黒柴スポーツ新聞

ニュース編集者が野球を中心に、心に残るシーンやプレーヤーから生きるヒントを探ります。

野球観戦という平和な風景が続きますように

「シンジラレナーイ」。日本ハムの元監督・ヒルマン氏の十八番である台詞を吐きたくなった。行きたいと考えていた6月、マツダスタジアムでのソフトバンク戦のチケットを買えるかなとカープのホームページをのぞいてみた。見事にほぼ完売。3月初めから買えるのだから「そりゃ、のんびりしすぎだよ」と言われても仕方ないのだが、試合日まで3カ月もあるじゃないですか…。

 

8月の巨人戦もほぼ完売

ちなみに8月の巨人戦も見事に完売だった。「8月」「巨人戦」という組み合わせからしてハードルが高いのは承知しているが、それにしてもなあ…。ちなみに上記ソフトバンク戦は交流戦。興行権の関係か、このカードの場合なら広島でやる年、福岡でやる年と分かれていた記憶がある。今年は広島でやる年のようで、2年ぶりにマツダスタジアムに行けるかと思ったが難しそうだ。

 

中島輝士のライナーにびっくり

球団の本拠地で行ったことがあるのは連載でも登場した神宮球場、東京ドーム、京セラドーム、甲子園球場マツダスタジアムヤフオクドーム。生まれて初めて行った球場は東京ドーム。いただいたチケットで日本ハムー中日のオープン戦に行ったのだ。初めて見たホームランは中島輝士が放ったが、レフトスタンドの確か前の方に弾丸ライナーで突っ込んだ。ホームランはもっと高々と打ち上がるものだと思っていたのでびっくりした。

 

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※1992年版ベースボールマガジンのカードを使わせていただきました。左が中島輝士。右が白井一幸

 

美しいマツダスタジアム

行った球場の中でも美しさという意味ではマツダスタジアムを挙げたい。とにかくあの芝生の青さ。緑が尋常じゃなく映える。観客席からグラウンドに降りてあの芝生にザザザーッとヘッドスライディングしてみたくなる青さである。

 

せっかくなので2年前の情報で恐縮だがマツダスタジアムのことをさらに書く。

 

スカイシート、おすすめです

内野席と外野席、両方で見たことがあるが黒柴スポーツ新聞編集局長イチオシは「スカイシート」。2階席の一角が内野席上空にせり出していて、ちょっと大げさに言えばその名のごとく空中から見ている感じだ。特にスカイシート1列目2列目くらいなら言わんとすることが分かっていただけるはずだ。ただし最前列は安全のためのネットがあり少々見づらい。しかし1階席の最上段周辺よりはグラウンドが近く感じられると思う。いまカープHPで確認したがスカイシートは1席3000円。決して安くはないが一度は楽しんでもらいたい席だ。スカイシートを購入前にどんなものか分からずネット検索してこのブログが引っ掛かってこのくだりを読んでいるあなた、「スカイシート行ったんだけどさぁ」なんて話のタネに買ってみてはいかがでしょうか。

 

www.carp.co.jp

 

盛り上がる道中

広島駅からスタジアムに行く道中では今も過去や現在の選手の紹介がされているのだろうか。あれを見ると気分が盛り上がる。「赤いローソン」も有名だ。そしてスタジアム目前の通路には過去の名選手を紹介する銅版のようなものもある。他チームファンでも気を抜くとカープファンになりそうだ。

 

いまもコップに入れ替えているのか?

一点、どうにかならないかなと思ったのが飲み物の入れ替え。ペットボトルや瓶類は持ち込めないので紙コップに入れ替える人がたくさんいたのだ。これはほかの球場でも同じだろうか。どんな飲み物を用意しようが自由だがスムーズに入場できるに越したことはない。たとえペットボトルで飲み物を買ったとしても各自が入場前にお気に入りのチームの水筒(どこかに作って販売してもらいましょう)に入れてはどうか。応援したい選手の背番号のシールでも貼って世界に一つの水筒に仕上げるとか楽しみは作れる。ごみも減るし、こぼすリスクも減っていいことが多いと思うのだが。

 

とにかく見やすい

マツダスタジアムは吹き抜け構造というか、飲食物を買える通路からもグラウンドの様子が分かるのがいい。ドーム球場の場合はこうはいかない。買い物をしなくてもぐるーっと球場を1周するのも楽しいものだ。座ったことはないが外野の砂かぶり席ネソベリアもそそられる。いろいろ書くとまた行きたくなってしまう。気長に行けるチャンスを待つとしよう。

 

大切にしたい日常

きょうで、東日本大震災原発災害発生から5年。直接的な被害を受けていないので節目だからと語る資格すらない。そんな立場なりに思いをつづる。ここまで書いてきた野球観戦なり、小さなことでは同居している黒柴社長との毎朝の散歩というのはまさに平和な風景だ。震災と原発災害はこれを破壊した。前に進み始めた人もいるが大勢の方がまだ仮設住宅に住まわれたり、大切な人を失った悲しみを抱えている。編集局長にとっての学びは災害は日常を奪うということだった。だからこそ今できることは一生懸命やって悔いがないようにしたい。外出する時は家族の顔を見てから出掛けるのも続ける。被災地でいただいたご縁もずいぶん増えたがご無沙汰の方もいる。ご迷惑でなければまた縁の糸をつむいでみよう。5年というのはカレンダーの上でのことであり、5年と1日目もまた被災地であることは変わらない。ならば地元の方ですら「被災地だった」と過去形になる時まで気にし続けようと思う。被災地に限った話ではないが、野球観戦でも仲間とわいわい酒を飲むことでも本を読むことでも映画を見ることでも旅をすることでもいい。とっておきの楽しみを楽しめる日常が可能な限り続くことを願っている。