黒柴スポーツ新聞

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清原の個人記録抹消なら最も被害を受ける男は誰だ?

以前清原の記録をどう扱うかという記事を書いた。もし現役時代に使用歴があれば記録抹消もやむを得ないというのが本紙の見解だ。清原は個人的に好きだったので、関係者のコメント同様残念というしかない。最悪の場合記録が抹消されても仕方ないのではあるが、今回はそうなった場合最も被害を受ける男の話をする。

 

答えは広永益隆

広永益隆徳島商出身、ダイエー~ヤクルト~オリックス)。これでピンとくる方はさすがだ。1990年9月26日にプロ野球通算6万号、1992年6月6日にはパ・リーグ通算3万号を放った「メモリアル男」。広永の通算本塁打はわずか34本なのだから勝負強さは驚異的だ。これがあるからプロ野球は夢がある。しかし、清原の本塁打数を差し引くことになれば広永のホームランは記念の1本ではなくなってしまう。勝負強い男が一転勝負弱い男になるのだ。

 

 

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※1992年版ベースボールマガジンの野球カードを使わせていただきました。

 

代役で結果を出す

広永の魅力は代打でのホームランが多いこと。人の代役で結果を出すのだからビジネスマンとしてもかくありたい。代打本塁打は通算14本で歴代7位。ちなみに1位は阪急の高井保弘で27本(世界記録)。2位は大島康徳町田公二郎の20本だ。ウィキペディアの「代打」という項目だけでも何本も記事が書けそうなくらい奥深い世界。今回は一歩だけ踏み入れただけで早々に立ち去ろう。

 

こんなにもあるメモリアルアーチ

清原の記録抹消で広永の有名な上記2本がなくなったとしても以下は何とか残りそうだ。ウィキペディア情報などによる広永の主なメモリアルアーチを並べてみる。

福岡ダイエーホークス球団第1号

パ・リーグ平成第1号

・史上初の「開幕戦プロ初打席代打本塁打

・開幕戦代打本塁打 ※史上11人目(パ・リーグ8人目)

平和台球場公式最終戦本塁打

・代打サヨナラ満塁本塁打※史上11人目(敗れたロッテの連敗日本記録17が樹立)

・代打の代打でサヨナラ本塁打※史上2人目、パリーグ史上初

・両リーグ代打サヨナラ本塁打※史上2人目

もしも黒柴スポーツ新聞に出版局があるならばぜひ広永に勝負強さを題材にした新書をビジネスマン向けに書いてもらいたいくらい。どんな準備をし、どんな胸の内で仕事場に向かい、どうやって結果を出したのか。ぜひとも聞いてみたい。

 

もう一つの勝負強さ

繰り返すが広永の通算本塁打は10シーズンで34本。1軍の主軸打者ともなれば1シーズンで達成可能な数字だ。確かに記録は数が多い、あるいは少ないことに意義があるものが多い。しかしレア度で言えば広永の右に出るものはいない。「ナンバーワンにならなくてもいい」。SMAPの「世界に一つだけの花」が最も似合うプロ野球選手かもしれない。そして今気付いたが今回掲載した広永の野球カードは「ガッチャマン」ヘルメットが野球カード史上最も美しく写っている野球カードと思う。左打ちだから打った後に体が開いたところをカメラがとらえた写真が使われたのか。通算安打も183本と、申し訳ないが毎年100%野球カードになれる選手とは思えないだけに、やはり広永は勝負強い。