黒柴スポーツ新聞

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悲運の名将は信念の人~勝手に西本幸雄元監督生誕100年読書企画

4月25日は故・西本幸雄監督生誕100年の節目だった。西本監督を慕う山田久志オリックス球団の企画で、京セラドームでメモリアルゲームが行われる案があったが新型コロナウイルスの影響で開催できなかった。メモリアルゲームどころかプロ野球自体が行われていない。大変な状況だ。そんな中ではあるが、野球バカならできうる限り西本監督ワールドに浸りたい。そこで、野球本が詰まった本棚を漁ってみた。巣ごもりが奨励される今、読書や調べものをしたりしてマニアックな野球ネタに浸りたい方の参考になればと思う。

西本監督と言えば大毎を率いて出た日本シリーズ中、作戦についてオーナーに介入されたことを受け入れず、シリーズ後に辞任したエピソードが有名だ。あまりに有名すぎてエピソードが衣をまといすぎ、どれが本物か分からない。まずは立石泰則著「魔術師」〈下〉三原脩西鉄ライオンズ(小学館文庫)第17章 三原魔術 より。日本シリーズ第2戦でスクイズに失敗した西本監督は後援者に誘われて料亭で飲んでいた。励まされていたのだ。そこに永田雅一オーナーから電話が入った。「あのスクイズは何や、ウチは、ミサイル打線だぞ」。しかもおれの隣には中沢不二雄パ・リーグ会長と鶴岡一人監督もいるんだぞとけしかけてきた。もうこの時点で西本監督に寄り添いたくなるのだが、ひるまないのが西本幸雄。「中沢さんや鶴岡さんといえども、いまのオリオンズの状態を一番把握できているのは、私以外におりません」。西本監督はきちんと作戦の妥当性も説明したのだがまず自分が一番現場を把握していると言い切る姿勢が素晴らしい。そう、監督とはマネージャーなのだ。おれがきっちりマネジメントしてるんだから四の五の言いなさんなということだが、それをオーナーに言うところが偉い。しかし永田雅一は受け入れず「鶴岡やそこらの人物が言うとるのに、お前は何や。バカヤロウ」「バカヤロウとは何ですか。その言葉を取り消しなさい」。で、西本監督は日本シリーズ敗退後に辞任した。この調子なら日本シリーズ勝っていても関係はギクシャクしていたに違いない。監督1年目で大毎を10年ぶりに優勝させた西本監督を去らせた大毎は最悪だなと思う。

この永田雅一からの電話、西本幸雄が自宅で受けた説もある。富永俊治著「三原脩の昭和三十五年」(宝島社文庫)第12章 頂点一気 にはこう紹介されている。「西本君か。負けたのは仕方ないが、スクイズは困るよ、キミ」「なぜでしょう?」「いいかね。オリオンズの売り物はミサイル打線なんだ。それがスクイズじゃ、売り物が泣くとはおもわんかね」。これに対して西本監督はこう反論した。「オーナー、戦術に関することは、監督である私に任せてもらいます」。どうだろう、前述の「魔術師」とはやりとりの意味合いは同じだが、シチュエーションは全然違うし、バカヤロウのくだりもない。野球読書マニアともなるとこういう矛盾もむしろお楽しみになる。で、「三原脩の昭和三十五年」では西本監督はそのやりとりの締めに「それならば、負けたら責任を取らせていただきます」と言っている。

なお、バカヤロウ云々はどうやらあったようだ。ベースボールマガジン社、スポーツ20世紀③プロ野球名勝負伝説「江夏の21球」の向こう側 近鉄の将・西本幸雄はそのときー。(文・横尾弘一)にこんな西本監督の言葉が紹介されている。「永田さんに『バカヤロウ』と言われてクビ。もう監督なんて二度とやるもんかと思ったよ(笑)~以下省略~」。

 

西本監督が素晴らしいのは自分が一番現場を把握していると言い切ったこと、そして結果的には失敗したが自分の作戦が最善だったと思ったことだ。自分が最良と信じて選んだ道ならば、結果は潔く受け止める。この辺りは個人的に足りてないので、西本監督の姿勢は見習いたいなと思う。なお、全くフォーカスされていないが西本監督は第4戦でも勝負どころでスクイズを敢行。またもや失敗に終わっている。そしてその19年後の日本シリーズでまたもやスクイズを企て失敗……。ベースボールマガジン社、スポーツ伝説17 プロ野球日本シリーズ伝説 『江夏の21球』の裏側で繰り広げられた“監督たちの21球”球史に残る名場面をベンチで見守った二人の指揮官は、何を思い、どう動いたか(文・松下茂典)には、石渡茂に命じたスクイズが今も正しいと思うか問われた西本監督の言葉が紹介されている。「もしも、もしもよ。近鉄球団がかつての永田雅一さんみたいな格好でやね、『あんな手はないだろう』と言ったら、『いや、おれはこの方法が一番確率が高いと思った』という言葉を即座に返しただろうね」。即座に。カッコいい。そう言い切れるくらいの覚悟があった、ということだろう。日本シリーズ通算32敗。人は西本監督を悲運の名将と呼ぶが、案外ご本人は嫌じゃなかったのかもしれない。


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