黒柴スポーツ新聞

ニュース編集者が野球を中心に、心に残るシーンやプレーヤーから生きるヒントを探ります。

クローズアップ現代の日替わりキャスターで思い出したあのユニフォーム

 

キャンプが始まった。

 この時期しか聞かないあのフレーズ。

「キャッチャーを座らせて」

同僚なのにピッチャーが上から目線である。

本紙編集局長も一度でいいから使ってみたい。

「きょうは、キャッチャーを座らせてブログを執筆しました」

 

清原ショックから一夜

清原ショックから一夜。

2月3日付本紙は過去2番目(ほぼ過去最多)のアクセスを記録した。

未読の方のために、記事はこちら。

 

tf-zan96baian-m-stones14.hatenablog.com

 

そりゃ、清原のことに触れたからアクセスが増えたに決まっている。

ただし、清原のことを検索して本紙にたどり着いたか断定はできない。

よくキーワード検索の結果、お越しになられるようだが、清原というキーワードはアクセス元のヤフー検索では引っかからなかった。

どなたか、インフルエンサーの方がシェアなり何なりしてくださったのか。

どちらにせよ、清原に触れたのは不本意なので、せっかくのアクセスにも喜べない。

 

捜査関係者に野球ファンはいたのか

一つ気になっている。

捜査関係者にも清原ファン、あるいは元野球少年もいたのではないだろうか。

いちいち私情にとらわれる職場ではないが、もしいたとしたら気の毒な話だ。

何せ球界のスターだった男を捕まえなければならなかったのだから。

 

有益な情報

話をガラッと変えたい。

野球の話で気分を変えよう。

 

Facebookのよさの一つに「気付き」がある。

さまざまな方々の「関心」がどんどんアップされる。

そういう意味でも志の高い方々とつながっておくことはとても有益だ。

自分では気付かなかった情報をもたらしてくれる。

下の情報もそうして得たものだった。

www6.nhk.or.jp

具体的に言えば、クローズアップ現代の日替わりキャスターの話である。

まずはNHKのHPで日替わりキャスター7人が並んだ写真を見てください。

 

ずらり3割打者のソフトバンク打線?

久保田祐佳小郷知子松村正代伊東敏恵鎌倉千秋井上あさひ杉浦友紀

どこかの時間帯でお目にかかった方ばかり。

そつがなさそう。

3割バッターがずらり並んでいたソフトバンク打線のようである。

しかし、きょうはキャスターとしての手腕ではなく「見た目」の話。

といっても容姿についてではない。

キーワードは「日替わり」。

この7人の写真を見て、即座にあの写真が頭に浮かんできた。

 

f:id:tf-zan96baian-m-stones14:20160203223456j:plain

 

43年も前の出来事

日によって7色のユニフォームを使い分けたチームがある。

1973年の日拓ホームフライヤーズである。

念のために書くが、現在の北海道日本ハムのご先祖に当たる。

いまのユニフォームを自分とする。

お父さんがオレンジ色(西崎幸広ら)。

おじいさんが青い色(最初のころの大沢親分間柴茂有ら)。

細かく言えばきりがないので、だいたいひいおじいさんとしておく。

 

目立ってナンボ

日拓ホームは中堅の不動産会社だった。

未確認情報で恐縮だが、今もあるというこのグループ会社の偉い手と神田うのが結婚しているそうだ。

さて、七色のユニフォーム誕生の経緯は詳しくわからない。

目立つため、という想像はつく。

だが、選手は数がいっぱいで困ったことだろう。

実際、併用写真である野球カードの裏には、ユニフォームとアンダーシャツとストッキングをそろえるのに混乱した、という解説がある。

青、黄、白と紺、水色と白、オレンジと白、黒と黄、白とオレンジ。

斬新すぎる。

 

あのブーマーも

七色のユニフォームでなくとも、まれにユニフォームを忘れてしまう選手はいる。

許可を得れば借りて出場できるらしく、未確認だがブーマーは山沖之彦のものを借りたことがあったという。

これが野球カードになったらレアカード化は間違いない。

 

20年もやれば定着するだろうが…

七色のユニフォームに比べれば、NHKの日替わりキャスターは無難に思えてしまう。

日拓はあっけなく1年で球団を日本ハムに譲るが、日替わりキャスターはどのくらい続くのか。

「井上さんだから何曜日」なんて視聴者に定着したら、キャスターの入れ替わりで登板曜日が変わったりして。

結局、日拓のユニフォームばりに混乱してしまわないか、勝手に心配している。