黒柴スポーツ新聞

ニュース編集者が野球を中心に、心に残るシーンやプレーヤーから生きるヒントを探ります。

生涯唯一のヒットで別所毅彦の完全試合を阻止した神崎安隆

黒柴スポーツ新聞二度目のピンチ。パソコンの調子が悪いのか、新規記事が書けず。やむなくスマホの一本指打法である。スマホのロングリリーフは避けたいのだが…とりあえず、できることをやろう。


きょうは唯一の安打で完全試合を阻止した神崎安隆の話。本棚を見たら北原遼三郎氏の「完全試合 15人の試合と人生」に目が止まった。実は神崎の話は前座というか、序章として紹介されている。打ち砕いたのは別所毅彦だ。

完全試合―15人の試合と人生

完全試合―15人の試合と人生


砕いたというのは誇張になる。実は緩い打球だった。1952年6月15日、大阪球場の巨人-松竹戦は9回2アウト。代打神崎はわずか3回しか打席に立ったことがなかった。別所は1951年終了時で146勝。後に310勝を記録する大投手だ。もはや完全試合は決まったかに見えた。


神崎はバントを試みるも2球失敗。しかし別所も力んだかフルカウントに。6球目を打つとボールはショート平井三郎の方へ。だが前夜からの雨でぬかるんでいた。勢いのない打球が幸いし、神崎はセーフになった。


別所毅彦の「剛球唸る! 栄光と熱投の球譜」があったのを思い出した。別所によると4球目はズバッと行ったと思い喜んだが「ボール」。カッとなって5球目もボール。フルカウントからの6球目は名手・平井の元に行き「やった」と思ったところ平井は青い顔。精細を欠いており一塁への送球が間に合わなかった。

いつものことだがこういうビミョーな食い違いはたまらない。二つの本を読み比べる意義がここにある。


神崎はその後広島に移籍するも、結局この安打が生涯唯一のヒットだった。それをあの場面で打つかと突っ込みたくなるが、別所の本でもタイミングは微妙と書いてある。ここは諦めず駆け抜けた神崎に野球の神様が微笑んだことにしておこう。唯一の安打が大投手別所の完全試合を阻んだ。めちゃくちゃにカッコいい。


そして別所さんも偉い。素直に、判定にカッとなったことを反省しているのだ。これは完全試合がかかっていただけに納得できなくても不思議ではない。しかし、南海時代に二出川延明球審に異議を唱えて、際どいボールをことごとくボール判定にされたことがあったのだ。


この時は鶴岡一人監督に諭され二出川に謝罪。その上で鶴岡のアドバイス通り、二出川の娘で宝塚の高千穂ひづるを人気がありますねと誉めた。その次の登板では際どいコースがほとんどストライクになったように思えたという。


というわけできょうの結論は「おれがルールブックだと言う二出川も親バカだった」。


きょうの1枚はカードではないが別所。最多勝3回、最優秀防御率1回、最高勝率1回、最優秀選手2回、沢村賞2回。「剛球唸る」は古本を買ったが、サインが書いてあった。直筆サインなら値打ちがありそうだが、とりあえず夢のまま置いておこう。


f:id:tf-zan96baian-m-stones14:20160530222214j:plain