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黒柴スポーツ新聞

ニュース編集者が野球を中心に、心に残るワンシーンやプレーヤーについて綴ります。

303勝でも無国籍、須田博に改名させられたスタルヒン~生誕100年を機に日本国籍を

あまり話題にならなかったと思うが2016年はスタルヒンの生誕100年(1916年=大正5年5月1日生まれ)だ。しかし日本プロ野球においてスタルヒンの記録はなくてはならない。シーズンが終わるまでに何とか、いかにスタルヒンがすごかったのかもう一度書いておきたい。



【史上最速の300勝】
トンボ所属だった1955年7月28日に達成。300勝投手はその後、金田正一(400勝)、米田哲也(350勝)、小山正明(320勝)、鈴木啓示(317勝)、別所毅彦(310勝)が記録し計6人になった。なお、通算100勝も史上最速で、165試合目で達成してしまった。



最多勝が最多6回】
1937年秋から40年まで5シーズン連続で最多勝。49年にも獲得した。


【シーズン42勝は歴代1位】
稲尾和久と並んでの42勝は有名。記録した1939年は68試合登板、38完投だった。この39年と40年には最高殊勲選手に輝いた。



【通算83完封も歴代1位】
ベースボールマガジン社「宿命の巨人・阪神戦」でスタルヒンを紹介した文には「190センチ以上もある長身から投げおろす猛球は唸りを生じたものであった」「白系露人のこの美男投手は名投手沢村と匹敵する球威を誇り初の300勝投手となったのも当然であった」とある。実働19年で通算防御率は2.09だった。



【無国籍、でも須田博】
こうほう旭川市民2016年5月号にはスタルヒンの略年表が付いている。それによると、帝政時代のロシアで誕生。ロシア大革命のあおりで各地を転々とし、9歳の時に一家で亡命。旭川に落ち着いた。日章尋常高等小学校に入り、旭川中学に進んだ。


旭川中では甲子園を目指すも全道大会決勝で2年連続敗退。グラウンドに伏して号泣したという。中退して巨人の前身、大日本東京野球倶楽部に入団した。ウィキペディアによると1935年にアメリカ遠征に参加するが「無国籍だったため」ビザが下りずフランク・オドールらが奔走してようやく入国できた。


2003年の野球カードBBM剛腕列伝にはスタルヒンもあるが、ヴィクトル・スタルヒンのつづりは「Victor Starffin」。戦争のあおりで英語が禁止され、別にスタルヒンの名前は英語ではないと思うが「須田博」に変えさせられた。こうほう旭川の年表には「強制改名」とあり、1944年の欄には「太平洋戦争の激化により、敵性外国人として軟禁」とある。


「宿命の阪神・巨人戦」に1940年の最高殊勲選手は「須田」投手と書いてあった。確認のためプロ野球記録大鑑を見てみると、確かに1939年の最高殊勲選手は「スタルヒン」、1940年は「須田」と書いてあった。


無国籍だったかもしれないが、思いっきり日本風の名前に変えさせられて日本人と扱われないのもかわいそうな話。第一、小学校から日本の学校に通い、友達もおり、中学ではみんなで甲子園を目指し、成人後もプロ野球でしのぎを削ってきたのだ。それを一切無視して「敵性外国人」だなんてひどすぎる。


そういう意味では野球カード「剛腕列伝」ではよくぞシリーズの1枚目にスタルヒンをもってきてくれた。ベースボールマガジン社のこのあたりのセンスが秀逸。「よくお分かりで」と言いたくなる。ベースボールマガジン社に存在感があるのは歴史をリスペクトする気持ちがあるからにほかならない。



【自動車事故で他界】
1955年に300勝を達成して引退。その2年後、自動車事故で亡くなった。しかし旭川の人たちの尽力で1979年にはスタルヒン銅像が建立され、1982年には市営球場が「スタルヒン球場」に改名された。同じ改名でもあの忌まわしい強制改名とは全く意味合いが違うのだ。
スポニチ記事【1月12日】1957年(昭32) 初の300勝投手スタルヒン、ナゾの交通事故
http://www.sponichi.co.jp/baseball/special/calender/calender_january/KFullNormal20071226149.html


 

スタルヒンは巨人~パシフィック・太陽~金星・大映~高橋・トンボと移籍。巨人以外は消滅していることまり、チームとして顕彰することができない。1960年に野球殿堂入り競技者表彰第1号となったのが救いだが、旭川以外の人にももっとスタルヒンの偉大さが認識されればなと思う。


もっと踏み込んで、生誕100年を機に日本国籍とする措置があっても洒落ていた(ご家族の意思を尊重した上でだが)。顔つきはロシアだったかもしれないが、ハートは日本人だったと思う。別に個人が尊重されれば国籍はただの記号にしか過ぎないかもしれないが、スタルヒンほどのスターにその記号すらないことが寂しく感じられてならない。



スタルヒンについてもっと詳しく知りたい方はぜひ、こうほう旭川市民など以下をご覧ください。
http://www.city.asahikawa.hokkaido.jp/700/723/724/d056536_d/fil/04-07p.pdf

※産経WEST
屈辱の改名「須田博」を受け入れた日…生誕100年 伝説の300勝投手スタルヒンの「無国籍人生」
http://www.sankei.com/west/news/160604/wst1606040003-n1.html


きょうの1枚はスタルヒン。パシフィックのユニフォームのカードはほかに見たことがない。その意味でも貴重だ。野球カードは立派な史料である。

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