黒柴スポーツ新聞

ニュース編集者が野球を中心に、心に残るワンシーンやプレーヤーについて綴ります。

だらだらやっても結果は出ない~稀勢の里は綱とりを仕切り直せ

稀勢の里が9月23日に4敗目を喫した。すでに今場所の綱とりは絶望的だったのだが、この1敗の大きさは相撲ファンなら分かる。来場所の綱とりがあるのかどうかの境目に立ったのだ。



黒柴スポーツ新聞編集局長は野球ほど相撲に詳しくないが、今場所は残り全部勝っても11勝。横綱昇進の前々場所が11勝でも横綱になれるとしたら、大安売りも甚だしい。


2場所連続優勝またはそれに準ずる成績が求められるが、稀勢の里はまだ優勝もしていない。ずっとモンゴル勢を中心に外国出身力士が賜杯を独占。琴奨菊が一矢報いたが後が続かない。



それにしても稀勢の里はよっぽどかわいがられているのだろう。どうにか日本生まれの横綱を復活させたいのだろう。稀勢の里が期待を裏切り続けても見切られない。


確かに12勝くらいの成績が続いているから弱いわけではない。しかし2場所連続優勝というのはつまり、強さの証明なのだから、誰が見ても強いと思われねばならない。


強さにも、日々の勝負に勝てる強さと、ここ一番の強さの二通りある。稀勢の里は不思議なくらい勝負弱い。自分自身を信じられないなど、心の部分に課題があるのではと思ってしまう。地力があるのは誰もが認めるだけになおさらそう思ってしまう。


そしてすぐ思い浮かぶのは取りこぼしの多さ。序盤に負けすぎ。自ら追い込まれているのだ。横綱になれたとしても金星配給ペースがすごそうだ。


今場所は白鵬もいないし、鶴竜日馬富士も相変わらず。このビッグチャンスですらものにできないのは致命的だ。そろそろ相撲ファンも現実を突きつけてはいかがだろうか。



社会人的な視点でみれば、昇進、契約、事業採択など勝負どころはそれぞれある。ほとんどが一発勝負でチャンスは二度とないことの方が多い。だから琴奨菊が綱とりのチャンスは今回ばかりじゃない的なスタンスだったことに違和感を感じた。がぶりよりという必殺技はあっても横綱は胸を貸した上で勝つことが求められる。琴奨菊は格下を受け止める強さに欠けている。


それに、人間、「保険」があると勝負しようとは思えない。習字の授業の課題で、与えられた半紙は3枚。一番うまく書けたものを提出しなければならないとする。3枚で何とかしなければならないのだからこそ集中できる。これが次もある、まだ書けるとなると集中力が削がれるわけだ。少なくとも編集局長はそういうタイプだ。


そういえば、稀勢の里は場所前の会見で「横綱になりたいですか」と質問され、フッと苦笑していた。本気でなりたいのならそんな質問が出る雰囲気自体がおかしい。勝負師としてのオーラが出ていない、何よりの証拠と見た。


今場所でいったん、綱とりはリセットしたらいかがだろうか。その上でもう一度チャレンジしてほしい。このままでは伸びたゴムのように、力強さが感じられないままだ。


もたもたしている間に豪栄道が初優勝する勢い。優勝したら「道」にひっかけた見出しがあちこちで付けられそう。特に遊び心のある毎日新聞あたりと具体的に予想しておこう。黒柴スポーツ新聞は先に「ポケモン豪」使用権を予約しておこうか。



それにしても豪栄道に首投げがあるのは相撲ファンなら常識だが日馬富士はきれいに食らいすぎ。それでも「誉められた技ではないが、きょうはよしとする」とまるで自分が親方のように総括できる豪栄道が一枚も二枚も上手だったということだ。


あれだけ稀勢の里にチャンスが与えられても出来なかった優勝が今、豪栄道の目の前にある。今年は琴奨菊稀勢の里豪栄道と、図ったように大関が順番に話題をつくっている。