黒柴スポーツ新聞

ニュース編集者が野球を中心に、心に残るシーンやプレーヤーから生きるヒントを探ります。

満塁男・駒田監督就任で高知ファイティングドッグスは生まれ変わるか

 

四国アイランドリーグplus高知ファイティングドッグス監督に駒田徳広氏が就任した。

現役時代は巨人、横浜でプレー。

今知ったが、投手としてドラフト2位入団だったそうである。

1983年4月10日、対大洋戦で史上初の公式戦初打席満塁ホームランの衝撃デビュー。

横浜では2000安打も達成した。

高知でプロを目指す若者に、これからどんな指導をするのだろうか。

楽しみである。

 

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 ※2001年版ベースボールマガジンの野球カードを使わせていただきました。

近鉄まさかの3連勝

今回はデビュー戦の一発ではなく、意地を見せたホームランの話。

1989年の日本シリーズは巨人と近鉄の戦いであった。

原辰徳中畑清クロマティ岡崎郁篠塚和典ら巨人は戦力がそろっていたが、近鉄がまさかの3連勝。

その3戦目のヒーローインタビューで事件は起きた。

 

加藤哲郎の爆弾発言

「たいしたことない」

近鉄加藤哲郎がそう言い放ったのである。

これを知った巨人ナインは激怒し、その後の逆襲につながったというのが定説。

実際日本シリーズ後の優勝特番で中畑も「この野郎と、(やり返す)力になった」と述べている。

ただし25年後にこれを振り返る別の番組に出演した加藤も、駒田も「巨人の3連敗は事実」として「そりゃそう言うだろう」とまさかの同意見であった。

 

溜飲を下げた一発

リベンジの象徴とされたのが駒田なのには訳がある。

雌雄を決する第7戦で先発加藤の高めのストレートを一閃。

打った瞬間、開いた両手を高々と突きあげた。

打球はスタンドへ。

駒田は3塁ベースを回る時に「ばか」「バーカ」と言った。

この時日本中の巨人ファンは溜飲を下げた。

駒田も1989年の特番では「言われても仕方ない」とは言っていたが、そこはプロ。

心に期するものがあったに違いない。

 

アナウンサーが神対応

優勝特番でアナウンサーにあの時なんて言ったんですかと突っ込まれた駒田。

口パクで「ぱ、か」とおどけ、スタジオは大爆笑。

この後のアナウンサーが、今風の言い方でいう「神対応」をした。

「ありがとうと言ったんですね!」

 

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 ※1993年版ベースボールマガジンの野球カードを使わせていただきました。

中畑と栗橋が抱き合う

なお、この試合をもって中畑は引退。

試合のダメ押しとなる一発が現役最後の打席になったのは有名だ。

試合後、中畑に歩み寄る選手がいた。

近鉄の栗橋茂。

彼も引退を決めていた。

二人は肩を抱き合った。

優勝特番藤田元司監督は言っていた。

近鉄は親しみを持つチームだった」

試合さえ終われば、野球選手は一人の男に戻るのである。

 

大きなお世話、でもなかった

2014年、駒田と加藤が出た番組は爆笑問題が仕切る「大きなお世話TV」。

駒田は加藤に一言物申そうとスタジオ入りしたそうだ。

しかし、やられたらやり返すのがプロだ、とか、今は向かっていくものがない、などと両者は次第に意気投合。

それはテレビ的な流れだったのかもしれないが、本質は言い当てているように見えた。

80年代が終わると、プロ野球がスマートになりすぎたのだ。

 

乱闘が激減

本紙も気になっていた。

近年、乱闘が激減したのではないか。

本紙編集局長は争い事が好きではないが、闘争心は好む。

真剣勝負ならなおさらだ。

昔の太平洋対ロッテ、とまではいかなくとも、遺恨試合や因縁の対決は見ていても面白い。

ただの1試合、ワンプレーではなくなるからだ。

そうでなくとも選手は一投一打に人生が懸かっている。

必死さはきっと観客に伝わるはずだ。

 

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闘魂注入を

そんな意味でも高知の監督に熱い駒田氏が就任したのはいいアイデアに思える。

まさに闘魂注入。

やられたらやり返すの意気込みをチームに植え付けてほしい。

きっとリーグ全体が盛り上がるに違いない。

シーズンオフには愛弟子が一人でも多くプロ野球に入れますように。

そして、駒田氏ばりに激しく熱いプレーで観客を沸かせてもらいたい。