1杯のビールが人生を変えた1978年完全試合男・今井雄太郎
自分の殻は、いつ、どうやって破るのか。プロ野球選手の場合、下手したらさなぎ、いや幼虫の段階で戦力外になることもある。羽化できる人とできない人。そこにどんな差があるのだろう。
昨夜眠れず気をまぎらわせようと読んだ2008年のベースボールマガジン11月号「黄金時代、極めれり」で特に心に残ったのは今井雄太郎のインタビューだった。
ブルペンエースやらノミの心臓やら、1軍2軍を行ったり来たりのエレベーターボーイやら、散々な言われようだった。しかし今井自身、入団後の7シーズンは「普通ならクビ」と言う成績だった。6勝8敗。秋になるとトレード要員に名前が挙がったりしていたという。
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自信がない。素質は一流、ハートは三流。上司である上田利治監督にもそう見られていた。そして1978年に有名な、ビールを飲んでの登板が実行された。上記の雑誌では上田監督に呼ばれ、紙コップを新聞で隠して飲んだという。隠したのは他の人に登板前の飲酒が不謹慎と見られないためだったのか? 詳しくは分からなかった。
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ベースボールマガジン社「憧れの記憶 連続写真で見るスーパースター 投手編」では今井雄太郎のページにこうある。アガリ症の解消に、上田監督は梶本隆夫コーチと話し合い、本人の好きな酒を飲ませてからマウンドに送り込む作戦だった。今井は別人のような投球を見せ、以後才能が開花したという。
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三浦暁子著「梶本隆夫物語」では梶本が今井を案じ、「これを飲んでいけ」と紙コップを差し出した。今井は要りません、試合前ですからと固辞するが「まあ、いいから飲め。お前が先発するのも今日が最後やから」と言われ、一気に飲み干した。
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北原遼三郎著「完全試合」の今井のページはさらに詳しい。「雄太郎……、ラストチャンスや。これをひっかけて行け」。梶本に勧められ、躊躇しながらも思いきって飲んだ。500ミリはありそうだった。
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すぐマウンドに上がると心臓がどきどきして、苦しいなんてもんじゃない。何だ、結局ドキドキしてるんじゃないかとツッコミたくもなるが、苦しい方に気が行ってしまい、投球まで意識が回らない。都合のいいことに苦手意識も吹っ飛んだ。この日がシーズン初勝利。そしてその1978年8月30日、県営宮城球場のロッテ戦で完全試合を達成するのである。
ひどいことに阪急はその年の契約更改で「完全試合いうても一勝は一勝」と言ったという。言葉は人を生かしも殺しもする。今井がその後13シーズンもでき、通算130勝もできたのはひとえに今井自身の頑張りに他ならない。
殻を破れない時は上田監督や梶本コーチのような人が非常識をもって打開するのもありなのだ。案じてくれる上司や先輩がいるうちに殻を破ろうとすることはとても大事。そう、今井はあの日ビールを飲んだのだ。今井は最多勝2回、最優秀防御率1回。阪急黄金時代の一翼を担った。
どうせ一杯のビールを飲むのなら、やけ酒ではなく一丁やってやろうという景気付けの方がいい。以上、酒をたしなまない黒柴スポーツ新聞編集局長がお送りしました。