鈴木尚広、代走で残したオレンジ色の軌跡~スペシャリストと単能工
巨人の鈴木尚広が引退を表明した。足のスペシャリスト、走塁のプロフェッショナル。一芸に秀でた選手だった。
代走が主戦場の鈴木が出てくるのは終盤だ。追いつきたい、追い越したい、ダメ押ししたい。そんなチームの願いを、磨いた走力で何度もかなえてきた。CSでまさかの牽制死を喫したのが引き金になったのかどうか。スポーツ報知記事によればこの1年、引き際を考えるようになっていたという。
ここのところ電撃引退というよりは事前に告知してみんなで送り出すパターンが続いていただけに、その人にしか分からない力の衰えによる引退劇は一昔前のプロ野球人を思わせる。鈴木はアウトになったら終わりという文字通り「真剣」勝負に生きてきた。最後のプレーが牽制死というのも代走に生きた男らしくてカッコいい。
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すぽるとでは恒例だった選手間投票の走塁部門で2013年から3連覇した。2015年の投票結果時の映像を見返したが、福原忍、山崎康晃、藤浪晋太郎、三浦大輔らも大絶賛。見た目や人気ではなく、同業者からの高評価に鈴木はうれしそうだった。
三浦と大瀬良大地が言っていたが代走の前から鈴木の存在を意識せざるを得ないという。そのへんは鈴木も心得ていてあえて相手にプレッシャーを与えるべくベンチ最前列で準備をしている。鈴木はそれを「宣戦布告」と表現していた。
かつて巨人には赤い手袋が代名詞の柴田勲がいた。意図的に目立つよう赤を選んだのかと思いきや、二宮清純氏の記事によれば柴田がたまたまアメリカで必要となり見つけたものが赤い女性用だったというのが始まりだった。
第588回 V9・柴田勲の“赤い手袋”伝説 – SPORTS COMMUNICATIONS
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カラー手袋の歴史は年間盗塁数76のセ・リーグ記録を持つ松本匡史が水色の手袋をはめて継承。「青い稲妻」と呼ばれた。
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鈴木はオレンジ色の手袋を着用。川上哲治の赤バット、大下弘の青バット、柴田勲の赤い手袋、松本匡史の水色の手袋と、色が名選手の代名詞になってきたが今最も旬なのは丸佳浩のピンクのリストバンド。アシックスのもので、担当者に色をまかせたらピンクになったとか。黒柴スポーツ新聞編集局長は丸のリストバンドを見るとストロベリーのアイスクリームが食べたくなる。
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鈴木が代走で決めた盗塁は132として藤瀬史朗の持つ106のプロ野球記録を更新。藤瀬が好きな編集局長的には快足藤瀬の勲章が一つ減ってしまい残念だったが、鈴木もいい選手なのでよしとしよう。
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さらに鈴木はもう一人の超大物も超えた。南海の誇る俊足・広瀬叔功は通算盗塁成功率8割2分8厘9毛。鈴木は8割2分9厘0毛。まさに髪の毛1本ほどの差で上回ったのだ。ちなみにこれは通算200盗塁以上での比較。鈴木は228盗塁。広瀬は596盗塁。広瀬の素晴らしさが色あせることはない。
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黒柴スポーツ新聞が選ぶ鈴木の感動シーンは2つある。まずは2009年11月5日、巨人対日本ハムの日本シリーズ第5戦。8回裏1点ビハインドの場面で代走鈴木は2塁に盗塁。ここでバッターボックスに代打・大道典嘉が入る。
マウンドには林昌範。セカンドにいた鈴木は牽制されたがこれが悪送球となりすかさず3塁を陥れた。スライディング後、してやったりとばかりにオレンジ色の手袋をポーンと叩いた。
大道はいつものようにバットを短く持ち高めの球に食らいつく。ライナーで飛んだ打球は2塁手が頭上に差し出したグラブをかすめるように外野へ抜けた。鈴木は楽々ホームイン。この後、巨人は9回表に1点取られたが裏に亀井義行と阿部慎之助のソロ2発でサヨナラ勝ち。ホームランで勝ったが代走・鈴木の盗塁に端を発する同点劇が光る。「盗塁だけでなくホームに返るのが自分の役割」という鈴木がここ一番で仕事をした。
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もう一つは2014年7月15日、東京ドームでのヤクルト戦。3-3で迎えた12回裏、坂本勇人のショートゴロの間に1塁代走の鈴木はセカンドへ。ヤクルトは前進守備を敷く。橋本到の打球は飛び付いたファーストのグラブをかすめつつライト・雄平の前の前に転がっていった。
さすがに元投手の雄平。ワンバウンドでいい球がホームに返ってきて捕手の中村悠平も完璧なブロック。しかし鈴木は3塁側から回り込みながら中村の背中越しに左手でホームベースに触れた。仰向けになりながら滑り込んだ鈴木の後頭部数センチの所で中村のキャッチャーミットが空を切る。これぞプロの走塁。コリジョンルール適用で今は見られない芸術的シーンであった。
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鈴木はいかにして緊迫した平常心を保っているのか。すぽるとの中で石川雄洋が質問した。答えは「もう一人の自分を作る」。場面に入り込みすぎると態勢が投手寄りになってしまう。それを防ぐためにも俯瞰的な視点を作り出すことで自分を客観視し、冷静さを保つのだそうだ。編集局長は物事に集中すると視野が狭くなる自覚がある。アツくなる時ほど第三者的に自分を見てみよう。
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もう一人、編集局長も大好きな荻野貴司が質問した。「代走に行く前の準備は?」。鈴木は起きる時間も球場入りする時間も決めている。例えばデーゲームの時は午前7時に球場に着き8時からストレッチをしていたそうだ。
別の番組で見たがその時も球場入りはゲーム開始8時間前。入念に体をほぐしてからでっかいボールの上に立ちあがったり、しゃがんで地面に手をついて肘にひざを付けながら足先は宙に浮かせて腕だけで体を支えたりして体幹を鍛えていた。プロ入り後はけがが多く、2軍時代から自費でトレーナーをつけていたそうだ。
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こうした準備や物事を継続する姿勢は精肉店を営むご両親の姿勢が影響していると本人が語っていた。準備を大切にする。当たり前のことだがいつしかおろそかになりがち。最高のパフォーマンスは準備から始まることを改めて意識しよう。
巨人はドラフト1位でも花が咲かない選手は何人もいた。スカウト能力に特別たけているとも思わないが、ドラフト4位で鈴木を獲ったのは素晴らしかった。福島・相馬高校時代に甲子園には出ていない。だが鈴木にはベースランニング1周13秒3という俊足があった。1軍定着のきっかけの一つは脚力が原辰徳監督の目に止まったこととされている。
巨人で共に戦った木村拓也はプロで生き残るため外野も内野もキャッチャーもこなした。ユーティリティープレーヤーになることで戦力になった。一方で鈴木は足という武器に懸けた。準備を怠らず、自分の魅力を必死で磨いた。打撃力が人より劣っても自分にしかできない仕事をすることで頭角を現した。そして毎年何人も新人が入り生存競争が繰り広げられるプロで20年もやった。
同じ一つのことをやるにしても、他の追随を許さないスペシャリストと、それしかできない単能工とでは天と地の差がある。
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鈴木は自分のテクニックを惜しげもなく披露する。たね明かしをしても自分の領域まで届きっこないからするという。経験値が違うと言っていた。だがその経験と知識を伝えることでぜひどこかのチーム、できれば巨人で後継者を育成してほしい。次なる巨人のスピードスターは果たして何色の手袋をはめるのか、今から楽しみだ。
きょうの1枚は鈴木本人。2004年版のカードではまだ背番号は68だ。球場での鈴木のテーマソングはTHE BLUE HEARTSの「TRAIN TRAIN」だった。鈴木尚広、ちょっとだけ休んだら、またどこまでも走っていってほしい。