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黒柴スポーツ新聞

ニュース編集者が野球を中心に、心に残るワンシーンやプレーヤーについて綴ります。

務台内閣府政務官のおんぶ視察の100倍かっこいい彦野利勝のサヨナラ代走ホームラン~背負われるなら結果を出してこそ

朝、ソファーでちょっと態勢を変えた瞬間、ふくらはぎに激痛が走った。つった? こむらがえり?


明らかに筋肉が硬直していた。ぎゅっと握って痛みをこらえていたら、ちょっとやわらいだ。いつピキッて再発するか怪しかったので黒柴社長(久々の登場)の散歩はピンチヒッターに頼んだ。チャンスでもピンチヒッターというのはよく分からないが編集局長的にはまさに代打、代走であった。


代走よりたちが悪かったのは務台俊介内閣府政務官。豪雨の被災地・岩泉町に視察に行ったが長靴ではなく、水たまりを職員におんぶされて渡った。


東日本大震災後に被災地に行った記者の端くれとして思う。何が落ちてるか、どこが傷んでいるか分からないのが被災地。自分の身は自分で守らねばならない。ましてや今回は豪雨。長靴、要るだろう。


偉い手の現地視察は賛否両論あろう。迎える側は人手も時間も説明に割かれるが、百聞は一見にしかず。見た人がこれは大変!と実感したら一刻も早く復旧できるよう動くはずである。だから政務官が行くのも意味があったのだが…


どうせ忘れたなら、ごめんなさい、でザブザブ水たまりを歩けば自己責任論で済んだかもしれない。


大人がおんぶされる光景はなかなかない。だからこそあの光景がフラッシュバックした。


1991年6月18日、中日の彦野利勝は大洋戦でサヨナラホームランをかっ飛ばしながら、1塁を回ったところでひざを痛めた。動けなくなったため代走がホームインした。
スポニチ記事はこちらhttp://www.sponichi.co.jp/baseball/special/calender/calender_10june/KFullNormal20100601216.html

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※きょうの1枚です。グリップを頭上で小刻みに振る彦野の物まねをしていた大学の先輩がいたなあ。



打った相手は盛田幸妃。懐かしい。若くして亡くなったがインコースへのえげつないボールはすごかった。盛田は脳腫瘍と戦ってカムバック賞を受賞(2001年)。彦野もけがを乗り越えてカムバック賞に輝いた(1994年)。


彼女がくれたマウンド

彼女がくれたマウンド


彦野の名誉のために書くが、サヨナラホームラン弾丸ライナーでレフトスタンドに飛び込んでおり、彦野は全力疾走で1塁を回ってひざを痛めた。ナゴヤドームではありえない、ナゴヤ球場だからこそのけがであった。


YouTubeでは懐かしいプロ野球ニュースの映像で彦野のサヨナラ代走ホームランが残っていた。勘違いで、彦野を誰かがおんぶしてダイヤモンドを一周したと思っていたが、代走山口幸司のみがちゃんとホームインしていた。映像には彦野が背負われているシーンもあるが方向からして1塁方向からベンチに戻る途中だろう。



こんなことは前代未聞、と思いきやさすが歴史のある日本プロ野球。前例があった。以下、宇佐美徹也著「プロ野球記録大鑑」(425ページ)のダイジェスト。


1969年5月18日、近鉄のジムタイル(ジム・ジェンタイル)が阪急戦の2回表に足立光宏からホームランを打つも1塁手前で肉離れに。ホームランは認められたが代走で1周した伊勢孝夫に得点が記録された。


※野球規則5.10(c)の付記-フィールド外への本塁打死球などのとき走者が不慮の事故で安全進塁権を行使できなくなったときは、その場から補欠に代走させることができる。


面白かったのが伊勢。そのまま1塁に入り、5-5の8回に米田から決勝ホームラン。かっこいい。


おなじおんぶでも結果を出して背負われる彦野はかっこよかった。けがも全力プレーの結果だし。どうせ誰かに何かを手伝ってもらうなら、彦野のようにいいことの結果、として仲間を巻き込みたいものだ。


務台政務官は方々からおしかりを受けたようだ。追及はこのへんにして、与野党とも被災地第一で動いてもらいたい。