黒柴スポーツ新聞

ニュース編集者が野球を中心に、心に残るシーンやプレーヤーから生きるヒントを探ります。

内川聖一までのみ込む打撃の奥深さ~17年ぶり開幕2軍という事実

前回はチャンスをつかんだ二保旭を称える記事を書いたが、逆に働き場所を失った選手もいる。内川聖一。何と17年ぶりの開幕2軍だという。むしろその間ずっと開幕1軍だったことに驚いてしまうが、何せ史上最高の右バッターとも称される内川である。2軍調整がニュースになるのはやむを得まい。

ホークスが、結果を出した人を使うというのは規定路線。上林誠知が復調、栗原陵矢が猛アピール、長谷川勇也も元気いっぱいときたら、ますます内川の出番はない。だが周りよりも内川自身が打撃不振なのだからどうしようもない。練習試合では21打数でわずか1安打というから絶不調だ。どうしたことだろう。

2019年シーズンも内川は好調とは言えず、ダブルプレーの多さが指摘された時期も。曲がりなりにもバットに当ててしまうからゲッツーを食らう気もしたが、私はヒットを量産していた頃のままバットを振っていることが、今のコンディションとの間にギャップを生じさせているように見えた。そのことはブログにも書いたのだが、今は当時よりもっと深刻かもしれない。

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内川が素晴らしかったのは打撃不振の中でも守備がしっかりしていたこと。実は2019年、一塁手としての守備率が10割だった。これはパ・リーグ初。19年目の初受賞は史上最も遅い記録となった。普通は打撃で精細を欠いたら守備にも影響する。それが10割なのだから、打撃は打撃、守備は守備と切り替えて、きちんとやるべきことをやる姿勢は素晴らしい。

好打者が晩年、代打の切り札になることは過去にもあった。代打若松、代打立浪、代打桧山。もう名前からして相手ピッチャーに圧をかけられる。内川とて現役通算最多の安打数を誇る稀代のヒットメーカー。代打で出てきたら警戒されるだろう。だが今の内川ならばどうだろう。内川不振のイメージのままでは「抑えられるかも」となりはしないか。そういう意味では一度2軍で自分本来の打撃を取り戻してもらうのは意味がある。

「あれだけの選手がこういう状況になる。我々の想像を絶するところがあると思う」(2010.6.15日刊スポーツ、ソフトバンク内川が17年ぶり開幕2軍 移籍後は初 より)とはソフトバンク森ヘッドコーチの言葉だ。同感だ。あの内川がこうなる。あの内川ですらこうなることが打撃の奥深さでもある。そして恐ろしさでもある。その淵から這い上がれないものを球界は生かしておかない。本当に厳しい世界だ。いま内川はどんなことを考えているのだろうか。私は順風満帆な人生ではないから、こういう逆境の人がどんなことを考えているのか、ものすごく興味がある。特に内川の場合は絶好調の時に比べるとすさまじい落差があるわけだ。そこをどうやって埋めるのか。うまくいってもいかなくても、ファンとしてはしっかり見届けたいと思う。

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12年目のライジングサン~ソフトバンク二保旭が初の開幕ローテーション入り

ホークスの二保旭がついにチャンスをつかんだ。12年目で初の開幕ローテーション入り。育成出身ということもあり、ついつい応援したくなる。そしてもう一つ、私には二保旭を応援したい理由がある。

ホークスファンは覚えているだろうか。2019年シーズンオフ、二保旭はささやかな「抵抗」をした。
球団が先発として見ているのか、中継ぎとして見ているのか、はっきり聞きたかった。どちらで評価されているのか分からなかった
年俸2000万円の現状維持を一旦保留したのだが、私はそこに二保の意地を見た。2019年、二保は先発として起用された。だがその試合は二保のために用意されたというよりは、いわゆるローテーションの谷間。「困った時の二保」ではなかったか。おれは中継ぎなのか、先発なのか。完全にローテーション入りしたピッチャーならば次の登板がだいたい読めるが二保はそうじゃない。そんな調整の難しさもあっただろうが、二保の本意はそこではなかったのではないか。おれは中継ぎなのか先発なのか。評価軸をはっきりしてほしい。その一心だった気がするのだ。

契約は無事まとまり、二保の年俸は200万円上がった。中継ぎ待機、中継ぎの負担を減らすために長いイニングを投げようとしたこと。そのあたりが評価されたという(full-count2019.12.10記事より)。その記事の締めくくりに筆者の藤浦一都さんは「中継ぎの気持ちが分かる先発」という言葉を使っている。別にホークスの先発陣が中継ぎの気持ちを分からないとは言わないが、やはりやったことがない人には本当のところは分からない。二保が長いイニングを投げようとしたのは、中継ぎのしんどさを理解しているからにほかならない。

中継ぎ投手 ---荒れたマウンドのエースたち

中継ぎ投手 ---荒れたマウンドのエースたち

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二保がカッコいいのは有言実行した点だ。契約更改時に二保はこう言った。
来年は先発1本でやります」(2019.12.10日刊スポーツ記事より)
二保は確かにそう意思表示し、本当に開幕ローテーションの一角に食い込んだ。2019年はローテーションの谷間、乱暴な言い方をすれば組織の都合で働いた。組織の論理と選手の意向は必ずしも一致しない。チームとしてはどうしようもないから二保に白羽の矢を立てたわけだし、よく言えば二保にチャンスを与えたとも言える。だがリアルに言えば数合わせであり、消極的選択だったことは否めない。だから同じ先発であっても、2020年に二保が立つ先発のマウンドはひと味もふた味も違う輝きを放つ気がする。その働き場所は二保が自らの手でつかみとったものなのだから。私が二保旭を応援したくなる一番の理由はそこにある。

開幕スタメン狙う上林誠知と栗原陵矢~ソフトバンク、助っ人欠いても活性化

虎視眈々という言葉がある。ホークスの場合は鷹だから虎ではないのだが、虎視眈々とホークスの開幕スタメンを狙っている男が二人いる。上林誠知と栗原陵矢だ。私、黒柴スポーツ新聞編集局長が定期購読している地方紙(6月7日付)に共同通信配信のホークス2020年予想オーダーが載っていた。
①上林誠知 ライト
今宮健太 ショート
柳田悠岐 センター
バレンティン DH
松田宣浩 サード
内川聖一 ファースト
⑦栗原陵矢 レフト
⑧甲斐拓也 キャッチャー
⑨牧原大成 セカンド
充実のラインナップ。開幕が待ち遠しい。

上林といえば長打も狙え肩もよい野手としてレギュラーの座を手中にしたと思われたが、2019年は骨折の影響もあり打率1割台とまさかの低迷。ただ、個人的には骨折の前から自分のポイントで打てていない印象を持っていた。振らされる、打たされる。すべてにおいて受け身のバッティングになっていたのではないか。上林が普通に打てていれば、もう少し柳田悠岐離脱の穴は埋められたはずである。もちろん上林自身、モヤモヤは相当あっただろう。こんなはずじゃない。その思いを胸に今ようやく再びレギュラーの座を手中に入れようとしている。歯車が狂ってしまった時期は苦しかっただろうが、いかにして復調したのか。とても興味深い。

上林が再浮上ならもう一人の栗原は初のブレイクというか、まさに覚醒だ。代打で起用されるなど、もともと打撃に定評はあったかもしれないが、紅白戦や練習試合でホームラン、長打を連発。中には京セラドームの5階席に届く特大弾も。これは首脳陣にもよいアピールになったことと思う。栗原は6年目。本職はキャッチャーだから、ここ数年伸び盛りの甲斐拓也の陰に隠れてしまっていた。キャッチャーでスタメンの座を勝ち取るのが理想だけれども、甲斐には一日の長がある。キャッチャーは特に経験が求められるポジションだからだ。ゆえに栗原がまず打撃でアピールし、徐々にキャッチャーでも評価を得ているのは今のところ大正解と言える。

選手層が厚いホークスで二人も新しいスタメンが生まれるのは何でかなと思ったが、そう、デスパイネとグラシアルがいないのだ。キューバから出られないのか、日本に入るのが難しいのか。ともかく日本に来られても2週間は別行動が求められるし、調整もある。今年はデスパイネとグラシアルに頼らない布陣を描かねばなるまい。ホークスが素晴らしいのはこのピンチをチャンスにしている上林と栗原がいる点だ。強いチームは穴が開いてもすぐに傷口が埋まり、何なら活性化する。特に栗原にとってはビッグチャンス。コロナ禍に伴う助っ人不在をチャンスと言っては不謹慎なのだが、まさに明徳義塾馬淵史郎監督が説く「棚ぼた理論」である。ぼた餅をゲットできるのはそのポジションにちゃんと栗原がいたから……栗原のコツコツやってきた努力が報われた、ということになる。

とかなんとか見ていると2020年のホークス打線は味がある。
上林は復活を目指す。
今宮は変わらない安定感。
柳田は昨年の分を取り返す。
バレンティンは移籍初年度。
松田宣浩内川聖一はベテラン健在。
栗原はブレイクの年。
甲斐は背番号19初年度。
牧原は周東に負けられない……
まさに三者三様いや九人九様、それぞれにドラマがある(今宮はちょっと渋めだが)。各自燃えるものがあれば手の付けられない打線になるはず。あわよくばデスパイネとグラシアルも絡めて2020年こそライオンズを倒してリーグ優勝してもらいたい。

いるだけで戦力になれる人~ソフトバンク松田宣浩の声の力を再認識

バットでの貢献度もさることながら松田宣浩が持つ“声”の力【すべては野村ヤクルトが教えてくれた】(日刊ゲンダイDIGITAL)を読んだ。筆者は飯田哲也。もうとにかく松田宣浩をべた褒め。松田が元気いっぱいなのは有名だから、ベンチにいるだけで戦力になる、といういつもの論調かと思った。しかし二つ気付いたことがあった。やはり松田は素晴らしい。

熱男のことば 球界最高のモチベーターが実践する究極のポジティブマインド

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  • 作者:松田 宣浩
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ただ応援しているだけではありません。松田は的確な指示も飛ばす」というくだりがあった。松田が声を張り上げているのは檄を飛ばしたり盛り上げ役になっているのだとばかり思っていた。しかし実際は……「ツースリーになったらヒットでもフォアボールでも一緒だぞー!」なんて言っているという。この一言がバッターを心理的に楽にし、ピッチャーにはプレッシャーを与えると飯田哲也は説く。松田宣浩のキャラ的に計算して発言しているとも思えないが、無意識にやれているならなお素敵な先輩である。

もう一つグッときたのがこのくだり。
近年は下位打線を打つことも多く、ソフトバンクは徐々に松田に頼らないチームづくりにシフトしています。松田にもプライドがあるし、言いたいこともあるでしょう。でも、プライドが高いがゆえに「ここで文句を言ったらみっともない」と我慢をし、チームの勝利に徹底している。大した選手だと感心するしかありません。
松田宣浩が人の悪口とか文句を言うタイプには見えないがやはり人。心の中では「くそ~」と思う瞬間くらいあるだろう。それを言うか言わないかで人の価値は決まる。自分自身、つい反射的にくだらないことを言ってしまったり態度に表す自覚がある。わざわざ価値を下げるようなことは慎もう。飯田哲也が言うように、やはり松田は「大した選手」である。

まだまだ現役を続けてもらいたいが、案外松田はいいコーチになるんじゃないか。そう思う記事だったが、意外と松田は監督にも向いているかも……ふとそんな気がした。たぶん今書いたらぷぷぷと笑われるだろう。監督には例えば城島健司とか、内川聖一とか、そういう落ち着きと実績がある人がなるんでしょ?と。だが個人的には松田宣浩監督が誕生したら、元気いっぱいですごく楽しいホークスになるんじゃないかなぁと密かに期待している。

よろしければこちらの松田宣浩関連記事もご覧ください。黒柴スポーツ新聞を気に入ってくださった方はぜひフォローお願いいたします!

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王貞治はなぜ868本もホームランを打てたのか~「同じ球を打ったことは一度もない」

王貞治(敬意を込めてそう呼ぶ)がなぜ868本もホームランを打てたのか、分かった気がする。素晴らしい技術や集中力、体力があったからでもあろうが、「同じ球を打ったことは一度もない」という感覚があったからではなかろうか。この言葉は6月4日付の日経新聞コラム「逆風順風」(篠山正幸氏)で紹介された。やはり王貞治は偉大である。

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球種により球筋はざっくり分けられても、シチュエーションは一球一球異なり、自分のコンディションも変わる。同じ球を打つことはないとはそういうことを意味する。

甘い球は確実にスタンドインさせた王貞治。「しかし、そこまでプレーの再現性を高めた人にしてなお、最後はのるかそるかの勝負に身を委ねていた」と篠山氏は書いた。私は、のるかそるかというよりは、王貞治は決して手を抜かなかったのではないかと思う。つまりこの投手のこの球種ならこうだろとか、このシチュエーションならこうくるだろとか、そういう先入観を極力排して勝負し続けたからこそ、868本という途方もない数のホームランを打てたのではなかろうか。

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社会人で10年もやれば、だいたい何をどうすればよいか見当はつく。ただし慣れは成長を鈍化させる。たかをくくるというか、どうせこのくらいだろうと見積もればそのくらいしかリターンはない。ローリスクローリターン。いや、経験値としては一ミリも増えないかもしれない。まことに恐ろしい限りである。王貞治とて気の遠くなるくらい打席に立ったから、おおよそこうやれば打てるという感覚はあったはずだ。だが最初からナアナアでバットを振るのと、どうくるか分からないから手を抜かずバットを振るのとでは、やはり結果は違うように思う。どうせこのコースにこの球種だろ。そう読んで毎日作業していないか。ちょっと胸が痛くなった。

そして奇跡のような、黒柴スポーツ新聞記念すべき868本目の記事というオチ(投稿作業中に発覚)。いつも遊びにきてくださる読者の皆さま、本当にありがとうございます。皆さんのおかげでここまで来られました。これからも精進しますので、応援よろしくお願いいたします!

複数ポジションの可能性と危険性~ソフトバンク栗原の起用法に注目

6月1日の日経新聞に「武田、社内業務掛け持ち」という記事を見つけた。期間限定ではあるが、武田薬品工業では社内他部署の業務を一定の労働時間を割いてやってもよいというものだ。このところのコロナ対応で時差出勤していた黒柴スポーツ新聞編集局長は思い知った。職場がさまざまな人の力で回っていたことを。そんなことは当たり前なのだが、スペシャリストがいない時は助っ人で何とかするしかなかった。だからこそ、自分の仕事プラスアルファでやれることを増やす、いわば守備範囲を広げることはとても大事だなと思った次第。もれなく忙しくなるというオチもあるのだが。

 

ちなみになぜこの記事に目が止まったかというと、先日、full-count記事「ショート周東、ライト西田!? 紅白戦での“奇策”にある工藤監督の狙いと願い」を見たからだった。それぞれ経験が乏しいポジションに周東や西田が挑戦しているという。多くの選手たちに、複数のポジションを守れるユーティリティ性を持たせ、起用の幅を広げるため、との意図があるようだ。本職のままスタメンの座を勝ち取れたら一番よいが、そうできるのは一握り。しかしあれもできます、これもできますと上手にアピールできれば選手は働き場を得られる。指揮官も戦力を有効活用できるというわけだ。理にかなっている。特にソフトバンクは2019年シーズンにけが人や離脱者が続出。人繰りに苦労した経験がある。危機管理の意味でも複数ポジションは有効なのだ。

 

ソフトバンクでは、栗原陵矢が打撃でアピール中という記事もあった。栗原の本職は捕手。だがそこには甲斐拓也という強敵がいる。売りは甲斐キャノンと呼ばれる強肩だ。栗原はそれに対抗する持ち味を発揮しないと正捕手にはなれない。栗原は打撃をアピールしつつ、守備では外野も視野に入れているらしい。まず試合に出るならば、必ずしも捕手だけでなくともよい。チームとしては栗原を有効活用できればいいのだ。

ベースボールコレクション/201905-H031 栗原 陵矢 R
 

 

だが、黒柴スポーツ新聞編集局長としては一つ書いておきたい。複数ポジションには落とし穴がある。つまりスペシャリストになる可能性は減るのだ、と。甲斐は本職の捕手として試合に出続ける。だから栗原との経験値の差は詰まらない。栗原は試合に出ることを模索しつつ、やはりキャッチャーの練習なり勉強をしなければ、キャッチャーとしてもそこそこ、外野手としてもそこそこ、悪く言えば中途半端な、特長の薄い選手になってしまう危険がある。スペシャリストになるにせよ、ユーティリティープレーヤーになるにせよ、中途半端が一番恐ろしい。複数ポジションは、できれば幅を広げる意味で取り組みたいものだ。果たして栗原陵矢は2020年、どんな働き場所をつかむのか。可能性は十分ある選手なだけに、起用法に注目しよう。

ちなみに前回は「打力を生かせ」という論調で書きました。よろしければこちらの栗原関連記事もご覧ください。

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人にはそれぞれ役割がある~1979年近鉄初優勝、山口哲治プレーオフ魂の3連投

近鉄初優勝時(1979年プレーオフ第3戦)の胴上げ投手をすぐ思い出せるだろうか。山口哲治。通算16勝12セーブの男が近鉄球団創設30年目、悲願の初優勝のマウンドにいたのはまさに奇跡と呼ぶにふさわしい。山口の活躍を見ると、人にはそれぞれ役割があるのだと再認識させられる。

山口哲治智弁学園の出身。Wikipediaによると甲子園には1977年春、夏と出場している。その年のドラフト2位で近鉄に指名された。1年目の1978年は出場しなかったが、2年目の1979年は36登板して7勝4セーブ。何より148.1イニングを投げて防御率は2.49。最優秀防御率のタイトルに輝いた。79年前期優勝の近鉄西本幸雄監督は山口哲治を阪急(後期優勝)との大事な大事なプレーオフに3連投させた。これがすごい。最優秀防御率という数字による裏付けはあるが、山口はまだ2年目。ようやく20歳の若者に球団創設30年分の悲願を託したのである。

ベースボールマガジン社 発掘!「プロ野球 名勝負」激闘編に、激闘!プレーオフ~1973-1982パ・リーグという章があり、山口哲治はプレーバック「太平洋シリーズ」の熱き記憶(文・岡江昇三郎)に出てくる。それによると山口は3試合とも満塁でリリーフしている。第1戦は8回一死満塁、第2戦は8回一死満塁、第3戦は7回二死満塁。ここまで来ると西本監督の山口への信頼が揺るぎないというか、もうここまで来たら山口哲治しかいないんだという信念に思えてくる。そして山口はそれに全力で応え、結局計6回3分の1を被安打1の無失点という完璧なリリーフ。1勝2セーブでプレーオフMVPに輝いた。

冒頭に山口哲治の通算16勝12セーブを紹介したが、プレーオフはレギュラーシーズンではないから通算成績に入らない。まさに山口の魂の3連投は記録ではなく記憶に残る快投。最後のバッター蓑田を三振にとり万歳して喜びを爆発させた。その瞬間は野球カードにもなっている。優勝後のインタビュー「(ファンレターに)返事は書けないのでグラウンドで返す」は秀逸だった。

山口哲治はその後けがもあり満足な現役生活だったとは言い難い、かもしれない。移籍先の南海で引退した。29歳だった。Wikipediaによれば阪神近鉄で打撃投手を務めた。胴上げ投手が裏方の打撃投手になるのは極めて珍しいのではなかろうか。近鉄でコーチを務めた後、楽天でスカウトに。2017年1月27日のfull-count記事によると、楽天のピッチングコーディネーター兼プロスカウトという肩書きになることが報じられた。現役の栄光は閃光と言ってもよいほど短かったかもしれないが、山口の熱投は確かに近鉄球団史に刻まれた。ファンレターをグラウンドで返した山口は、長きにわたりプロ野球の発展に貢献することで、亡き西本監督に恩返しできたのではなかろうか。人間、いつ大ブレイクするか分からないし、その期間の長短も人それぞれ。山口の熱投を見るたびに思う。人にはそれぞれ役割があるのだ、と。まずは目の前のことに全力で取り組む。満塁のピンチを3連続で乗りきった山口の姿は、その大切さを教えてくれている。

85%は苦しみの日々~張本勲はなぜ3085安打できたのか

5月28日は張本勲が3000安打を達成した日だ。ことあるごとに川崎球場での豪快なその1打の映像が流れる。対戦投手は阪急の山口高志。山口対張本ならそりゃあのくらい飛ぶわなというくらい、高々と打球は飛んでいった。そして張本勲はヘルメットも高々と放り投げて、ふさふさの髪を揺らすように、うれしそうにダイヤモンドを1周したのだった。

最強打撃力 バットマンは数字で人格が決まる (ベースボール・マガジン社新書)という本を以前買ったのだが、どうもタイトルが気に食わず、読んでいなかった。ただ、5月28日が張本勲の記念日だと知り読んでみた。出だしは打撃論なのでそこはカット。その後の張本の生涯の方が格段に面白かった。韓国から日本に来たご両親の間に生まれるも、お父さんをすぐ亡くした。お母さんは相当苦労されただろう。お姉さんは原爆で亡くなった。張本自身、被爆している。4歳の時には事故でたき火に突っ込み、やけど。一部の指同士が癒着した不自由な手で、張本は日本通算最多の3085安打を放ったのである。タクシー運転手のお兄さんが給料から学費や下宿代を捻出して広島から浪華商業高校に進むくだりは泣けてくる。張本の才能を見いだした指導者や家族の支えがなければ張本勲の今日はない。

今年、新型コロナウイルスの影響で甲子園が中止になったが張本勲は球児の気持ちがよく分かる。張本は不祥事に巻き込まれ休部扱いにされ、甲子園への挑戦を断たれた経験があるのだ。コロナと同じではないし、今回の方が大規模なのだが、夢に向かってひたすら努力したのは昔も今も変わらない。張本の場合は高校時代からすでに注目され、何と水原茂に「巨人に来なさい」と言われている。実際には巨人が獲得レースから手を引き、残ったのは東映と中日。張本は東京(東映)行きを選んだ。最初は岩本義行監督だったが、のちに水原茂が監督に就任するのだから不思議な縁だ。縁と言えば東映松木謙二郎コーチと出会ったことも張本の人生を決定付けた。まさに二人三脚で理想の中距離バッターを目指していった。

東映フライヤーズ あゝ駒沢の暴れん坊 (追憶の球団)

東映フライヤーズ あゝ駒沢の暴れん坊 (追憶の球団)

  • 作者:越智 正典
  • 発売日: 2014/12/01
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実に3割以上を16回。首位打者7回。ホームランは504本。そりゃバットマンは数字で人格が決まるというタイトルの本を書くわなと思う実績だ。しかし黒柴スポーツ新聞編集局長としては張本の偉大さを認めつつも数字と人格を結びつける考えは肯定できない。どの業界にも言えることだが、結果さえ残せば偉そうな態度をとってもいいかと言えばそれは違う。張本は記録がぶっちぎりすぎてご意見番にならざるを得ないのだろうが日曜朝ごとに苦言を呈していちいちネットニュースに書かれるという流れはそろそろ終わりにしてもらいたい。レジェンドなのに自ら格を下げている。いちいちネットニュースにする方もする方だが。前は放送を見たりネットニュースを拾っていたが最近はほとんど見ていない。

「最強打撃力 バットマンは数字で人格が決まる」でどのくだりがよかったかというと、「85%は苦しみの日々」。3000本以上ヒットが打てたら、また、毎年のように3割打てたらそりゃ楽しかっただろうなと思っていたがタイトルや優勝の喜びをかき集めても15%にしかならないという。不安や苦しさとの戦い。その連続だったから、引退を決めた時はホッとしたらしい。実は3085安打とは、どうなるか分からない明日に備えて、今を懸命に生きた証だったのだ。成功者の裏側とは、案外こんなものかもしれない。

ソフトバンクは開幕投手を見直すのか~時おり顔出す工藤監督「非情の決断」

ソフトバンク工藤公康監督が、開幕投手再考(いったん白紙)に言及した。確かに開幕日が揺れ動きようやく6月19日に落ち着いたこの流れではやむを得ない気はする。しかし内定していた東浜巨はどう思うかなと想像してしまった。やっぱり信頼感はまだまだ足りないよなと深読みしてしまうのではないか、と。

一度決まったことを変える人をどう思うだろうか。臨機応変か、優柔不断か、それとも人の心をもてあそんだ人か……工藤監督はそんな悪い人ではなかろうが、情よりもその時々で最善手を打つことがある。例えば2019年クライマックスシリーズでの松田宣浩スタメン落ち。レギュラーシーズンは全試合出場した松田だが、クライマックスシリーズでスタメンを外された時はどんな気持ちだっただろう。(元ネタはzakzak記事、松田スタメン落ち、内川に代打… 鷹・工藤監督の“大ばくち采配”に西武・辻監督「俺にはできない」)。記事では楽天とのファーストステージでホームランを打っていた内川聖一に代打・長谷川勇也を送った采配も紹介している。

スタメン落ちした松田宣浩はその後西武とのファイナルステージで活躍して「リベンジ」。内川への代打に関しては長谷川がタイムリーを放ったため工藤采配は実を結んだことになる。しかしそれは松田が奮起したからであり、また、長谷川がタイムリーを打てたからである。果たして今回、仮にも東浜が初の開幕投手から外れてしまった場合、うまく心を整理できるかちょっと心配になってしまった。東浜はいかにも繊細そうに見えるからだ。

プロ野球の場合、監督はどっしり構えていないとチームを束ねられないからいちいち起用法について、その決断の過程は当事者に伝えないのかもしれない。であれば東浜はどうすればいいのか。それは工藤監督はそういう采配をすることがある、と理解することだ。別に東浜だけそういう扱いをしているわけではないと理解した方がよいと思う。工藤監督はこの状況での体調管理を含めて、ただただ最善手を選択したいだけ。東浜とて万全の準備をするだろうが、それを上回る状態の選手がいればその人を開幕投手にしようという考えなのだろう。

個人的には東浜にはぜひ予定通り開幕投手の大役を果たしてもらいたい。そして自信をつけてほしい。2017年に最多勝に輝きながら、何かまだ殻を破りきれていないように見える東浜。この2シーズンは7勝、2勝にとどまっており、エース千賀との距離はどんどん広がってしまっていないか。開幕投手はただその1試合の先発という意味合いなのではなく、このピッチャーを軸に1シーズン闘うぞとの指揮官の意思表明でもある。特にこのコロナウイルス対策で移動時のリスク軽減のため6連戦が組まれる話もある。開幕投手を務めたピッチャーはことごとくキーになる試合に先発することだろう。東浜は5月26日の紅白戦でも3回1安打無失点。これなら開幕投手をいったん白紙にする必要もなさそうなのになと思ってしまうが……。開幕投手が誰になっても応援はするが、できれば予定通り東浜に務めてもらい、一皮むける契機にしてもらいたいと思う。

バレンティンを熱男にするソフトバンク~年俸5億円の効果は現れるのか

5億円の保険が機能するかもしれない。ソフトバンクバレンティンのことだ。昨シーズンオフ、バレンティンがヤクルトを離れることになりソフトバンクが手を挙げた。ソフトバンクにはデスパイネやグラシアルという実績ある外国人選手がいるので、5億円も出して獲得しなくてもいいのでは?と思った人もいただろう。黒柴スポーツ新聞編集局長もそう思った。だがとにかく2019年のソフトバンクは離脱者が多くハラハラドキドキしっぱなしだった。ゆえに保険と言っては失礼かもしれないが、バレンティンを獲得できるならまさしく保険的な安心にはつながるように思っていた。その保険が機能する事態になっている。デスパイネもグラシアルもこのコロナ禍でキューバを出国できないのだ。

これについてはサンスポが「ソフトバンク・森ヘッド、デスパイネとグラシアルの開幕絶望を明かす」と記事にしていた。日本に来られてもすぐ合流できないし、開幕時には戦力と考えてないよというものだ。状況からしてやむをえまい。しかしさほど悲壮感を感じられなかったのは戦力的に間に合っているからではなかろうか。柳田悠岐もいるし、長谷川もいる。そしてバレンティン。工藤監督はバレンティンにレフトを守らせる考えのようだ。

デスパイネはDHまたはレフト。グラシアルもレフトを守れる。バレンティンも守るならレフト。そろいもそろってレフトだが、デスパイネとグラシアルが合流できたなら3人のうち二人をレフトとDHで使えるということなのかもしれない。

ほら、こういうこともあるから獲れる戦力は獲っておいた方がいいよというのも正解だし、それは結果論であって、あまりに高い額で選手を獲得しなくていいよというのも一理ある。ただ今回言いたいのは保険が効きそうだということだ。保険は当たり前だが掛けた人に恩恵が生まれる。バレンティンとて不発に終わる可能性もあるが大技あり小技ありのソフトバンク打線に名を連ねることで作戦に幅は出そうだ。

個人的に楽しみなのはバレンティンも「熱男」になるのかという点だ。ヤクルト時代はかの宮本慎也に全力疾走や守備の大切さを説かれたというバレンティン。その教えは言葉なり「背中」だったと思うがソフトバンクでは言葉よりもチームの雰囲気、明るいノリなんじゃないかと思う。すでにオープン戦ではいくつかの激走を見せておりバレンティンの変化の萌芽が見られる。どうせアイツはと言わず乗せて走らせてしまうことができたとしたら、ますますソフトバンクはいいチームだなあと思うことだろう。「みんながいいように環境を作るのがチームメートだから」。バレンティンとの縁を紹介する、full-count記事に載っていた川島慶三のコメントだ。環境づくりは、本当に大事である。

甲子園中止という機会損失~やりたいことはやれるうちに思い切りやろう

機会損失
読み方:きかいそんしつ
【英】:opportunity cost

意思決定にあたって2つ以上の案があった場合, そのうちの1つを採用し, 他を不採用にした場合に, 得ることができなかった収益または利益の最大のものをいう. また, より広い意味では, ある事態が発生した場合(例えば機械の故障など), その事態が発生しなければ得られたであろう利益をいうこともある. 機会費用ともいう
(Weblio辞書より)

藪から棒に何だと思われたかもしれないが、夏の甲子園中止から、夢の舞台がなくなることの喪失感について考えている。機会逸失という言葉があったよなと調べてみたら機会損失という言葉に行き着いた。上記の説明に甲子園中止を当てはめてみる。開催されていればそこで脚光を浴び、スターなりプロ野球選手になった人もいたはず……その人にしてみたら甲子園中止は機会損失と言えるのではなかろうか。

輝け甲子園の星 2020年 03 月号 [雑誌]

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  • 発売日: 2020/02/01
  • メディア: 雑誌
 

 

5月24日放送のGoing!Sports&Newsで江川卓が高校生球児の心中を慮っていた。甲子園中止の判断は、高校生の健康を考えれば妥当だが、甲子園は夢の舞台。そこに挑戦する権利はみんなあったのだからその証を何らかの形で球児らに贈れないかと話していた。また、作新学院のチームメイトに大橋康延という選手がおり、彼は甲子園(センバツ)で注目され高卒でドラフト2位で大洋に指名されたと紹介していた。大橋とて江川がいなければエースを張れた逸材だったらしいが、ともかく甲子園でわずか2イニングとはいえ投げられたわけで、見る人が見たらいいピッチャーだなあと評価もされる。もともと評価されていた人がだめ押しで評価されることだってあろう。作新学院が甲子園に出ていなければ、大橋は「江川の控えピッチャー」として少なくとも高校時代は終わっていたかもしれない。

江川卓が怪物になった日 (竹書房文庫)

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Going!では最近の例として金足農業日本ハムの吉田輝星も取り上げていた。確かに黒柴スポーツ新聞編集局長も甲子園で吉田の存在を知りのめり込んだ。あの糸を引くような美しいストレート。仲間たちと楽しそうに勝ち進む快進撃には惚れ惚れした。金足農業が甲子園に出ていなければ吉田輝星は秋田のローカルヒーローのままだっただろうし、黒柴スポーツ新聞編集局長が金足農業にハマることもなかった。あの夏はブログ執筆も楽しんだから、甲子園が開催されていなかったらすさまじい機会損失をしていたことになる。

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人生長いから次があるさ。年長者は高校球児をそう励ますかもしれない。それは優しさなのだろうが機会損失としては大きすぎる。特に3年の夏、最後の夏はもう二度と訪れない。代わりはないのだ。野球ではないが、やりたいことがどうしてもできなかった経験はある。次があるさというのは、はっきり言って気休めにしかすぎない。だから黒柴スポーツ新聞編集局長はただただ球児と一緒に凹もうと思う。そして沖縄や佐賀で計画されている代替大会なんかがあれば応援する。形は全然違うけれど球児のためにそれを用意しようとしてくれた人たちにも感謝しようと思う。残念ながら人生において機会損失というのは確実にある。だからこそやりたいことがあったらやれる時に全力で取り組む方がいいし、好きな人がいたら想いを伝えたらいいし、食べたいものは食べられる時に食べたらいいし、見たい番組や試合は見られる時に見ておいた方がいいと思う。とにかく健康に過ごすことに気を付けながら、これからも数々の貴重な機会を損失しないよう心がけよう。

じゃない方の人は、いる~オールスター8連続奪三振を江川と成し遂げた中尾孝義

Full-count記事、「10連続三振を狙っていた」 女房役が明かす江川卓のオールスター8連続三振、を読んで、人生は残酷だなぁと思った。何が残酷なのか。この記事に出てくる「女房役」が誰なのか、すぐに分かるのはほんの一握り(の野球通)ではなかろうか。9連続奪三振という江夏の偉業に迫った江川の快投がまぶしすぎて、あの時のキャッチャーが誰だったのか忘れている。というか知らなかった。中日にいた中尾孝義だった。偉業や好投は一人ではできないはずなのに、評価される人と「じゃない方の人」がいる。それが残酷だなぁと思ったわけだ。

キャッチャーはそうなりやすいポジションかもしれない。勝てばピッチャーがクローズアップされ、打たれたらキャッチャーが責任を問われる。そんな話をすると同じ中日の中村武志が思い浮かぶ。星野監督にめっちゃ怒られてそう……。

監督に怒られていたかは分からないが西鉄ライオンズのキャッチャー和田博実もクローズアップされていない。鉄腕・稲尾和久はあまりにも有名だが、Wikipediaによると和田は2度の完全試合(1958年・西村貞朗、1966年・田中勉)と2度のノーヒットノーラン(1964年・井上善夫、1966年・清俊彦)を達成している。稲尾は確かにシーズン42勝だの日本シリーズサヨナラホームランを打つだの印象的な活躍をしたが、和田も西鉄黄金期のキャッチャーなのだから、もう少しフォーカスしてあげてほしい。やはり「じゃない方の人」というのは存在するのだ。

 

あまり良くない表現だが「アピる」という言葉がある。そういうのする人いるよな、上手だよな~と覚めた目で見てしまうが私は持って生まれた性格から、そういうことが自然にはできない。一生懸命やるってことはできるから、その延長線上で見てもらうしかない。だからスター選手が活躍するのもいいけれど、シブい選手が活躍するとさらにうれしい。とにかく、きょう書きたかったのは「じゃない方の人」というのは確かにいるのだということだ。アメトークの「じゃない方芸人」を集めた回を見て、確かに目立たない人はいるよなと思ったわけだが、そういうキャラもあっていいよなと思う。例えば、みんながハキハキしてなくていいし、内向的でもいいよなとか……。何でか見切れてしまう人はいるのだが、それは決してその人が頑張っていないというわけではないのだ。この黒柴スポーツ新聞ではみんなが知っているスター選手のネタで盛り上がることもあるだろうが、シブい選手、苦労人などなど「じゃない方の人」にもしっかり光を当てていこうと思う。

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重宝されると出番が増える~ソフトバンク嘉弥真4年連続50試合登板に意欲

スポニチ記事、ソフトB・嘉弥真 4年連続50試合登板へ決意新た「どんどん投げていきたい」、を見て驚いた。嘉弥真新也はそんなに投げていたんだ。主に対左の、ワンポイントが多い嘉弥真。それで直近3シーズン連続で50試合以上登板なんて素晴らしい。嘉弥真がいかに重宝されているかがよく分かる。必要とされるうれしさ。嘉弥真はしっかり感じているに違いない。

連続50試合登板を目指す嘉弥真には二つの敵がある。一つがこのコロナ禍による試合減少。これを書いている5月17日現在、まだ開幕日は決まっていない。6月中の開幕が模索されているが、全部で何試合できるのか。いずれにせよ、かなりのペースで投げないと4年連続50試合登板は難しい。

もう一つはルール改正。日本ではまだだがメジャーではワンポイント禁止というか、そのイニングは投げきるようルールが変わった。嘉弥真とて必ずしも特定の選手だけ抑えて交代ではなく、そのイニング任せたよという起用もあったから、仮に日本でも導入された場合、もろに影響があるわけでもない。ただし投げきるような起用が前提であれば例えば相手チームは左バッターをわざわざ並べず上手に右バッターを挟んでくる可能性もある。では、嘉弥真は右バッターに弱いのか。「野球結果」さんのサイトを参考にさせていただくと、対左の被打率が.229だったのに対して、対右は.346。あくまでも2019年だけのデータではあるが、嘉弥真が選手生命を永らえるためにも右バッター対策はしていかなければならない。

同じ左投げでも球威のあるモイネロとは違う。コーナーを丁寧に突き無失点で切り抜ける。これが嘉弥真の真骨頂だ。ホークス中継ぎメンバーには松田遼馬、椎野、高橋純平ら右ピッチャーは豊富だが左ピッチャーとなると手薄か。田浦は経験が少ないし、押し込んでいく川原と嘉弥真はタイプが違う。やはり嘉弥真にはまだまだ第一線で活躍してもらわないといけない。嘉弥真は30歳。肩は「消耗品」であるだけに、いつまで投げられるか分からないが、その個性を生かして最後の最後までしぶとく貢献してもらいたい。

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人生を左右するコンバート~ホークス投手陣を支えるブルペン捕手・内之倉隆志

内之倉隆志。懐かしい名前だなと思った。甲子園で有名になりダイエーホークスに入った。しかしバリバリ活躍したかというと……期待の方が多かった、のかもしれない。通算出場は118試合だったという。内之倉のことは西日本スポーツ記事、異色の経歴、元新聞記者のプロ野球2軍監督が今語る 「甲子園のスター」信じ続けたコンバート秘話、で読んだ。ダイエーで2軍監督を務めた経験がある有本義明さん(スポーツニッポン新聞社特別編集委員)を紹介するものだったが、有本監督がコンバートをしたのが内之倉隆志だった。

コンバート。配置転換のことをそう呼ぶ。忘れがちだが野球にはポジションが九つある。たった九つ……試合に出るためにはまずそこで一番にならないといけない。内之倉は三塁手だったが脚力がマイナス。逆に強肩はある。打力を生かす観点からキャッチャーへのコンバートを打診した。しかし内之倉はこれを拒否。三塁手に愛着があったのか、キャッチャーが大変だと思ったのか……いずれにしても、プロ野球選手が「変化」をするのは大きな決断だ。曲がりなりにもそのスタイルで結果を出したからこそプロ野球選手になれた。それを変えることはリスキーである。ある意味、賭け。
 「悪いけれど、君の脚力では選手(レギュラー)にはなれない。君は選手になりたいんだろ? いや、甲子園のスターなんだから選手になってくれないと。そのスターがプロで全然(駄目)では、君自身が一番寂しいはずだ」(西日本スポーツ記事より)
有本さんはそう内之倉に説いた。そして内之倉はキャッチャーになった。

プロ野球三国志

プロ野球三国志

 

 

記事にも書いてあるが、すぐに城島健司という有能なキャッチャーが入ってしまったこともあり、内之倉が結果を出したかといえばそうではない。じゃああのコンバートは失敗だったのか、というとそれは違う。今回初めて知ったのだが、内之倉はいま1軍ブルペン捕手。今なお野球の現場にいる。立場は裏方に変わりはしたが。

最初は嫌いなポジションだった。でも、やり始めたら、いかに大変でブルペンという職場がプロの世界に不可欠なのか分かった
西日本スポーツ記事には、内之倉がそう語っていたことを有本さんが振り返るくだりがあった。嫌いなポジション……嫌いというのもあっただろうが恐らく大変だ、というのが本音ではなかろうか。球場によってはグラウンドに面する形でブルペンが設置されているところもあろうが基本的には陰の職場。光が当たることはまずない。しかしそこで必死に投げ込んだり調整したピッチャーが試合で結果を出す。内之倉が言うようになくてはならない場所だ。ブルペンキャッチャーはその意味合いから「壁」とも呼ばれたりするがその「壁」にも工夫がある。調子がいいぞと声を掛けたり、乾いた捕球音を響かせることでピッチャーをその気にさせたり……この辺りはピッチャーって面倒だなと思わなくもないが、ともかくそれも含めて壁のお仕事らしい。かつて高校球界で名をはせた内之倉はそういうブルペンスタッフを束ねてソフトバンクの誇る鉄壁の投手陣を支えている。

タラレバを言い出したらきりがない。果たして有本監督がコンバートを打診していなければ、また、内之倉が断り通していたらどうなっていただろう。尻に火がついて三塁手として成功したかもしれないが、その後球団に残れたかは分からない。通算出場が118試合だからキャッチャーとして成功したとも言えない。しかし内之倉の野球人生が不幸かというとそれも違う。特に近年のプロ野球は投手の分業がかなり定着しておりピッチングスタッフの整備はペナントレースにかなり影響する。光は当たりにくいがブルペンスタッフの責任はかなり重く、またその分やりがいもあるのではないか。そして密かな密かなプライドも……。プロ野球が開幕していない今だからこそ、有本さんの記事が出たように思うが、西日本スポーツ記事のおかげで懐かしい内之倉を思いだし、また彼が強力なホークス投手陣を支えていることを知りうれしくなった。1日も早くプロ野球が開幕し、内之倉が支えているピッチャーたちがバリバリ投げることを願っている。

やりたいことができなくなったら~第1回ドラフト1位→打撃投手・豊永隆盛(中日)

中日の名選手、西沢道夫について調べようと1978年のベースボールマガジン5月号を開いた。その中の一つの記事に目が止まった。「プレーボール前のエースたち」。中日ドラゴンズの豊永敬章(改名前・豊永隆盛)ら打撃投手を取り上げたものだった。目に止まった理由は豊永が第1回ドラフト会議(1965年)の中日1位指名だったこと。そして記事の中にあった「これも野球人生でしょうね」「これがボクの仕事だから」にグッときたからだ。

豊永のノルマは「試合前に30分から1時間近く」と書いてあった。「本拠地はもとより、ロードにも全部チームと行動をともにする」ともあり、スコアラーの仕事もしていた。スコアラー兼バッティング投手。球団職員なのだった。豊永は熊本県の八代第一高校出身。Wikipediaを見て驚いたのだが高校では130試合で120勝8敗2引き分けだった。甲子園には行ってないようなのでその8敗が致命的だったとも思うのだが……ともかく豊永は記念すべき第1回ドラフト会議で中日に指名されたのだった。右投げの本格派投手。ベースボールマガジンには1年目の松山キャンプで豊永のピッチングを初めて見た西沢道夫監督のコメントが紹介されている。「ウーン、いいフォームをしてるな。これで体が完調になれば、きっと凄いスピードボールを投げるはずだ」

その豊永はどんな成績を残したのか。プロ野球記録大鑑には豊永隆盛の名前で載っていた。実働1シーズン。通算登板1、1回と3分の1を投げ、被安打3、四球1。2失点で防御率は18.00だった。右ひじに欠陥があったという。傷めたのは入団の前なのか、後なのか。西沢監督が「体が完調になれば」と言っていたので入団した時にはすでに傷めていたのかもしれない。豊永は以後登板することなく、5年目ごろから毎日1軍の打撃練習で投げ続けた。1973年限りで選手登録を外れ、74年から専門の打撃投手となった。

もう一つ、Wikipediaを見て驚いた。豊永の中日退団は2008年。もしこの間に退団していなければ、42年も在籍していたことになる。プロで1勝もできなかった男が実力主義プロ野球の世界で……すごいなと思う。その背景には彼の人となりがあったのではないか。ベースボールマガジンの豊永の記事はこう始まっている。

「中日の選手や関係者は、豊永の怒った顔をまだ一度も見たことがない。このチームの一員となってから、もう13年目にもなるというのに……」

そんな豊永とて、もちろん1軍のマウンドでバリバリ投げたかったと言っている。しかしそれができない現実。ドラフト1位という高評価を、けがとはいえ裏切った。それに苦しんだこともあっただろう。それでも豊永は第2のマウンドを見つけ、そこに立ち続けた。それを支えたのは制球力だった。やはり自分を助けられるのは自分しかいないのだ。

豊永はスコアラー兼バッティング投手の仕事を「少しもつらくはありません」と話していたが、どうやって折り合いを付けたのか、付けられてはいなかったのか。記事の結びは秀逸だった。

「昨年から『隆盛』から『敬章』と改名した。30歳を迎えて、自分の人生に一つの区切りをつけて、再出発しようという気持ちがそうさせたのだろう。現在一児のパパ。この彼をサラリーマンと表現していいのだろうか」

誰しもやりたいことをやって生きていけるわけではない。また、華がある世界を見た人はそことのギャップにも苦しむだろう。ドラフト1位だったおれがなぜ打撃投手なのだと思っても不思議ではない。現役の選手たちを羨むかもしれない。それはそれで、無理に消化しなくていいと思う。豊永は折り合いを付けたのかもしれないけれど、やりたいことがあるのならばやり続けたり、やれる方法を模索したらよいと思う。豊永がどんな球団職員人生だったか詳しくは分からないが、どんな思いで球団に残り続けたのか、機会があったらぜひ聞いてみたい。

打撃投手については澤宮優さんの「打撃投手」を読んで勉強させていただいたことがあります。興味がありましたらぜひご覧ください。また、黒柴スポーツ新聞を気に入ってくださった方はぜひフォローをお願いいたします!

打撃投手

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