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黒柴スポーツ新聞

ニュース編集者が野球を中心に、心に残るワンシーンやプレーヤーについて綴ります。

生き時間と死に時間~移動日と休養日で復活した稲尾和久

日本ハムファンには申し訳ないが、日本シリーズが面白い展開だ。劣勢こそ栗山英樹のマネジメント力が発揮されそうだからだ。


案の定連敗後に言っていた。自分たちのやりたいことができているか、それが大事なんだと。


並の指揮官なら勝敗にこだわる。だが栗山英樹は自分たちがやりたいことができているかを重視しており、それができれば結果はついてくるという考えなのだろう。下手したら敵の失策で勝ってもうれしくないくらい言いかねない。


日本シリーズの醍醐味の一つは移動日だ。試合がないのに何が面白いの?と言われそうだが移動日を上手に使うのも技術の内、と思うからだ。


時間には「生き時間」と「死に時間」がある。前者はプラスに作用する。後者は無駄である。


待ち合わせをする。相手が遅れる。想定外で暇つぶしできるものがない(今時はスマホタブレットがあればどうにでもなるが)。ただ待っているだけなら死に時間。隙間時間で持っている本を読んだり音楽を聞いて気分転換したりできれば生き時間になる。時間の長さによるがやろうと思えば勉強だってできる。大事なのは時間をどう使うかだ。


日本シリーズのカレンダーでは第2戦の翌日は移動日。だが日本ハムナインにしてみれば気分転換の意味がある。しかもホームに戻れる。サッカーもホーム&アウェーという言葉があるように野球でも地の利はあろう。日本ハムにはよい切り替え時。生き時間にするチャンスだ。


日本シリーズがぶっ続けで毎日行われればいい加減短期決戦なのだから勢いが付いた方が有利。あっさり終わり逆転のドラマはもっと少なかったことだろう。単純に開催地が離れていて移動日というルールができたのだろうがこの移動日が休養日になったり気分転換になった事実はある。



例えば1958年の西鉄。後楽園球場での日本シリーズ第1戦、第2戦で連敗。今では考えられないが西鉄ナインは宿敵巨人と同じ寝台列車で次の舞台、福岡に向かった。「伝説」によると巨人の選手は寝台でおとなしく寝たのに対し西鉄ナインは食堂車でにぎやかに飲んだ、食堂車のビールを飲み干したとされている。ひっくり返す自信があっての行動と理解されている。



エース稲尾和久の著書「鉄腕一代 超人投手の豪快野球人生!」(ベースボールマガジン社)によれば、にぎやかに飲んだのは事実だがそこまでの余裕はなかったという。むしろ負けるかもしれないという不安があった。何とかなるという気持ちと混ざり合って複雑な心境だった。



ただ稲尾和久に限れば平和台球場に戻ると「もうシャキッとなっていた」。自信を持って上がったマウンドで納得いく投球ができた。しかし序盤に失った1点に泣き0-1で負けた。これで3連敗。前年まで2年連続日本一の西鉄がついに追い込まれた。
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ところが翌日第4戦の朝、稲尾和久が起きると試合中止が決まっていた。前夜から雨が降ってはいたがすでに止み昼前には青空さえ見えた。だが遠方からバスで来る人たちのために中止なら早朝決定が必要というのが西鉄の大義名分だった。


巨人は押せ押せだったしやりたかったに違いない。中止も稲尾の休養目的と見るのが自然だろう。中止には強く抗議したという。


稲尾和久自身は休養は休養でも「精神の休養」だったと振り返る。考える時間ができたのだと。心身ともにリフレッシュして4連勝とすべて勝ち投手となり第5戦に至ってはサヨナラホームランまで打った。休みが生き時間になったのだ。


稲尾の復活は超人的で別次元なのだがこういう切り替えの時間を持とうという意識は真似できる。アイデアが煮詰まったら散歩する。たばこを一服。コーヒーを一杯。それぞれのやり方で自分らしさが取り戻せたらいい。それは決して死に時間にはならない。


黒柴スポーツ新聞編集局長も胸に手を当てて振り返ると、今年様々な出会いや学びの場に恵まれ「生き時間」が増えた。そういう環境を作ってくれた先輩後輩友人にはとても感謝している。


話は戻るが、不可能、無謀と思われた二刀流をこなし165キロも記録した大谷翔平なら何かやってくれそうな期待もできる。果たして投打に活躍し、神様仏様大谷様状態になるのだろうか。


ちなみに例の1958年第4戦三原監督は稲尾和久を登板させるつもりだった。負けてもファンは稲尾和久が投げた上でなら納得してくれたと考えたからだ。もしも崖っぷちまで追い込まれたら栗山英樹監督も同じように大谷翔平投入を考えるだろうか。起用法も注目しよう。