黒柴スポーツ新聞

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非エリート、もしくはもう大失敗をやらかした新入社員に読んでほしい大野豊「全力投球」

デビュー戦を飾れるのと飾れないのはどちらがいいのか。もちろん上手くいくに越したことはない。上手くいかないどころか大失敗からのスタートという人もいる。「あの時がターニングポイントだった」と振り返る原点がデビュー戦であれば、それは一見遠回りしているようで成功への近道なのかもしれない。

 

古本屋で買っておいた大野豊「全力投球」を読み終えた。そもそもなぜこの文庫本を108円で買おうと思ったのか。それはこの本が大野の大失敗デビュー戦から始まるのに引き込まれたから。そのまま立ち読みして読み終えそうな勢いだったことに気付いたのでレジに向かった。

新版 全力投球 (宝島社文庫)

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 防御率135.00。「天文学的数字」とも評された屈辱の数字は知っていたが、詳しくは知らなかった。だいたい仰天エピソードは話に尾ひれが付くものだろうが、曲がりなりにもこの本は本人の名前で出されている。詳しいいきさつを知るには絶好の機会だ。1977年9月4日、大野は対阪神戦でデビュー戦のマウンドに立っていた。

 

スタンドには偶然にしては出来すぎだがプロ入り前に働いていた出雲信用組合の上司や同僚、恩師らで結成された後援会メンバーが陣取っていた。登板予定はなかったのだが7回までで2-12と大差が付けられており、大野に投げさせてみるかとなったという。

 

島野育夫=ヒット

掛布雅之=ショートフライ

田淵幸一=ヒット

川藤幸三=ヒット

佐野仙好=ヒット

片岡新之介=満塁ホームラン

中村勝広=四球

山本和行=四球

自責点=5

 

1イニングどころか1アウト取っただけ。これがデビュー年唯一の1軍登板となり、防御率135.00という数字が残った。試合後、後援会の人に会っても涙がこらえきれず、寮に帰る土手沿いの裏道(あえて選んだ)でも涙が止まらなかった。

 

ありがたかったのが寮に帰ってから受けた山本一義(1軍打撃コーチ)からの電話。「もう一度やり直そうや」。一見温かい言葉に見えるが本気で心配してくれていた。「自殺なんかするなよ」と冗談めかして言ってくれたのだ。それくらい落ち込みは分かったのだろう。大野は「プロとしては終わった」と感じていた。

 

そこから立ち直ったのは「このままでは自分がやってきたすべてを否定することになる」ことに対して奮起したから。そして「プロに入ったのは一人で育ててくれた母に楽をさせるため」との決意を思い出し、プロのユニフォームを手にしたときの感動を思い出し、頼れるのは己の力のみと腹をくくったからだった。

 

もちろん一人の力だけでその後の大野が出来上がったとは書いていない。「上司」だった4人の監督=古葉竹識阿南準郎山本浩二三村敏之。師匠だった江夏豊。そしてチームメイト。特別な存在と目していた槙原寛己などなど。さまざまな人との出会いが大野を形成していった。出会いを財産にしたことが大野の素晴らしさだ。同じようにできる社会人はきっと有形無形の力を得ていることだろう。 

NHK特集 江夏の21球 [DVD]

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 人生に無駄はないという考えにずっと違和感を感じている。指導的な立場にあった人物に無意味に虐げられた時期を自覚しているからだ。あの時間と苦痛ははっきり言って無駄。今現在理不尽なことで苦しんでいる人に言えることは唯一つ。逃げられるなら全力で逃げよう。逃げられないなら耐えるしかない。そしてあなたは決して悪くないので自分を必要以上に追い込まないでください。大野みたいに屈辱をばねに…なんてきれいごとは言わない。とりあえず、古葉、阿南、山本、三村的な、あるいは江夏的な、もしくは槙原的な、そして達川光男的な味方を探しまくるしかない。

 

 

おすすめしている一方でこの「全力投球」を全面的に支持している訳ではない。気持ちでどうにもならないことがあるからで、何でもかんでも気持ちが大事、やればできるという論調は好きではないからだ。「全力投球」はあくまでも大野の成功体験なのでみんなができる訳ではない。ただ救いなのは大野がエリートではなかったもののひたむきに頑張った結果、通算22年で148勝138セーブ、最優秀防御率2回、最優秀救援投手1回、沢村賞1回、野球殿堂入りまで果たしたこと。初年度の防御率135.00から通算防御率2.90まで持っていった大野の著書には、やればできる「かもしれない」ヒントはたくさん詰まっている。

 

きょうの1枚はご本人大野豊。いまなら果たして信用組合という安定した職業を捨ててプロに入るかな?と思う時代だが大野は決断したからこそ大きな果実を得た。一大決心した、背水の陣を敷いたからこそ悪夢のようなデビュー戦から挽回するしかなかったとも言える。なお、40代で最優秀防御率をとるなど大野は中年の星とも言われた。そもそも大野はドラフト外のテスト入団なので非エリートもいいところなのだ。デビュー戦で打たれまくった男は40代でもスターだった。きのうは広島のメタリックな赤いヘルメットについてちらっと書いたがこのカードの時代の赤もかっこいい。袖やお腹周りに採用されている紺というか黒いラインのパンチが効いている。CARPの書体もたまらない。つま先まで伸びた美しいフォーム、右腕のひじが微妙に曲がっている角度も絶妙。大野の個性が凝縮された写真です。

 

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