黒柴スポーツ新聞

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回り道、成功したら近道に〜ソフトバンク藤井4年ぶりの復活勝利

ソフトバンク藤井皓哉が4年ぶりの勝利。4年ぶりと聞いて、思わず自分と重ねてしまった。私にもやりたいことができなかった3年間の空白がある。そこで失ったものと得たものは、他の誰とも共有できるものではない。きっと藤井もそうだろう。

藤井はドラフト4位で広島に入団。しかし結果が伴わず2020年に戦力外となった。転機となったのは独立リーグ高知ファイティングドッグス入りだ。かつてこのチームに、NPB復帰を目指した大物が入団したことがある。伊良部秀輝藤川球児だ。伊良部はプロ1軍の試合ではあり得ない、午前中からの試合にも投げた。ヤンキースタジアムでも投げた男が高知市営球場で暑い中投げる。そこにNPB復帰を目論む情熱を見た。ミーハーな私は即席サイン会に並んだ。「絶対プロ復帰してください!」。勝手に熱くなった私は握手してもらう時そう声を掛けていた。伊良部は照れ臭そうに「行けるかなぁ」と応えてくれた。伊良部はその後、帰らぬ人となったが、見かけとは真逆の柔らかい手の感触は忘れられない。

藤井も高知からNPB復帰を目指した。同じく赤を基調としたユニフォームでも、ファンの数は広島との比ではない。そして待遇も。藤井を支えたのはこのまま終わってたまるかという意地ではなかったか。しかしさして注目されるわけでもない環境は悪いことばかりではなかった。結果を求めてしまいがちな広島時代とは違い、自分の課題に向き合えたようだ。

「長いイニングを投げて勝負勘が培われたし、勝負球や打者を打ち取るプランを失敗しても、修正できる環境だからよかった。広島時代は結果を求められ焦って、やりたいこともできなかったのだろう。だからFDでの1年は本当に意味あったと思う」(高知新聞記事、NPB復帰!藤井皓哉(四国IL高知出身)ソフトバンク支配下に「ここからがスタート」より、吉田豊彦監督コメント)


FD(ファイティングドッグス)での1年は意味があった。そう思えるのは藤井が支配下登録という結果を残したからにほかならない。プロ野球選手としては明らかに回り道。そのまま広島にいたら高いレベルでの野球ができていたはずだ。しかし2勝目を挙げられていたかは分からない。藤井がレベルアップできたのは回り道をしたからというのも事実である。

回り道…。かくいう私は新聞社に記者として入るも、ずっとニュースに携われたわけではなかった。どんなに熱望しても部署が違えば何もできない。打席に立てない。かろうじて球場にはいられたがグラウンドには立てなかった。スタンドから選手たちを見ていた。自分もあそこにいたんだな…年月が経つにつれもう二度と戻れないのではという恐怖が現実味を帯びてくる。現実逃避と文章修行。趣味と実益を兼ねてやっていたブログをますます書きまくった。投稿本数が通算900本を超えた頃だっただろうか、私は再びグラウンドの端に立てるようになった。スタンドからプレーヤーを俯瞰したことで得られたものは、ある。今はこんなこともやっている(高校野球が大好きな方はぜひご覧ください)。

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それだけに、藤井がソフトバンクの育成契約を勝ち取った時は我がことのようにうれしかった。この年のドラフトで、高知からは森木大智という至宝が阪神に1位指名された。藤井の育成契約は森木のように大々的に報じられたわけではない。それでもオープン戦で好投を続けていることをスポーツ紙が報じ、ついには藤本監督から支配下登録の推薦とも取れるコメントが飛び出した。藤井は開幕直前に支配下登録され、再び2桁の背番号を背負うことになった。

支配下登録どころか、何と藤井は開幕カードから投げた。さすがに緊張したか、開幕2戦目で初登板を果たすも清宮幸太郎に被弾。1イニングを投げきれず、守護神・森唯斗の救援を仰いだ。さすがにシーズンとオープン戦は違うかな、まだ1軍の域には達していないかなと思ってしまったが、藤本監督はすぐ次戦にリベンジの機会を作ってくれた。とは言え1点を勝ち越されなお1死満塁の大ピンチ。「思い切ってこい」と言わんばかりの甲斐のジェスチャー。藤井は三振と内野ゴロに切ってとり、反撃ムードを演出した。

すると味方が三森大貴のタイムリー、今宮健太のショート強襲の内野ゴロで逆転。藤井は2イニング目も無失点で切り抜け、終わってみると勝ち投手になっていた。


「もう自分の想像をはるかに越えるスピードでここまで来ている。(心の)整理がついてなかった」(ソフトバンク藤井 見事火消し1390日ぶりプロ2勝目 戦力外、独立、育成経て…「初勝利のような感じ」より)

そりゃそうだろう。まるでジェットコースターのような環境の変化。独立リーグにいた男のそばには、柳田悠岐やグラシアルらそうそうたるメンバーがいる。独立リーグ選手には夢を与える一方、支配下登録を勝ち取れる選手は少ない。藤井の場合は元々広島にいたのだから、純粋な独立リーグ出身とも言えない。活躍した人はもっと少ない。藤井の後に登板した又吉は独立リーグ出身での数少ない成功例だ。藤井と又吉。今季のソフトバンク勝利の方程式は、この独立リーグ出身コンビが鍵を握りそうだ。

藤井の復活ストーリーはいま第何章なのか。ここがピークなんかじゃない。例えば交流戦。ぜひとも広島相手に投げてほしい。オープン戦では対戦していたが、かつて戦力外を突きつけた広島に倍返ししてこそだ。怨念でなくとも、今の成長した姿を見せることが藤井にとってのリベンジだ。回り道が回り道でなくなるのは、結果を残したからこそ。藤井皓哉の力投は、遠回りを余儀なくされている人たちへの無言のエールになっている。


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