グラウンドキーパーを見る目がきっと変わる、木村公一著「裏方 プロ野球職人伝説」
選手が出てくると引っ込んで、選手が引き揚げると出てくる人。グラウンドキーパーさんである。この仕事の奥深さを伝えてくれる作品がある。
木村公一さんの「裏方 プロ野球職人伝説」に収められている「もっと、もっと降れ グラウンドキーパー 辻啓之介」だ。
ある日曜日の巨人戦を控えた甲子園の舞台裏が紹介されている。作品中、試合に関する描写は一切ない。雨天中止になったからだ。それで一本の作品ができてしまうのだから着眼点と描写が素晴らしい。熱い場面に立ち会わなくても心がひりひりする作品はできるんだな。
散水、ライン引き、トンボでの土ならし。一つ一つの作業にテクニックが要求される。これはどの職種でも同じだろう。読者の皆さんが当たり前のようにやっているお仕事も一つ一つ見てみると、細かい、でも大切なこだわりがあるのではないだろうか。
人よりも短期間でハイレベルな技を習得しようと心がけた辻さん。最高のグラウンドを作ることに心を砕いていたが、選手のためのグラウンドを作ること大切だということに気付いていく。これも社会人として見習いたい心構えだ。職人気質を持つのは大事だが、ユーザーをないがしろにしてまで技を究めるのはいかがなものか。こだわりを強く持つ以前に大切にしなければならないものがあることを再認識するエピソードだ。
しびれるのは雨に耐えられると自信があったグラウンドに不具合の兆候を見つけたくだり。誤算を受け入れつつ、すぐに原因が分かっているのだ。テレビドラマで見た「下町ロケット」で主人公たちは不眠不休で不具合の原因を突きとめていた。これもプロだが辻さんにはすぐ思い当たる節があった。日々仕事に向き合っている人だからこそなせるわざだろう。
それにしても新聞紙上では「阪神ー巨人 中止」とたった1行で済みそうな日のことをこれだけ読み応えのある作品にしてしまう木村公一さんこそプロフェッショナルだな。こんな作品を書いてみたいなと思わされる逸品。ぜひ手に取ってみてほしい。球場に行った際は、裏方として頑張っておられるグラウンドキーパーさんに感謝したいものだ。
たまたまだが、5月3日に埼玉スタジアムで行われた浦和ー浦項の試合後に韓国選手がテーピングをピッチ上に捨て、それをとがめた浦和選手とあわや乱闘という事件があった。グラウンドを美しく保つ人をリスペクトする気持ちがあればこんなことは起きない。