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黒柴スポーツ新聞

ニュース編集者が野球を中心に、心に残るワンシーンやプレーヤーについて綴ります。

元阪急スペンサーは「投げずに敬遠」を半世紀前に成立させようとしていた

敬遠の意思を示せば投げずに成立する。そんなルールが2017年シーズンから米大リーグで導入される。

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敬遠も野球の一部なんだからそれでいいのかなとか、ドラマが失われるというのが大方の野球ファンの受け止めではなかろうか。

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ドラマとはサヨナラ暴投の小林繁とか、暴投をサヨナラヒットにしたクロマティーや新庄剛志サヨナラホームランにした柏原純一のことを指す。新庄剛志と柏原純一が師弟関係であることまで含めてドラマと見る向きもある。

プロ野球選手とは言え人間がすることに「絶対」はない。だからこそ「投げずに敬遠」がルールになるとドラマが生まれにくくなるのは正論だ。そのあたりは2016年5月に書いておいた。

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なのであえて話をスペンサーに飛ばす。宇佐美徹也氏のプロ野球記録大鑑によればスペンサーは今から約50年も前にこの「投げずに敬遠」を成立させそうになったことがあった。1966年9月7日の南海戦。最終回1死2、3塁でバッターはスペンサー。しかしバッテリーが敬遠のそぶりを見せたためバットを捨てて1塁へ向かった。だが球審に連れ戻された。結果はどうなったかと言えば敬遠。スペンサーがどうしたかというと「だから始めから…」と言わんばかりに球審を見ながら1塁に向かったという。 

スペンサーは2017年1月2日に亡くなってしまった。もし日本でも「投げずに敬遠」が導入されたら今度もまた「ほらね」と言ったかどうか。

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 敬遠がらみでもう一つ。敬遠が多かったスペンサーはそれを逆手に取った作戦を西本幸雄監督に進言している。ネタ元は文春文庫ビジュアル版「暴れん坊列伝 プロ野球乱闘史」。1死2塁でたびたび敬遠されたスペンサー。状況は1死1、2塁になる。そこであえてゲッツーになりそうなゴロを打つ作戦だ。聞いた西本幸雄監督は「こいつ、どこかおかしくなったと違うか」なんて思ったそうだが逆。実現したシーンを見てみよう。

ランナー1、2塁でバッターは石井晶。打球はショートに向かい、小池兼司からセカンドのブレイザーに転送。しかしそこへスペンサーがものすごいスライディング。ブレイザーが転倒した間にセカンドランナーのウィンディがホームインしたのだった。

ただしこの作戦ももう使えない。日本のプロ野球でもいわゆるゲッツー崩しの悪意あるスライディングは「摘発」されることになった。スペンサーの闘魂あふれる作戦も古き良き時代の伝説になろうとしている。

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