黒柴スポーツ新聞

ニュース編集者が野球を中心に、心に残るシーンやプレーヤーから生きるヒントを探ります。

心揺さぶられた井上尚弥VSノニト・ドネアの大熱戦

ここ数日、「ドネア」という単語が頭から離れない。ノニト・ドネア。井上尚弥と11月7日に死闘を演じた、フィリピンの名ボクサーである。予備知識なし、たまたまテレビで試合を見たのだが、非常に学ぶことが多い試合だった。勝った井上尚弥も、負けたドネアも素晴らしかった。以下、好勝負と感じた理由を思いつくままに書いてみた。

 

怪物

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1.ドネアのプロ根性

まずはドネアの闘志。特に最終12ラウンドの最終盤、試合も残り10秒切った頃、ドネアはフガッともンガッとも聞こえるうなり声を上げながら最後の力を振り絞って井上尚弥にパンチを繰り出した。直前の11ラウンドにはダウンを喫しているし、判定になればもはや勝ち目はない。それでも一発当たれば奇跡の逆転打になり得る…そんな意図は素人目にも分かった。だが、ここまで執念を見せられる人って実は少ないのではないか。5階級制覇までした、キャリア十分のドネア。経験があるからこそ諦めてしまうことも十分あり得る。だが、ドネアは違った。最後の最後まで勝つ可能性を追求した。これぞプロフェッショナル。

 

 

2.クレバーだった井上尚弥

続いて、井上尚弥の冷静さ。人生初のカット(とボクシング業界では言うらしい)と記事で読んだが、2ラウンドに有効打を食らい右まぶたから出血した。その影響でドネアが二重に見えていたという。さらに9ラウンドには右ストレートを浴びてふらつくシーンも。すべての試合を追っているわけではないのだが、井上尚弥のピンチらしいピンチは初めて見た。そしてクリンチをして逃れる井上尚弥の姿も初めて見た。そう、ここはなりふり構わず逃げる場面である。ファイティングポーズを取るだけが戦法ではない。また、最終ラウンドは11ラウンドにダウンを奪っているのだから一気呵成に攻めたててダウンを奪ってもらいたい…というのがファン心理なのだが、井上尚弥は必要以上に深追いはしなかった。ドネアが最後の力を振り絞り一発逆転のカウンターを狙っているのは確かに見え見えだが、日本での試合であり、大勢のファンが見守っているのだから井上尚弥が熱くならないはずはない。それでも井上尚弥は無理にドネアを沈めようとはしなかった。心は熱く、頭は冷静。井上尚弥は本当にクレバーだなと思った。

 

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3.井上尚弥の卓越した試合運び

そして井上尚弥は試合運びもうまかった。井上尚弥が強打を浴びてふらついた9ラウンドと、ドネアがダウンを喫した11ラウンドがフォーカスされがちだが、個人的には10ラウンドを井上尚弥が制したことが勝敗に大きく影響したと見た。9ラウンドを終えてほぼ互角、ひょっとしたらドネアが僅差で井上よりもよい評価を得ているのではないかと思っていただけに、残り3ラウンドでよい印象を与えた方が勝つと見ていた。その初回である10ラウンド、井上尚弥はドネアをとらえて場内を沸かせた。絶対に取らなければならない3ラウンドの評価の一つをまず得た。ここで心理的に優位に立てたと思う。まず貯金を作るというのはいかにも日本人的な発想かもしれないが、勝つために貯められるポイントは早めに取っておくに限る。この10ラウンドがあったからこそ11ラウンド、思い切った攻めができたのではないか。そして11ラウンドがあったからこそ12ラウンドは俯瞰的に試合を見て動くことができたのではないか。ボクシングはついつい打った打たれたという、解りやすい構図を楽しんでしまいがちだが、ラウンドごとのつながりを味わう楽しさもあるんだなとよく分かった。

 

 

4.明暗を分けた勝負のあや

ドネアは試合後、9ラウンドに攻めきれなかったことを最大の過ちと振り返った(スポーツ報知記事、ドネア「9回に最大の間違いを犯した」「また戦おう」…井上尚弥とのWBSS決勝から一夜明け独白 より)。ドネアは井上尚弥が反撃してきたところを狙って仕留めようと考えていたのだが、思った以上に井上が踏み込んでこなかったことから攻め時を失ってしまったのだった。これもまた勝負のあや。ボクシングを見る時はパワーやスピードを楽しんでいたのだが、これからはボクサーがどんなことを考えているのか、想像しながら試合を見ればさらにボクシングを楽しめるような気がしている。

 

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5.まだ進化する井上尚弥

そして何よりこの試合に価値があると思ったのは、井上尚弥という素晴らしい才能を持った選手でもなお試合で成長するんだと分かったからだ。この試合までに18戦16KO。常にファンの期待を裏切らなかった選手がキャリアで初めて本格的にまぶたを切り、鼻血を流し、あわやダウンという局面まで追い込まれた。ドネアが二重に見えるからいつものように瞬殺もできない。ついに井上尚弥も負ける時が来るのかと覚悟したファンもいたことだろう。私もちょっと頭をよぎった。それくらいドネアのファイトは素晴らしかった。しかし11ラウンド、ついに井上尚弥のパンチがドネアのボディーにさく裂。しんどい試合をいかにして勝つか。井上尚弥はまさに身をもって学んだことだろう。そしてファンは井上尚弥に感情移入することで、ああ、自分も苦しい局面を耐えることでいつか勝機が生まれるんじゃないか、自分も頑張ろう、という気になったに違いない。

 

 

6.敗者のいない好勝負

というわけで普段野球ばかり見てきた私が井上尚弥とドネアの好勝負に触発されて感想など書いているのだが、素人でさえこんなに楽しんだのだからバリバリの、そして目の肥えたボクシングファンはその何倍も楽しめたことだろう。日刊スポーツ記事によれば、勝った井上尚弥には10社以上、総額5億円ものスポンサー契約が舞い込んだという(井上尚弥5億円オファー スポンサー10社超名乗り より)。面白いのは、ドネアはドネアで日本でファンを拡大したようなのだ。「かなりの接戦だったと思う。名勝負だった。そして、ノニト・ドネアも多大なリスペクトを勝ち得ることができた。日本で大きなレガシーを残すことができた。ノニトは親日家としても有名だ。日本で人気がある。この日はイノウエに勝てなかったが、敗戦という結果に関わらず、さらに日本でファンを拡大したのではないか」。THE ANSWERの記事にはドネア側のプロモーター、リチャード・シェーファー氏の話が紹介されていた。あんなに熱い試合をしたのだから、ファン獲得もうなずける。そういう意味ではこの試合に敗者はいないのかもしれない。

 

私事だが1カ月、のっぴきならない事情でブログの更新ができなかった。過去3年分の記事の蓄積でしばらくは一定のアクセスも得られていたが、さすがに読者は減った。そりゃそうだろう。だが嘆いても過去は戻らない。であれば井上尚弥のように大ピンチの時はクリンチでも何でもして当座をしのぐしかないし、できるだけ冷静にゴールから逆算して事を運ぶしかない。理想は毎日ブログを更新することだが、義務的にやるものでもないし、心を揺さぶられるものがあったら書いていこうと思う。というわけでまた機会があればぜひこの黒柴スポーツ新聞にお付き合いいただければと思います。今後とも応援よろしくお願いします。


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