黒柴スポーツ新聞

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勇猛果敢!ソフトバンク野村勇の快足の原動力とは

盗塁、タッチアップ、ギャンブルスタート。ソフトバンクのルーキー野村勇がノーヒットでの勝ち越し点をゲットした。実況のアナウンサーは要因を「脚の速さ」としたが、解説の初芝清は脚の速さプラス「思い切りのよさ」だとした。

その思い切りのよさはどこから来るのか?
「いきなり緊張した場面で代走があると思うけど、オープン戦の感じでいけば大丈夫。プロに入る前からタイムには自信があるし、思い切ってスタートを切りたい」(スポニチアネックス記事、ソフトバンク ドラ4・野村勇 プロ初盗塁&神走塁で開幕4連勝呼んだ!藤本監督「見事」3連発 より)
そう、自信である。自分を信じると書いて自信。信じられるから体も動く。


引き合いに出して申し訳ないが、周東との違いはそこではないか。あれだけ脚が速く人がうらやむほどなのに、どこか自信なさげ。思い切ったスタートが切れないうちに牽制死があり、走塁死があり…スタメン落ちどころか、故障もあり1軍にも残れなくなってしまった。あの黄金の輝きはどこへ行ってしまったのか。


もちろんデビューの時は怖いもの知らずだから、周東も翼を得たかのように走りまくっていた。結果も出した。しかし代走やスタメンで結果が出ないうちに自信をなくした、自分の脚力を信じられなくなってしまった…そんな悪循環ではなかろうか。


反面、野村勇はイケイケのはずだ。何せ入ったばっかりだし、何よりすでに25歳で即結果を出さねばという覚悟がある。背番号99というのもあとがない感がにじみ出ている。かつ、娘さんまでいる。背負うものがある、守るものがあるから余計に頑張れるというものだ。


野村勇の本塁突入を見てある選手を思い出した。阪急などでプレーした簑田浩二。1977年、巨人との日本シリーズ第2戦で代走で出塁すると、レフト前ヒットで二塁から果敢にホームに突っ込み1点をもぎ取った。簑田も野村勇(NTT西日本)と同じく社会人野球出身(三菱重工三原)。22歳でのプロ入り決断、奥さんは身ごもっていたという。


本塁突入で名前を売った蓑田は阪急の主力になり、1983年には史上4人目のトリプルスリーを達成した。果たして野村勇の今後はどうか。昨日は代走で生還後そのまま三塁の守備へ。強烈な三塁線のゴロを難なくさばき、守備力の高さも見せた。オープン戦では2本ホームランを打っており、走攻守、それぞれでアピールし続けたらスタメン定着も十分ありと見た。勇という名前のごとく勇猛果敢なプレースタイルを見せつけた野村勇。アグレッシブなプレーに期待したい。


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