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黒柴スポーツ新聞

ニュース編集者が野球を中心に、心に残るワンシーンやプレーヤーについて綴ります。

準備と強い意思がなければチャンスはものにできない~常勝西武の辻発彦に学ぶ

思い立って旅に出る。東京ラブストーリーの赤名リカのようなことをやってしまった。といっても勤務終了後の一昼夜の弾丸ツアーだ。会いたい人に会うためのとっさの行動だったが違法性もなく不適切な関係でもありません。表現者としての師匠ご一行に会うためで、号泣したいほど楽しい時間を過ごせましたがカラ出張ではありません。


とりあえず災害に備えて替えの下着と服を車に積んでおいたので着替えとして持って出られた。備えておけばこういうこともできる。先日ユニフォームを忘れてブルペン捕手に背番号103のユニフォームを借りたビシエドさんにこの気持ちを伝えたい。


そして何より時間と機会は作るものだと実感した。今、このタイミングでしかできないことはある。ならばできる限りやってみたいものだ。西武との日本シリーズでホームに突っ込んでアウトになった広沢克己のような人もいるが。あのプレー、コリジョンルール的にはアウトなのかセーフなのか聞いてみたい。


あの場面、何がすごいってセカンド辻発彦バックホーム。ライトに抜けようという当たりに追い付くだけでもギリギリなのに体を反転させてホームへ投げる意思にしびれる。常勝西武を象徴する場面だ。

巨人とのシリーズで緩慢という言葉がSサイズのポテトのようにセットで付いてくるクロマティの返球の隙を突いたのも辻。ホームインした時の小躍りを見るとこれはミーティングか何かやってたなと思ってしまう。これも常勝西武を物語る名シーンだ。


巨人を倒しての日本一が目前になって涙したファースト清原和博を慰めたのも辻。あの時何と声を掛けたのか。TBSの中継では直後に「ったく、しょーがねえな」的な表情の石毛宏典が映る。この場面が好きだ。

しかしアナウンサーが清原の涙の意味がすぐにのみ込めないテイで実況しているのは本当にいただけない。あのドラフトを経てこの状況なら泣くよと思わないだろうか。あんなに「純」な清原もいたのに、あれから時を経た2016年に今度は清原ファンが泣きたくなる事件が起きた。


黒柴スポーツ新聞編集局長は辻を至近距離で見たことがある。神宮球場でコーラの売り子をしていた時、一部だけ選手の通路が通れる所があり、たまたま通りかかった池山隆寛とチームメイトの辻に前後を挟まれながら5メートルくらい歩いただろうか。辻が意外に大きかったことが心に残った。

辻はギリギリのプレーをなぜことごとく成功させられたのか。一つは、準備をしていたからだ。何を今更と思われるだろうが準備できていない人は多い。辻は万に一つの可能性に備えていたからホームに帰ってこられた。黒柴スポーツ新聞編集局長に置き換えても、締め切りを常に意識できているから(当たり前ですが)支障なく旅立てたし、行こうかなと判断できた。締め切りカツカツのスケジュールだった頃はこうはいかなかった。職場の協力があって仕事がスムーズに流れているので、そのことに心から感謝している。


二つ目は絶対にやるぞという意思があったから。もう一点勝負だ、一歩も引けないぞ、絶対アウトにするんだという気迫があったから広沢を刺せた。その意思は高めのバックホームを捕って広沢をブロックした伊東勤も一緒だった。準備と強い意思を持っていない人はチャンスをものにできず、ピンチの芽も摘めないのだと辻のプレーは教えてくれている。

黒柴スポーツ新聞編集局長は石橋を叩いて叩き割る性格だが一回決めたらとりあえず行けるとこまで粘るようにしている。今回も一度は出発を断念したし無理はできないと迷ったが、チャンスはそうないのだと判断してやろうとチャレンジした。だいたい忙しくない人なんていないのだから、社会人は休むぞと腹をくくらない限り休みなんていつまでたっても取れない。よい仕事をするためにも休む。このことは心酔する先輩から意識させられたことだ。


ギリギリのプレーだからこそ失敗した時のダメージは計り知れない。しかしうまく行った時のボーナス感もプライスレス。辻のように準備を怠らず、かつ強い意思を持って不意に現れたチャンスを無駄にしないようにしたいものだ。思いきってバットを振ったら思いのほかいい当たりになるかもしれませんよ。


きょうの1枚は辻。背中のローマ字が「TSUJI」と、Jの短い横棒がないのが少年時代すごく気になっていた。今気付いたが辻は首位打者になっていた。ゴールデングラブ8回と、まさに「定位置」。守備が上手すぎてバッティングがかすむのはいかにも名手・辻らしい。

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