黒柴スポーツ新聞

ニュース編集者が野球を中心に、心に残るシーンやプレーヤーから生きるヒントを探ります。

南陽工にも大瀬良大地にも受け継いでほしい津田恒美の気迫

 

センバツ出場校決定のニュースはカーラジオで聴いた。

先日は行けなかった浜田高校について書いたが、今回は行ける高校について書く。

本紙編集局長の耳が反応したのは南陽工

炎のストッパー津田恒美の母校である。

 

f:id:tf-zan96baian-m-stones14:20160201070813j:plain

 

甲子園は「弱気は最大の敵」の原点

津田恒美は3年生の時、春夏連続で甲子園に行っている。

座右の銘である「弱気は最大の敵」はこの時の痛恨の一球に由来するという。

協和発酵という単語も津田恒美の記事では必ず出てくる。

しかしウィキペディアを見ていて初めて知った。

都市対抗野球ではあの中西清起(リッカー)と投げ合っていた。

ただし津田恒美はこの時、電電中国の補強選手だったそうだ。

カープ入団1年目の1982年に11勝を挙げ、球団初の新人王に輝いた。

 

 

もう一度、投げたかった―炎のストッパー津田恒美最後の闘い (幻冬舎文庫)

もう一度、投げたかった―炎のストッパー津田恒美最後の闘い (幻冬舎文庫)

 

 

 

ツダの球はクレイジーだ

津田恒美と言えばあの躍動感あふれるフォーム。

あれだけ見れば「弱気」とは無縁の人物に思えるのだが。

本紙編集局長目線での津田恒美のベストピッチとして、バース斬りのシーンを挙げる。

  

1986年5月、甲子園での対阪神戦。

同点で9回裏、2死満塁。

ここでバース登場となれば、阪神ファンが盛り上がらないはずがない。

 

そこへ津田恒美が立ちはだかった。

1球目、内角高めのボール球だったがバースは強振。

150キロのストレートに思わず反応してしまったか。

津田恒美は勢い余って体が余分に半回転し、空振りを取った後、顔は2塁手の方向を向きしゃがみこんでいた。

 

2球目、151キロのストレート。

キャッチャーは初球と同じ高さ、コースに構えたがど真中へ。

これをバースは見送ってしまう。

あっと言う間に2ストライク。

 

3球目、またも高めにミットが構えられた。

そこに向かって伸びていく153キロのストレート。

まさに重力に逆らって、というかソフトボールのライジングボールにさえ思える上がり方だ。

バースの一振りは空を切り、直球は外角高めへ突き刺さった。

 

ミットとボールを高々と突き上げるキャッチャーは、このリアクションからして達川光男か?

津田恒美は軽くガッツボーズして小走りにマウンドを降りた。

 

バースはこの年、2年連続の三冠王

それを力でねじ伏せた。

バースは「津田の球(または津田は)はクレイジーだ」と言ったとされている。

 

 

最後のストライク―津田恒美と生きた2年3カ月 (幻冬舎文庫)

最後のストライク―津田恒美と生きた2年3カ月 (幻冬舎文庫)

 

 

原は手の骨を砕かれる

バースとの対戦と共に原辰徳との対決もファンの記憶に残っている。

1986年9月24日、後楽園球場での対巨人戦。

広島が4-1とリードしていた。

9回裏、すでに2アウト。

1塁には中畑清がいた。

ここで1発くらってもまだリード。

いや、そんな状況を超越して津田恒美はライバルと目していた原辰徳に向かったか。

ストレートをズバっと投げ込む。

原辰徳は1球目も、2球目もとらえ切れずファウル。

球が前に飛んで行かない。

後に制作された津田恒美の追悼番組で原辰徳はこう振り返っている。

「彼の全力投球を見て、自分も触発されたというかね」

 

2ボール2ストライクからの7球目。

原辰徳はゆったりと左肩にあごを近づけて臨戦態勢である。

外角への直球を強振したが、またもファウル。

だが、右手をだらりと下げたまま操り人形のように、ベースの周りをふらつきだした。

歯を食いしばっていた。

手の骨が折れ、激痛が走ったのである。

 

名勝負で触れられるのはここまで。

一つ疑問なのだが、原辰徳はこの後打席に立てたのだろうか?

なお、原辰徳はこの以前に手首を痛めていたという。

 

 

甦る炎のストッパー 津田恒美

甦る炎のストッパー 津田恒美

 

 

球速がスピード表示になっていないか

それにしても打ち気を誘うようなストレートを投げるのは津田恒美の最大の魅力。

近年、大谷翔平藤浪晋太郎らの球速が話題になるが、まだまだ津田恒美のような「艶」は感じられない。

そこに気迫や魂が乗り移ってこその球速。

だから人は津田恒美炎のストッパーと称えるのである。

そして弱気を隠せない人間が投げているからこそ、「いつかは自分も」と思わされるのだろう。

 

大瀬良の涙と共に終戦

カープでは大瀬良大地が背番号14を付けている。

顔は見るからに優しげ。

闘志を前面に出すタイプには見えない。

大学時代の直球をテレビ中継で見たが、惚れ惚れするようなストレート。

1年目から10勝を挙げ、期待にたがわぬ結果だった。

 

2年目の2015年は抑えに回ったが、10月7日は忘れられない日になった。

大ベテラン・山本昌引退試合でもあったが、それについては置いておく。

この日勝たなければカープクライマックスシリーズに進出できない。

カープはエース前田健太を立てて必勝態勢だ。

前田健太は7回を無失点とし、8回から大瀬良大地がマウンドへ。

しかしタイムリーを浴び、先制を許してしまった。

2点目も取られた大瀬良大地はベンチで涙をこられ切れない。

後を継いだ中崎も追加点を奪われ、0-3。

結局カープは追いつけず、2015年シーズンの終戦を迎えた。

 

 

大瀬良大地メッセージBOOK   大地を拓く

大瀬良大地メッセージBOOK 大地を拓く

 

 

泣いている場合ではない

セレモニーの最中も泣いてしまう大瀬良大地。

これをどうとらえるか。

責任感や悔しさの表れなので、よしとする向きもあろう。

しかしあえて指摘したい。

大瀬良大地は前田健太の送別会でも泣いたそうだが、いちいちこういうことがニュースになっている時点で大瀬良大地は怖くない。

マエケンだって後ろ髪を引かれながらアメリカに行かなくてはいけない。

 

 

 

大下剛史の鋭い指摘

大瀬良大地の精神的な弱さ、チームの気迫と練習不足についてはOBで評論家の大下剛史が鋭く指摘していた。

大下剛史の解説は選手に優しくないのであまり好きではないが、今回ばかりはうんうんとうなずいてしまった。

OBとしての悔しさもあったことだろう。

 

 

 

則本に負けるな

大瀬良大地にはぜひ背番号だけでなく津田恒美の魂も受け継いでほしい。

田中将大の移籍決定後、「(抜けた穴は大きいが)先頭に立って勝ち星を積み重ねていけたら」と取材に答えていた則本昂大くらいの気概があってしかるべきだ。

則本昴大もまた背番号14。 

原点は小学生の時に見た、津田恒美を題材にしたドラマだそうである。

他チームの選手に津田恒美を語られていてはカープの14番が泣く。

チームの浮沈に直結する大瀬良大地の2016年シーズンに注目したい。

そして南陽工にもぜひ活躍してもらい、また津田恒美をブラウン管に登場させてほしい。