごく打ちにくそう。だがそんなことを誰も考えつかなかった。


今でこそソフトバンクの森福らのようにワンポイントリリーフはいるが、永射はそればかりかロングリリーフ、先発もやった。1979年、80年、84年とリーグ最多登板も果たした。YouTubeで西武時代の投球を見たがいやらしく外角いっぱいに投じたり、内角高めで打者の胸元を持ち上げたりとやりたい放題。リーやソレイタは永射が大嫌いだったという。


18年で606試合も登板できたのは、若き日にオンリーワンになるべく努力したから。本格派を目指すか、異色の存在になるかはその人次第。だがオーソドックスな生き方だけが人生じゃないよと永射のピッチングは教えてくれている。



きょうの1枚は永射本人。ライオンズメモリアルというセットを買ったら永射のフォトカードが入っていた。どうせなら稲尾さんとか豊田さんのカードがよかったなあと思ったことは否定しないが、永射の足跡を知ってがぜんカードが輝いて見える。ゲンキンなものである。

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