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黒柴スポーツ新聞

現役記者が野球を中心に、心に残るワンシーンやプレーヤーについて綴ります。

杉浦享、日本シリーズ初の代打サヨナラ満塁ホームランを打って上司に引退を止められる

 

1992年の日本シリーズ

本人が辞めると言っているのに監督に「もう1年やってくれ」と言われた男がいる。ヤクルトの杉浦享だ。1992年の日本シリーズ第1戦。延長12回ワンアウト満塁で野村克也監督が代打で送りこんだ。対するは鹿取義隆伊東勤の西武バッテリーだ。6年ほど前にこの場面の動画を文字に起こしたメモを見つけたので活用する。自分で言うのも何だがこのころから凝り性であった。

 

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※1993年版ベースボールマガジンの野球カードを使わせていただきました。

実況は松倉さん

原典はフジテレビの中継。本紙編集局長が大好きな松倉悦郎アナウンサーの実況に谷沢健一関根潤三という間違いのない解説陣だ。杉浦の前の打者は飯田哲也。レフト前に抜けようという当たりを放つがショート田辺が辛うじてグラブで触る。送球はできなかったが失点は食い止めた。

 

【松倉】ワンナウトフルベース、ワンナウトフルベースとなります。三遊間抜けたかと思いましたが、よく止めました田辺。

 

「八重樫がきますから」

【松倉】さあ、今度は杉浦の登場です。西武の唯一の泣き所は左ピッチャー。まあワンポイントで小田。そして工藤が万全の体調ではない。本来なら左をぶつけたいところでなんでしょうが。

【関根】だけど左いきゃあ、また八重樫がきますから、はい。

 

(どう考えても八重樫の方が怖くないのだが…)

 

「鹿取しかいないですよ」

マウンド上に集まる西武ナイン、ブルペンを映しながら緊張感が高まっていく。

【松倉】新谷、工藤、小田。

松倉アナが選択肢を提示した。

【谷沢】だけどこのピンチでねえ、このピンチで西武としても投げるピッチャーいませんよ。鹿取しかいないですよ。

【関根】もう度胸から何からね。

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※1991年版ベースボールマガジンの野球カードを使わせていただきました。

 

さすが森監督

映像は守備の交代を紹介する。

【松倉】ショートを変えます。ショートを奈良原に変えます。さすが森監督。もう打てる手は全部打つ。

【関根】田辺は内野安打とられてよくなかったですからね。スローイングももう一つでした。こらもう完全に守りの態勢ですね。

【松倉】そうですね。

【関根】はい。

 

蛍光グリーンのメガホンがスタンドで揺れる。

【松倉】さあ、外野フライでも1点のケースです。

 

杉浦はバットをぐるんぐるん回して臨戦態勢。だがやや緊張気味にも見える。

【松倉】杉浦のキャリアにかけます野村監督。内野はバックホーム態勢。ワンナウトフルベース。

 

いざ勝負

あっさり初球は外角に決まる。ベンチ前で声を張る岡林洋一が映った。

【松倉】岡林、身を乗り出すように。

 

2球目は一転内角に決まる。鹿取も一歩も引いてない。

【松倉】いやあいい球。へへ。考えをさせる間もなくぽんぽーんとストライクを取り。首をひねる野村監督。

【谷沢】いやあ、いい度胸してますよ。今のインサイドのストレートは。

【関根】まあ1球目は杉浦打たないのはわかってますけどね。まあー、2球目いい度胸だね。

 

画面では鹿取、伊東がアップに。マスク越しに杉浦の顔を見上げる伊東が若い!

【松倉】修羅場を幾たびも潜り抜けてきました鹿取です。

  

運命の3球目

伊東は内角に構えたが、3球目は真ん中高めへ。これを杉浦が引っぱたいた。手放されたバットがものすごい勢いで回転して飛んで行った。

【松倉】ああーきたーさあどうだ。入った、ホームラン!

 

万歳しながら一塁へと駆けだす杉浦。岡林も両手でガッツポーズしながら飛び出してきた。

【松倉】代打満塁サヨナラホームランです。岡林が万歳をします。三塁コーチャーと握手。文句なしの代打満塁サヨナラホームランです。ベテラン杉浦の代打サヨナラホームラン。熱戦にピリオドを打ちました。野村監督、会心、満面の笑みです、文句なしのホームランでした、杉浦のバットから快音が発せらました。

 

必殺仕事人

いい。何度見てもいい。一撃必殺。杉浦の応援歌はまず必殺仕事人のテーマがトランペットで吹かれる。まさに仕事人の一撃であった。この一発で杉浦の選手生命は1年延びたのである。なお、11日の投稿でお知らせしたNHK-FMでの野球にまつわる音楽番組を聞いていて知ったのだが、杉浦の応援パターンはその後稲葉の応援パターンになっていた。

 

なぜ杉浦なのか

もともとこの場面はたまらなく好きなのだが、なぜ今杉浦かと言えば、あまりに松中信彦と対照的だからだ。かつての三冠王がもがいている。オファーは来たのだろうか。必要とされることを待っているのだろうがすでにキャンプは始まった。かつて中村紀洋が同じようなパターンで中日入りし結果も残したがその再現はできるのか。実績としては松中の方が上なのだろうが、杉浦の一振りはまさにプロフェッショナルだ。野村監督が引き留めるのも当然に思える。松中の意地を否定するつもりはないが、何だかダチョウ倶楽部のコントのように「現役やります!」と手を挙げた松中に全球団が「どうぞどうぞどうぞ」と言ってフェードアウトする画が浮かんできてしまう。

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 ※2007年版ベースボールマガジンの野球カードを使わせていただきました。

松中は果実をもたらせるのか

泥にまみれる生き方は嫌いではない。だが元三冠王がひっそり引退するのも寂しい限り。納得するまで粘ってほしいのはやまやまだが、プロとしての引き際の難しさを改めて考えさせられる。本紙編集局長は果樹畑が見えるところに住んでいる。畑に目をやると木の幹や枝が人の腰ほどの高さで水平に切られていた。情け容赦ない切り方に見えた。すぐ近くには青々とした若い木が植わっている。農家さんはより多くの果実をもたらす木を選ぶし、木が現役の間に後継を育てておく。それは球団も同じだ。ソフトバンクが松中をぞんざいに扱ったという意味ではなく、松中が果実をもたらさなくなったと見なされただけだ。厳しい現実が突きつけられている。

 

1992年日本シリーズ初戦でヤクルトに大きな果実をもたらした杉浦は1993年、日本一を花道に引退した。

 

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