黒柴スポーツ新聞

ニュース編集者が野球を中心に、心に残るシーンやプレーヤーから生きるヒントを探ります。

人生は選択の連続~ホークス退団の内川聖一にエール

ホークス3年ぶりリーグ優勝の余韻に浸りながら床についたが、翌朝、内川聖一退団への一報で喜びが減ってしまった。その中で、即引退という選択ではなかったことに安堵した。もちろん、獲得されなければ引退せざるを得ないのだが。

優勝翌日は気が抜けない。というのも、かつて熱烈に応援していた攝津正が日本一翌日に戦力外通告されたことがあったから。
「2年連続日本一に輝いたソフトバンクは、日本一決定から一夜明けた4日、福岡市内の球団事務所などで攝津正投手、五十嵐亮太投手、寺原隼人投手、笠原大芽投手、張本優大捕手、茶谷健太内野手吉村裕基外野手、城所龍磨外野手に来季の契約を結ばない旨を通告した」(2018年11月4日、Full-Count記事より)
吉村も城所もいい選手と思っていたから、このオフはきつかったな……。やはり応援していた選手がいなくなるのは寂しい。

内川聖一はホークスの功労者である。その前に、一人の選手であり、一度も1軍に上げない判断は妥当だったかを考えてみた。結論は、「◯」。応援してたんじゃないの?と突っ込まれそうだが、これはあくまでも優勝するための組織の判断として、だ。今年の優勝のポイントは「内川抜きで」できたことだ。内川がいなくても打力と守備のバランスが保たれていた。仮に内川を上げていたら同じく一塁を守れる中村晃は外野に回る、あるいは指名打者か。今年は選手の負担軽減のため4番や指名打者は何人もが座った。内川がいたらその1枠が減り、1人試合に出せなくなる。「休ませ過ぎ」になる可能性はあったと思う。内川を1軍に上げるなら、起用法は「取って置きの代打」。これが効果的だったと思う。

しかし、内川は代打ですら出番はなかった。今季は1軍に上げないと決まったり、上げられそうにないと判断されたのはいつだったのか。もし早々に決まっていたのなら、それは内川に通告するなりして、できれば2020年シーズン中に移籍の道を作ってあげてほしかった。さすがにライバル球団で活躍されては困る、というのであればセ・リーグ行きでよかった。特に今年は交流戦もなかったから。しかし、いつかいつかといううちにホークスは優勝してしまった。内川にしてみたら、自分の居場所がないことをまざまざと見せつけられた格好になった。事実上の戦力外通告ではあるが、功労者に球団がそれをできるはずもない。内川とて、自ら退団を希望することで現役続行の可能性を確保したことにはなった。若手でもベテランでも1年という期間は貴重だが、ベテランの方が切実だ。だからこそ、どうせ移籍なら2020年シーズン中に他球団に行けるようにしてあげてほしかった。だが、もしかしたら故障者が続出して内川の出番があるかもしれない。そんな「お守り」的「保険」的な使われ方になってしまったのだろうと思う。組織のリスク管理とはそんなものだろう。分かってはいるが、私はまだ組織より選手=内川の立場に肩入れしてしまう。2020年、内川が透明人間的に過ごさざるを得なかったのは残念だ。

ふと、「人生は選択の連続」というフレーズが浮かんだ。どこの学校・会社に入ろうという進路選択、この人と付き合う・結婚するというパートナー選び、どんな車に乗りどんな服を着てどこへ行くのか何を食べるのかなどなど。今このブログを書くことも「書く・書かない」を決めてやっている。そう、自分の意思を示せることは幸せなことだ。事実上の戦力外通告とはいえ、内川が現役続行を自らの意思で模索できていることはうれしく思う。「置かれた場所で咲く」という表現がある。自分の意思でどうにもならないことに抗うなと諭されたことがあったが、私は受け入れられなかった。人に迷惑をかけなければ、やりたいことは追求したらいいと思っている。咲く場所を選べなかったとしても、私はタンポポの綿毛のようになって目的地を目指したいと思う。もちろん風任せだから根付けず終わる可能性もある。しかし、不発に終わっても自分の意思を貫けたこと自体には後悔がない気がする。だから、内川にも納得いくまで現役にこだわり、燃え尽きてほしいと思う。ロッテ、西武、オリックス、横浜、巨人、広島……それなりに内川がはまったら面白そうな気はする。まずは、現役続行を模索してくれて「ありがとう」。そして次のステップに進めるようエールを送りたい。


福岡ソフトバンクホークスランキング