黒柴スポーツ新聞

ニュース編集者が野球を中心に、心に残るシーンやプレーヤーから生きるヒントを探ります。

いつか神宮球場を思い出してきっと泣いてしまう【4】長嶋監督を見た

 

本紙編集局長がペプシマン=ジュースの売り子をしていた頃の話を続けます。

優勝争いまっただ中

1996年ペナントレースは巨人と中日がつばぜり合いを繰り広げていた。記憶と記録を照合した結果、この日は10月2日だったようだ。神宮球場で巨人がヤクルトに勝ち、中日が広島に敗れれば巨人が優勝する。アルバイトをしながら胴上げが見えるビッグチャンスが訪れた。

 

唯一のテレビ出演

売り子は別に試合開始より前に販売をしても構わない。ビジターチームの打撃練習中にレフトスタンドで売っていると、ホームラン性の当たりが近くに飛んでくることもある。それはそれで面白かった。なお、試合中に江藤智の打球が飛んできたことがある。帰宅したらスポーツニュースの試合のハイライト映像で0.3秒くらい映っておりそれがアルバイト期間中唯一のテレビ出演となった。

 

初めて感じたオーラ 

試合前に球場内部の通路を歩いていたら、背後が騒がしくなった。大勢の人がこちらに向かってくる。何かと思ったら輪の中心には長嶋茂雄監督がいた。ユニフォーム姿。帽子もかぶっていた。優勝決定試合になるかもしれないのだから、コメントを一言ももらすまいと記者がかじりつくのもうなずける。3時間後には優勝が決まるかも知れない状況で燃える男が熱くならないはずがない。本紙編集局長は生まれて初めてオーラというものを間近で感じた。それは記者たちも同じだったようだ。もみくちゃはもみくちゃだが、ミスターと記者との間には半径80センチくらいの距離が保たれていた。

 

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ミスタードーナツ

真ん中にぽっかり空間ができたドーナツのような輪がこちらに向かってくる。真ん中にミスターがいるのだからまさにミスタードーナツ。一瞬ではあるが本紙編集局長が最も好きなチョコファッションのチョコがかかったくらいの部分が欠けた。その時ミスターと目が合った。ただ視線の先に編集局長がいただけかもしれないが一生ミスターと目が合ったことにしておく。出会ったシチュエーションがよかった。何せ優勝争いまっただ中の球場でわずか4メートルほどの至近距離だったのだから。ミスターの現役時代を知る人々が熱狂し崇拝する気持ちがよく分かった。めちゃくちゃカッコよかった。

 

仁志の美しいホームラン

試合は1回、仁志敏久が先制弾をレフトスタンドに叩き込んだ。編集局長は内野席で販売中だった。カン!という甲高い打球音に反応し振り向くと漆黒のレフトスタンド上空に白球が高々と打ち上げられていた。滞空時間が長い。ようやく落ちてきた打球はカクテル光線に彩られ一瞬オレンジになり大観衆の中に吸い込まれていった。大喜びの巨人ファン。「きょう優勝決めるぞ!」

 

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広島の応援団現る?

試合はマックのダメ押し弾で2-0。槙原寛己が完封した。しかし中日ー広島戦がまだ終わっていない。巨人ファンはそのまま球場にとどまった。バックスクリーンでは急きょ中日戦を中継してくれた。ここで応援団が味な演出をした。カープの選手のテーマを演奏したのだ。さすが上手な人は他球団の選手も吹けるものだ。記憶が定かではないがきっと隣の人と互い違いに立って応援するスタイルをしたことだろう。この応援はやってみるとむちゃくちゃ楽しい。この日は中日が意地を見せ、残念ながら編集局長のアルバイト中の胴上げ観賞はならなかった。その後も粘り中日は10月6日の巨人戦直接対決へ。ご存じのとおり巨人が中日を下し優勝を決めた。その日はナゴヤ球場最後の公式戦だった。いわゆるメークドラマ最終章。この時のことはまた別の機会に。

 

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いい職場でした

長嶋監督を至近距離で見られたことだけでも神宮球場でアルバイトをしたかいがあった。楽しい職場ではあったが定期的な収入を得るには難があり、1996年シーズンをもって引退した。スタンドから見る薄暮時の空は美しかった。最初は受け狙いで連載タイトルを付けたのだが本当にいつか神宮球場を思い出して泣いてしまうのかもしれない。