黒柴スポーツ新聞

ニュース編集者が野球を中心に、心に残るシーンやプレーヤーから生きるヒントを探ります。

人を引き付ける野茂英雄のひたむきさ~小松成美「遠すぎた甲子園」を読んで

2020年5月2日で、野茂英雄がメジャーデビューしてから25年だという。新聞記事で見た。野茂英雄のメジャー初勝利やノーヒットノーランのニュース、苦労の末たどり着いた日米200勝などなど、その都度胸踊らせたなと思う一方、こうも思う。やはり一番似合っていたのは近鉄バファローズのユニホームではなかったか、と。しかしさらにその前のアマチュア時代が名実共に野茂の原点だったことを、「遠すぎた甲子園」(小松成美、Number臨時増刊「甲子園・熱球の詩」掲載)で知った。

完全保存版野茂英雄1990-2008

完全保存版野茂英雄1990-2008

  • 発売日: 2008/12/05
  • メディア: ムック
 

 

この作品はNumber PLUS January 2009で見つけた。野茂英雄特集であるため、古本屋で買っていた。小松成美作品を読むのは初めてだったが、読みやすく分かりやすい。入団2年目の1991年に野茂本人や成城工高関係者、新日鉄堺関係者に取材したものだが、証言自体がまず面白い。それをうまく小松成美さんが構成していると感じた。具材そのものがおいしく、それを引き立てるパン生地。極上のサンドイッチを食べるような感覚である。野茂に関してドラフト会議からしか知らなかった黒柴スポーツ新聞編集局長としては、野茂英雄が成城工2年の夏、大阪府大会2回戦で完全試合をしていたことを知らなかった。しかもその前の1回戦では先輩投手の後5点リードでマウンドに立つも、乱調で危うく同点にされかかったほどだったというから驚いた。

野茂に1回戦翌日「2回戦、先発で投げてみるか」と監督が言ったのは直感というからこれまた驚き。ただ監督には自信があったという。また野茂にとってありがたかったのはチーム全員が「次は絶対に大丈夫や、いいピッチングができるに決まってる」と励ましてくれたこと。野茂の学年は仲が良かったそうだが、もう一つのポイントは野茂が信頼に値する子だったからと思う。高校時代の練習は厳しく、特にピッチャーは走り込みを課されたが野茂は泣き言を言わずひたすら走ったという。例えば800メートルの外周10周に80メートルダッシュ30本などなど。朝練にいくため野茂は始発に乗り通学していたという。「やめたろう、行かんとこう」と思いながら3年生になるまで過ごしたというが、ひたむきに頑張る姿勢が評価されていたのだと思う。

「派手な投球シーンではなく、汗を滴らせ、ときには両手に小さなバーベルを持って黙々と走り続ける野茂の姿は、誰の目にもしっかりと焼きついているのだ。その無心な横顔は、彼の人間的な魅力のひとつとして、人々の心を引き付けていく」(「遠すぎた甲子園」より)

 

もう一つ印象に残ったくだりは、野茂の最後の夏。4回戦は土壇場で同点に追い付き、野茂は延長戦で力投。最後は味方のサヨナラ二塁打で勝った。殊勲の代打、大手茂は控えの選手だった。打った大手も、手を差し伸べた野茂も泣いていた。
「あの試合のことは、一生忘れられません。僕たちの学年は、みんな仲が良くてね。大手君の活躍が自分のことのように嬉しかったんですよ。大手君はレギュラーじゃなかった。チームの怒られ役というか、監督によう怒鳴られていました。そんな彼が、ヒーローになったんやから、感激でしたよ。ベンチでは全員が泣いていましたね」(「遠すぎた甲子園」より)

八月のトルネード

八月のトルネード

  • 作者:阿部 珠樹
  • 発売日: 2009/05/16
  • メディア: 単行本
 

 

「流されず、自分をしっかり持て」と言ってくれた新日鉄堺の先輩。共に高校野球に打ち込んだ仲間たち。その後大リーグを身近なものに感じさせる「パイオニア」になった野茂英雄の原点はまさに高校時代にあったことがよく分かる作品だった。ネタバレになるので書かないが、新日鉄堺入りした野茂が、さらに飛躍するきっかけになった登板が描かれて「遠すぎた甲子園」は終わる。成功者も、というか、成功者になるには一定の挫折が必要なのかと最近は思う。

僕のトルネード戦記 (集英社文庫)

僕のトルネード戦記 (集英社文庫)

  • 作者:野茂 英雄
  • 発売日: 1997/07/18
  • メディア: 文庫
 

 

「遠すぎた甲子園」を読むと余計に甲子園開催を願いたくなる。まずはコロナウイルス感染症がこれ以上拡大しないことが絶対条件だ。高校最後の舞台は野球に限らない。そして、スポーツ選手のためだけではないけれど、一人一人が努力の積み重ねの成果を発揮できるよう、社会全体で今一度感染症対策に努められればと願う。


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