黒柴スポーツ新聞

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監督はなぜ投手交代しないのか~高校野球で酷使論、再び

酷暑も相まって、高校野球の投手の起用方法が注目されている。炎天下、エース一人に延々投げさせていいのか。技術、体力共に発展途上の若者を守るのは指導者の責務ではないのか。これらの疑問はもっともだ。

完全保存版 夏の甲子園100回 故郷のヒーロー

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大阪府知事橋下徹氏も「球数制限は直ちに導入すべき」と主張している(8月14日サンケイスポーツ記事より)。橋下徹氏はさらに「練習日数・練習時間制限を導入して、決められた練習時間でいかに結果を出すかを切磋琢磨させるべき」とも述べた。いかにも合理的な発想だが確かに一理ある。高校生からこうした時間の使い方ができたら社会人になってから苦労しない。
ルポ・橋下徹 (朝日新書)

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効率よく結果を出す、という意味では150球以上も投げてやっと勝つのは対極にあると言える。しかし投げている方も投げ続けさせる方も好んでやっているわけではあるまい。技術的に未熟であることに加え、球児は全力プレーをするから試合がどうしてももつれるのだ。よって球数は増える。

1イニング3アウト。9イニングで27アウト。各打者を初球で打ち取れば理論上27球で完投できる。しかしそんなことはまずあり得ず、だいたいエースでも120球くらい要する。この第100回大会でも注目の1人、金足農業の吉田輝星が初戦の鹿児島実業戦で157球完投(14奪三振)、続く大垣日大戦では154球完投(13奪三振)。打たせて取るより三振が取れるタイプのようだから、どうしても球数はこのくらいいくのだろう。

ここで思うかもしれない。ピッチャー代えたらいいじゃないの、と。確かに二人で分ければ単純に負担は半分。連投してもダメージは減らせる。じゃあなぜ監督は代えないのか。

理由は二つ思い浮かぶ。まず、「代わりはいない」。超高校級、そこまでいかなくともエースクラスは何人もいない。実力が同じくらいであれば監督だって併用は思い付く。調子がいい方から起用して、継投を模索すればよい。柱を何本も育てるのが指導者の役割かもしれないが、やはり逸材はそうそういるものではない。甲子園で活躍するレベルならなおさらだ。結局、最も勝てそうな投手を使い続けることになる。

二つ目の理由は「野球は流れのスポーツ」だから。投手交代はリスクを伴う。例えば前半抑えられていても、2番手が捕まることがある。夏の甲子園史上初のサヨナラ逆転満塁ホームランという奇跡的な結末でかすみがちだがタイブレークにもつれ込んだ星稜対済美では、投手交代が影響を及ぼしていた。星稜の好投手・奥川恭伸がふくらはぎをつって降板。済美は一時6点ビハインドだったが追い付き、死闘を制した。星稜の救援陣もよく投げたが、果たして奥川が投げ続けていたらどうだっただろうか。済美はエース山口直哉が13回、184球を投げきった。愛媛大会から5試合完投。まさに大黒柱だ。試合展開からして中矢監督は代えるに代えられなかったことだろう。延長に入ってからも気迫の投球だったし、代えるのも勇気がいる。奇しくも済美と次に当たるのは、これまた高知大会から投げ続けている北代真二郎がエースの高知商業。北代は初戦の山梨学院戦で9回150球完投。2回戦の慶応戦は121球を投じてまたも完投。高知大会から6試合ずっとマウンドに立ち続けている。特に山梨学院戦では12失点。これは9回では最多失点完投らしい。北代がマウンドを降りる時、それは恐らく高知商業の夏が終わることを意味する。共に四国勢ということ以上に、両エースが地方大会からマウンドを守り続けていることに注目したい。勝ち上がり方からして乱打戦は十分あり得る。それは見栄えもするだろうがエースの負担を考えると、なるべく少ない球数での好ゲームを期待したい。ちなみに、1人で6試合投げきっての夏優勝は、1994年の峯謙介(佐賀商業)以来1人もいない。