黒柴スポーツ新聞

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プロは持ち味をどう生かすかで、選手寿命の長さではない~「君は山口高志を見たか」を読み人間ドック5時間をしのぐ

人間ドックに行ってきた。所要時間4時間と説明書にはあったが受付で5時間後の終了を予告された。が、手持無沙汰にはならなかった。家人のアドバイスで、家を出る時、読みかけの本を持ち出していたのだ。鎮勝也氏の「君は山口高志を見たか」である。


本のタイトルに呼応すれば、黒柴スポーツ新聞編集局長は山口高志を見ていない。だがめっぽう球が速かったという話にはあちこちで触れてきた。この作品の単行本を書店の本棚で見た時、まずタイトルにしびれた。ナイスなネーミング。きっとそう言いたくなる投手だったのだろう。今回は単行本ではなく文庫本を、お世話になっている先輩から貸していただいていた。


山口のキャリアは神戸市立神港高校、関西大学松下電器、阪急。現役引退後は阪急とそれを引き継いだオリックス阪神でコーチやスカウトに就いた。この作品はそれぞれの年代の交友関係などから丁寧に山口の人柄と活躍を描いている。



現代においてクローザーなど抑えが速球で押すのはよくあるが、山口は先発し、しかも完投した。延長戦も投げ切った。プロでは抑えもやったが山口の獲得により阪急は投手分業制が出来上がったとも書かれていた。


今のように中6日などと悠長な時代ではなく、監督の信任が厚いゆえに連投もあった。ダブルヘッダーで2試合投げ2敗したことさえあった。だが特にプロ初年度などは行けと言われた時が出番と考えていたので山口は何の疑問もなかった。



ダイナミックなフォームの代償としていつかけがを誘発するのではないかという、先輩・福本豊の予感は不幸にも的中。アクシデントによる腰痛が引き金となり、山口の運命は暗転する。プロ8年、光り輝いたのはそのうち4年という短命だったが、その閃光はプロ野球ファンとライバルたちの心に焼きついた。


本を読んで心に残ったのは、同じ1950年生まれの東尾修の言葉だ。


「プロは持ち味、特徴をどう生かすかよね。選手寿命の長さじゃあない」(文庫本316ページ)


【山口】8シーズン計50勝43敗44セーブ
【東尾】20シーズン計251勝247敗23セーブ




数字上で言えば東尾の圧勝だが、東尾自身がそう言っていないところに味がある。山口は代名詞である高めのストレートで勝負し、結果を残した。打倒巨人に燃えた阪急の、足りなかった最後のピースが山口だったのかもしれない。山口が光り輝いた4年間は阪急にとっても絶頂期で、宿願だった巨人を倒しての日本一を達成した。


なお、6度目の挑戦で阪急が巨人を倒した時にマウンドにいたのは足立光宏。1976年日本シリーズで運命の第7戦前夜、上田利治監督がどうナインを気分転換させたのか、足立や山田久志、山口の胸の内がどうだったのかはぜひこの作品を読んで把握してほしい。足立の覚悟は読んでいてしびれた。こんな先輩がいたらかっこよすぎる。



山口は試行錯誤しながらも最終的には自分のスタイルを貫き、速球派として選手生命を終えた。本に出てきたように、鈴木啓示ですら自己改革に数年を要した。いや、通算312勝の鈴木ですら悩んだ時期があったんだなと驚いた。ちなみに「低迷した」3年間の成績は14勝、11勝、12勝だという。投手分業制が確立された現在とは事情が違うだろうがこんなハイレベルの思考をしていた先輩たちがいたことを、今の投手は忘れないでいてほしい。



鈴木は投手コーチの杉浦忠、監督の西本幸雄に粘り強く指導されて新たな自分を手に入れた。変身を望まなかった山口の対比として描かれたエピソードだが、このあたりは社会人的にも参考になる。調子がいい時はいい。しかし行き詰まった時に粘り強く脱皮を促す先輩や指導者が近くにいるかどうかもその後の成長を左右する。あらためて先輩や指導者のありがたみが分かる話だった。



長く職場にいるだけで仕事をした気になってはいけない。そもそもその人にしかできないことをするから価値が高まる。だからプロ野球選手は実働期間も活躍のバロメーターではあるが、東尾の言うようにプロは持ち味をどう生かすかなんだとつくづく思う。


けがを心配した福本に対し山口は「太く短くでいい」と答えた。福本は「アホか、プロは長くや」(文庫本314ページ)と言った。福本は足という持ち味を存分に生かし、1065盗塁という金字塔を20年かけて打ち立てた。持ち味を生かした結果が長い選手寿命ならばこれが一番いい。



じゃあ、自分の持ち味って何だろう? 


あなたの持ち味って何ですか?


もともと読み終えていた部分を合わせ、検診後の勤務を終えて帰宅して「君は山口高志を見たか」を読了した。山口の素敵な生き方を堪能しつつ、人の輝き方を考えた一日でもあった。人間ドックの結果(速報値)は「特に異常なし」であった。


きょうの1枚は山口。最優秀救援1回。新人王。山口の高めのボールを振ったらダメだという指示が伝わらず、思わず羽田耕一が手を出して三振して西本監督が鉄拳を浴びせたのは有名な話。羽田はイニングの先頭打者だったためこの指示を聞く間がなかったのだが「僕は聞いていません」と言える雰囲気ではなかったという。サラリーマン的にもよく分かるお話である。

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