若林忠志「七色の変化球」の背景~野球好きの直木賞作家、阿部牧郎氏をしのんで
直木賞作家の阿部牧郎氏が2019年5月11日に亡くなった。野球好きの私は訃報記事を見た時、阿部牧郎という名前から「以前この人が書いた野球の本があったな」とは思ったものの、恥ずかしながら直木賞作家とは知らなかった。それでも阿部牧郎氏は大の野球ファンだったらしいから、訃報を読んだ人が氏の野球本を思い出したことは喜んでくれるに違いない。というわけで、久々に阿部牧郎著「素晴らしきプロ野球」を本棚から引っ張り出した。
古い時代のことが書かれていたよなとは思っていたが、あらためて目次を眺めるとなかなかだ。
勝負師 水原茂
風雲 三原脩
箸と牛肉 若林忠志
闘将 藤村富美男
プロ野球が分裂した日 村上実
焦土の駒鳥 田村駒治郎
何と申しましょうか 小西得郎
今どきの若い野球ファンにはちんぷんかんぷんだろう。私は村上以外は知っている。村上実をザトペック投法の村山実の誤植かと思ったら、阪急ブレーブス代表の村上実だった。
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思い出した。もともとこの「素晴らしきプロ野球」を買ったのは田村駒治郎を調べるためだった。田村は松竹ロビンスオーナーの実業家。ロビンスは駒鳥。オーナーの名前にちなんでおり、ユニホームの袖に駒鳥が付いていた。この調子で行くと終わらないのであとは省略。
松竹ロビンス~1936-1952 羽ばたいた駒鳥たち! 個性派球団興亡史~ (野球雲10号)
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目次のなかから、「箸と牛肉」を選んで読んだ。面白いタイトル。解説したらネタバレになるので書けません(笑)。めっちゃキーワードです。若林忠志といえば七色の変化球というフレーズが浮かんでくるが、かなり考えて投げるタイプだった、というのが物語から分かる。若林に関してはほとんど予備知識がなかったのだが、その分ぐんぐん引き込まれていった。ハワイから法政大学に入る過程も、プロに入ってからの動きも面白い。
そして戦争が若林の球歴にも影響している。戦争が影響しなかった人はいないのだから当たり前。若林は複雑な経歴からモヤモヤしたものがあったのだが、野球に没頭したことで救われもした。没頭できるもの、大切なものが自分を救うことって、ある。熱中できるものがあるって、素晴らしい。
時代に翻弄されつつも、自分にとって大切なこと、自分がしなければならないことを考えて、若林が最終的に取った行動とは……。ここは本当に物語の肝だから、書くわけにはいかない。淡々と物語が進む中、若林が出した答えとその結果を読むと、すごく爽やかな気持ちになれた。
とても面白かったし、戦争の愚かさを淡々と訴えている点も評価したいし、というわけでほかの作品も読みたくなった。ちなみに阿部牧郎氏のジャンルは幅広いらしく、Amazonで見てみたら官能小説もたくさん出てきた。官能小説はちょっと「申告敬遠」させていただいて、いつか長嶋茂雄をモチーフにした作品は読んでみたい。
最近はプロ野球の試合をリアルタイムで見やすくなり、すぐにいろんな読み物が楽しめる。だがたまには、いにしえのプロ野球の物語もいいものだ。私も若林忠志のように、大切なものを守るためにはどうすべきかを考えたり、没頭できる時間や環境を大切にしようと思う。最後になりましたが、阿部牧郎氏のご冥福をお祈りします。素敵な野球本をありがとうございました。