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黒柴スポーツ新聞

ニュース編集者が野球を中心に、心に残るワンシーンやプレーヤーについて綴ります。

気分転換がうまい人は強い~二日酔いでも豪打炸裂「あぶさん」のモデル永淵洋三伝を読んで

侍ジャパンの強化試合で11月13日、2016年に「神ってる」活躍で大ブレイクした鈴木誠也が延長で満塁ホームラン。打つ前は緊張で「吐きそうだった」そうだが、グラウンドで本当に吐いた人がいる。しかも守備中。しかも二日酔いで。



澤宮優氏の労作「『あぶさん』になった男 酒豪の強打者・永淵洋三伝」を読んでそのエピソードを知った。酒豪と書いてあるが作品中では吐きそうになったり二日酔いになるシーンが再々出てくる。酒豪だったらそうはならないのではないだろうか?



まあいい。実際に日本酒を1升飲んだり、ビールを30本空けたりしているのだから飲む量がハンパなかったのは確か。何とプロ入り前の社会人野球時代には飲み屋に借金を30万円も作った。現代でもそこそこの額だがこれは1960年代の30万円。東芝にいた永淵洋三の月給は3万円だったから10カ月分の借金である。



これを近鉄入りの契約金で返済したエピソードも有名だし、このエピソードをもとに水島新司が漫画「あぶさん」を誕生させたのも知られている。澤宮優氏が偉いのはそれをきちんと取材して一冊の本にまとめたことだ。

あぶさん (1) (ビッグコミックス)

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だが黒柴スポーツ新聞編集局長は酒をたしなまないため、なぜにそこまで浴びるように酒を飲みたいのか最後まで分からなかった。不安になって読み返してようやく酒を飲む理由の一端に気付いた。



そもそも永淵洋三が酒を飲みだしたのは東芝の監督が「酒も飲めないやつはろくな選手にならない」と言ったから。ただしこれは行く先々で歓待される時に「飲めません」ばかりでは話にならないよという意味合いだった。が、永淵洋三は額面通りに受け取って飲みまくった。そして借金30万円の一部は飲み仲間の借金の肩代わりでもあった。



もう一つ、酒を飲みだした理由は西鉄のテストに落ちたから。川崎球場で大洋対巨人戦を見て王貞治長嶋茂雄が輝く姿を見てプロ野球を意識した。だが168センチの身長が災いし西鉄のテストではろくに見てもらえなかった。



いったん脇にそれるが近藤唯之著「運命の一球」ではこのテストの際に中西太監督が「小柄、左打者、脚、この三つをうまく組み立てないとたとえいつの日かプロ野球に入団できたとしても、プロ野球では飯が食べられないぜ」(240ページ)と声をかけている。

運命の一球 (新潮文庫)

運命の一球 (新潮文庫)



しかし「『あぶさん』になった男」では中西太はグラウンドに永淵洋三が出ても「ベンチに座ったまま」。打撃練習で永淵洋三が打席を外してベンチを見た時、中西太は別の選手を見ていた。これでは二人の会話は成立しない。



「運命の一球」では1969年、永淵洋三が張本勲と熾烈な首位打者争いをしているさなか、例の「小柄、左打者、脚」の話を思い出して三塁線のセーフティーバントで打率を稼いだことが奏功した、という物語にしている。127試合で162安打、うち36本が内野安打。近藤唯之によれば36本中7本が三塁線セーフティーバントでこれが生きて張本勲との同率首位打者になったとしている。



果たして永淵洋三は中西太と言葉を交わしていたのか。もししていなかったら…。ドラマチックな話は読んでいて心躍るがここまで食い違いがあると正直興ざめである。



ともかく、永淵洋三は西鉄のテストに落ちたのがショックで酒の力を借りてそれを紛らわせた。そういう意味では縁あって近鉄入りしたとはいえ野球の腕で飲み代を返したのだからその点はカッコいい。



ただし「『あぶさん』になった男」ではとてもじゃないが永淵洋三をカッコいいと見なせないエピソードもいっぱい。過度の飲酒、会社の金に手を付ける、無免許運転、二日酔いでオールスターを休むわ、試合中にグラウンドにゲロッパ!までしている。正直、武勇伝でも何でもないなと思った。



ちなみに同時期に近鉄にいた伊勢孝夫によれば永淵洋三はバットコントロールがよく若松勉に似ていたが「若松ほど節制していなかった」。
www.sponichi.co.jp



主砲だった土井正博も永淵洋三をいいバッターだと振り返りつつも「体が丈夫で長くやれば、2000本近く安打を打っていたと思う」と述べている。



永淵洋三は二刀流だった時期があり、大谷翔平ファンにもぜひ名前を覚えておいてほしい人である。1968年1シーズン、12試合で0勝1敗ではあったが投手→打者→ライト、代打→ライト→投手といった起用をされた。だから澤宮優氏は一人三役であることをクローズアップした。そう、もっと知られていい事実である。

大谷翔平 二刀流

大谷翔平 二刀流



この起用は黒柴スポーツ新聞編集局長も大好きな三原脩監督による。さすが三原脩西鉄時代ではなく大洋時代を思わせる起用法で弱小近鉄で優勝争いを繰り広げる。1969年、首位打者を争う永淵洋三と張本勲、首位を争う近鉄と阪急のデッドヒートは読んでいて熱くなる。このあたりはあえて書かないので興味がある方はぜひ手に取っていただきたい。



飲まない人にとっては永淵洋三の胸の内なんて分からないのだが、唯一気持ちを重ねられた言葉がある。




「勝っても負けても寝るまでは気分は楽ですね。朝起きたらまた試合でしょう。気持ちの休まるときはなかったですね」(118ページ)



ここを読んでようやく永淵洋三の真意が分かった気がする。戦場では気持ちが高ぶったり神経質になったりしたとしても、せめて自分の家や部屋や行きつけの店ではリラックスしたいものだ。




活躍できれば祝杯。負ければやけ酒。気分転換にもなる酒は永淵洋三という小型車にとってのガソリンだったのだ。「酒を飲んでいなかったらもっとやれたのでは」と記者に聞かれた時は「いや酒を辞めていたらここまでやれたわけがない。酒を飲みたい一心でやってきたから」と答えている。




やることをやれば後は何をしようと勝手、という考えは好きではない。だが一方でここまでマイペースを貫いた永淵洋三をちょっとうらやましく思う。今は自分を殺して生きる人が本当に多い。永淵洋三はかっこつけず、自分の心に素直に向き合って行動し続けただけなのだ。




そして共感できたのは逃げ場を作った点。酒を逃げ場と言うと永淵洋三に「ちょっと違うよ」と言われてしまうかもしれないが気分転換的意味合いも含めれば永淵洋三には酒が友であり、愚痴を聞いてもらったり励ましてくれたりする存在だっただろう。旅をする。食べる。飲む。気分転換の方法は人それぞれだがよい気分転換の仕方を持っている人は強い。永淵洋三伝を読んで改めてそう思った。




ちなみに黒柴スポーツ新聞編集局長は甘いものを食べたりブログを書くことで気分転換になっている。あれ、ブログ初年度にこんだけ毎日のように書きまくっているってことはだいぶ貯まっていたのか? きょうも気付いたら約3000字。そろそろ終わるとしよう。




きょうの1枚は土井正博。通算2452安打、465本塁打土井正博と永淵洋三は7年間一緒に戦ったが「ほとんど話をしたことがない」。それでも「彼(永淵洋三)はプロフェッショナルです」「土井は凄い選手です。長嶋さんクラスですよ」とお互いの実力を認め合っている。素敵な間柄だ。
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