黒柴スポーツ新聞

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日本シリーズ寝坊で罰金からのMVP~大田卓司に学ぶ挽回方法

別所毅彦のプロ論で、大舞台で結果が出せる人をプロの条件の一つとしていた。確かに期待どおりの働きをスーパースターはしてくれる。


日本シリーズと言えばシーズンの集大成。誰がどう見ても大舞台だがこれに遅刻した選手がいる。しかも寝坊。罰金を取られたという。野球カード裏にこの豆知識を見つけた時はあまりの面白さに小躍りしてしまった。彼の名は大田卓司。深酒でもしていたのだろうか。

いつの日本シリーズかと思えば1983年。リアルタイムに見られていないのでYouTubeを漁るとドキュメンタリーが出てきた。これがすさまじく面白かった。


構成がいいのだが試合自体が好勝負だった。大田が第何戦で寝坊したのかは分からないがこの歴史に残る名勝負に寝坊しているのだから大田はすごい。巨人と西武の争いは第7戦までもつれにもつれた。

大田は第6戦で槇原寛己から勝ち越しホームランを放つなど勝負強さを発揮した。シーズンと違って短期決戦ではいつどの状況で打てるかがポイント。その点大田はここぞという時によく打った。サラリーマンならこういう人が出世していく。


シリーズで12安打も記録した大田はMVPになってしまった。罰金を帳消しにできたことだろう。寝坊したら挽回すればいいのだ。打つだけでなく必死で走っていた。一説によると家では立っていられないほどの腰痛だったとか。第7戦大詰めの7回に1塁上にいた大田だったがテリーの打球は外野を深々と破った。大田は一気にホームを駆け抜けて、ベンチ前で広岡達朗監督と喜びのタッチを交わした。


この時大田はノーアウト一、二塁から鋭い当たりを西本聖めがけて放って出塁していた。結果的に西本のグラブに当たりエラーではなくヒットと記録されたのだが、これが併殺打になっていたら、巨人がもし勝っていたら、大田のMVPと西本の敢闘賞が入れ替わっていたかもしれない。1983年の日本シリーズは紙一重の場面のオンパレードであった。


きょうの1枚は大田。18年で923安打。ヒットを量産するばかりがプロではない。ここぞという時に打つのもプロ。寝坊で罰金という単語に注目してしまったが今は必殺仕事人と呼ばれた生き方に引かれている。

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